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――――――あれから、五人揃ってレネットに帰るがてら買い物をして、食糧を手に入れた。
今夜はカダル特製の、スパイスカレーに決定だ。
ちなみに、マオヤとヴォルフには伝えていない。
マオヤはかなり訝しげに疑っていたが、怪しませない材料を買ったので、疑いは晴れた。
エミリエンヌには、ディーヴァお手製の甘口フルーティーカレーを作るつもりだ。
さすがに、カダルのスパイスてんこ盛りカレーは、子供には刺激が強すぎる。
……すると、子供オーナーが珍しかったのか。
特にマオヤとヴォルフが、マジマジと見ている。
エミリエンヌは、大きな二人に囲まれてしまっているのでひどく居心地が悪そうだ。
「へー、こんなちびっこが店やってんのかー!すげーっ!!」
「立地もいいし、知名度も高いようだな。買い出しの時に結構名前を聞いたぞ」
「誉めていただいてありがとう。だけど、子供扱いしないで!」
キッ、と全然怖くない睨みを効かせる。
ヴォルフなんかは笑いながら、茶化すように言った。
「子供じゃん」
「精神的にはもっと上のつもりよ」
「可愛い可愛いベイビーちゃんじゃん?姐さん、ズルイぜ!俺もこんな子で遊びたい!!」
珍しくヴォルフが、初対面の人間にべったりとなついた。
と言っても、珍しい玩具を見つけた子供のような反応ではあるが。
それでも、気に入ること自体がとても稀だ。
いじるのを止めようとしないので、マオヤが一蹴り入れて黙らせた。
「まぁ君ひっど!いきなり蹴りはないっしょ!?」
「子供相手に、いつまでじゃれついてんだ。さっさと夕食の支度を手伝え」
キッチンでは、カダルとディーヴァが隣り合わせで作業している。
料理はあの二人に任せているので、皿を出したりテーブルを調えたりと、やれることはあるのだ。
「えー……でもここはぁ、最愛の奥さんが手料理作ってる間。可愛い子供と遊んで待っている、旦那様の役を熱演するところっしょ?」
「お前なんか庭で残飯待ってる、雑種の飼い犬がお似合いだ」
「ろくな扱いじゃない?!」
「あら、野良犬よりも飼い犬って時点で、まだいいほうだと思わない?」
「姐さん……俺泣きそう」
「あと、夕食を主に作っているのはあたしじゃなくてカダルなのよ?…………ま、カダルなら新妻エプロンも着こなせそうだけど」
ガタイのいい男が、白いフリフリエプロン着用。
脳内で、低い声のカダルが言う。
『ご飯にする?お風呂にする?それとも…………』
――――――ないわ。
「スミマセン、俺が調子に乗ってましたゴメンナサイ」
「わかればいいのよ。出来上がったみたいだから、運ぶの手伝って!サラダもあるからちゃんと食べるのよ?」
「俺、野菜は……」
「食べられない訳ではないでしょう?ちゃんと食べられたら、すっごく素敵なご褒美あげちゃう」
「命を賭して食べきります!!」
「…………簡単な奴」
食卓について、賑やかな夕食会が始まった。
カレーのスパイシーな香りに包まれて、一口食べる。
――――そして、夕食は一部の者を除いて、強制的に終了した。
やはりスパイスは危険。
本当にエミリエンヌには、別の物を用意しておいて良かった。
「二度と!二度とこいつが作った物は口に入れねぇっ!!!」
「刺激物は、生死に関わることなんだと思うんだよね!?」
唇が真っ赤に腫れ上がった二人は、カダルを睨みつけ怒鳴った。
自分手製のスパイスカレーを、黙々と食べていた当の本人は。
悲しげに目を伏せ、嘘くさい言葉を話した。
「心を込めて、腕によりをかけて作りましたのに……」
「「腕によりをかけて、俺たちを殺す気だったのかよ!!?」」
怒りの握り拳を震わせる。
必死に踏みとどまる二人に、ディーヴァはあまり励ましにならない言葉をかけた。
「まーまー、死ななかったんだからいいじゃない」
「そういう問題じゃねぇ!!!」
「しばらく舌がヒリヒリしたままだよ〜姐さん!舐めて治して……」
「「死ね」」
今度はマオヤとカダルが、ヴォルフに拳を放つ。
辛さに気を取られていて、もろに攻撃を食らってしまい出していた舌を、思いきり噛んでしまう。
噛み切りそうな勢いだったが、そこはなんとか回避した。
「ひゃにひゅんだよ!?」
涙目で抗議するが、徹底的に無視の構えだ。
そんな子供より子供のような三人を、エミリエンヌは呆れたように眺めていた。
「……いつものことなの?」
「いつものことね。むしろこの調子じゃないと、どこかおかしいんじゃないかと思うくらい」
未だ食事を続けている女性陣。
ぱくぱくと、止まらない美味しさにエミリエンヌは嬉しそうに笑う。
「このカレー、本当に美味しいわ」
「でしょう?フルーツが決め手なのよ」
「――――たとえ甘くても、食べるならあっちが良かったぜ!」
「あぁ。辛すぎて、舌が死ぬほどの苦しみを味あわされるくらいなら、甘い方がいい!!」
「しつこい方たちですね……」
「一生忘れねぇぞ?」
「忘れたくても、忘れられない刺激だけどさー……」
「んふふ、確かにね!忘れられないでしょうよ」
後片付けを終え、子供ゆえに眠気が急激に襲ってきて、エミリエンヌは船を漕ぐ。
ディーヴァはサッと抱き上げ、早々にベットに連れて行く。
これから、エミリエンヌには聞かれてはならない話をするからだ。
「ちびっこ、寝た?」
「もう夢の中よ。やっぱり、子供は眠るのが早いわ」
「……よほど、聞かれたくない話があるらしいな」
頼りない灯りの下で、交わされるのは密約か秘め事か。
ディーヴァが戻ってきたことで、男たちはさらに身を寄せた。
「まぁね。実はー……また嫌な予感をひしひしと感じてて」
「またかよ!?」
「静かにしてよ〜エミーが起きるじゃない〜」
アハハ〜、と笑いながら冷や汗をかく。
笑いたくはない、むしろため息をつきたい気分だったが。
どうにも笑いしか出てこなかった。
「どうもあたしって、悪いものを惹き付ける性質みたい」
「そうでもないって姐さん!」
「そうですよ、そんなに悪いものばかりでは……」
「あたしの貞操の危機でも?」
その言葉で、男たちは立ち上がる。
目には闘志を燃やし、詳しく話を聞くべくディーヴァに詰め寄った。
「詳しく聞かせてもらおうか」
「えー?」
「また、男が近づいているのですか?」
「違う違う」
「でも、貞操の危機って!」
「相手は女」
三人は、必死に耐えた。
ここは小さな少女が、健気にたくましく守っている店なのだ。
感情のままに、壊してはいけない。
だからなんとか耐えた。
男ならず、女までも引き寄せるのか。
守備範囲が広すぎるだろう!!
せめて叫んでしまいたかったが、小さなあの子は夢の中。
起こしては不憫だと、これまた必死にこらえた。
「……どんな女なのですか?」
ディーヴァと再会出来て、冷静さを取り戻したカダルが質問した。
男でも女でも、どんな奴か聞いて対処が出来るなら、それに越したことはない。
目の奥底に、静かに闘志の炎を燃やしていた。
「見た目はまったく違うし、性格も違うように見えるけれど……あの、目」
楽しそうに笑っていても、闇を孕んだ目をした女。
歪んだ心を持つ者にしかない、人を蔑み見下し。
踏みにじるあの目。
「あたしがこの世で最も嫌う、汚らわしい目を持つ女よ」
久しぶりに見た、笑いながら怒るディーヴァの姿。
余程嫌な相手なのだろう。
静かにオーラをほとばしらせる、その姿に。
男たちは自然と口を閉じ、次の言葉を待った。
「もし、あたしの知っている女なら。目的はただ一つ」
口に出すのもおぞましい、あの女の長年の夢。
初めてそれを聞いた時、思わず立ち上がれなくなるほど痛めつけたのは、遠い昔のこと。
気持ち悪かったのだ。
耐えがたかったのだ。
身の毛がよだつ恐ろしいことを、あの女はディーヴァに願ったのだ。
平伏して、懇願したのだ。
叶わぬ願いとわかっていながら。
「たった一つの願いの為に、色々と暗躍しているようなの。聖女の外見に蛇のような性格……厄介な奴がまた出てきたわね」
体を徹底的に痛めつけた後、女の力の源である宝石を壊し、ただの人間にしたはずだった。
それが、名を変え姿を変え。
今また再びディーヴァの前に現れた。
しかも、エミリエンヌの姉として。
「向こうはとっくに、あたしだと気づいてる。だからこそ、屋敷にあたしを招待しようとしているのよ」
「その女の目的は、あんたを呼んで何をする気なんだ?」
「言いたくない」
「姐さん!!」
「気持ち悪いのよ、口に出すだけでも。他の女なら、こうまで拒絶なんてしなかったかもしれないけれど。あの女だけは……どうあっても、受け入れられない」
だから珍しく、かなり痛い目に合わせたというのだ。
女にはなるべく甘い、このディーヴァが。
「ま、でも。誘いを断る理由はないし、行ってあげるわよ」
「ですが、嫌なのでしょう?その女が」
「嫌よ?鳥肌が立って、悪寒がして。吐き気をもよおすほど、毛嫌いしているわよ。……だけど、」
眠るエミリエンヌの方に、視線を向ける。
あんなに可愛い子を苦しませ、泣かせている原因の女。
ならば、なんとかしてやりたいという気持ちを、心の底から沸き起こらせる。
ディーヴァの最も嫌う者。
それは自分が目的で、悪事を働く奴だ。
可愛い子供を、泣かせる奴だ。
「エミリエンヌは、可愛い。だから、笑っていてほしい。……幸せになってもらいたいのよ」
「同情か?」
「あたしが同情だけで、こんな面倒なことに首を突っ込むと思う?」
「いいや、思わない」
だからこそ、俺たちはあんたを信じられる。
「そ・れ・で〜!あなたたちに、やってもらいたいことがあるの〜」
「猫なで声を出すな、言いたいことがあるならさっさと言え」
「まぁ君、つれない。昔はあんなに可愛かったのに……」
「聞かないって選択肢もあるんだぜ?」
「ごめん、茶化さないとやってられないんだもの」