表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/78

60〜美術館




 ラウフを送り出した後。

二人は広場を後にして、今度は例の美術館に行くことにした。

なんでも今、ミスサンセベリアが開催されるだけあって。

世界の美女をモチーフにした美術品が、数多く展示されているらしい。


 その中には、シュバルツの作品も多く展示されているそうだ。

これは是非とも見に行かなければと、またもやエミーと手を繋ぎ美術館へと急ぐ。



「ランコントル美術館ではね、サロンもよく開かれているのよ」



「へぇ、やっぱり貴族が主に?」



「そうね。……聞いた話によると、逢い引きによく、使われるそうよ」



 歴史ある美術館のサロンで、逢い引き。

まぁ、親の目が厳しい者たちにとっては、格好の場所なんだろうが。

普通に訪れる者の身にも、なってほしいものだ。



「でも私は、美術館の入口が特に好きなの」



「可愛らしいモチーフとか?」



「それはあなたの好みでしょう?最初に階段があって、それを登りきると二人の女神像が出迎えてくれるの!」



 真正面から見て、左に春の女神。

右に夏の女神の像が、口元に微笑みを浮かべ美術館の入口を守護している。

そしてもう少し奥に行くと、美術館に入る為の扉の前に、今度は左に秋の女神。

右に冬の女神像が置かれていた。

それぞれの季節を象徴する、美しい花をいだいて。



「……お母様に、似ている気がするの」



 絵画でしか見たことがない、自分の産みの母親。

エミリエンヌと同じ、金の巻き毛に青い瞳。

美しい彼女の顔には、笑みが浮かんでいた。

とても優しげに、見つめている相手に微笑んでいる。


 ……きっと、母には好きな人がいたのだ。

父ではなく、他に好きな人が。

母の絵を描いている人に違いない。

でなければ、こんなに愛おしそうな目で見つめていないはずだ。


 熱っぽく、それでいてひどく切なげで。

哀しみが瞳の奥に宿っていて。

好きな人がいたのに、引き裂かれてしまったのかもしれない。

母はドロエ家の跡取り娘だったから、結婚なんて自分の意思を蔑ろにされるのが当前だ。

好きな恋人ですら、言葉を交わすことさえ許されないのに。


……母は、不幸だったのだろうか?

不幸なまま、死んでしまったんだろうか?

だとしたら、とても憐れすぎて。

悲しすぎて。

何度、母の絵の前で静かに涙を流したか知らない。

涙を流し過ぎて、エミリエンヌが立っていた赤い絨毯の場所だけ、変色してしまったほどだ。


 よく知らない母を想い、恋慕い、想いに身を馳せる。

貴族の家の為に、犠牲になったとしか思えない母を、知らないながらも深く、想う。



「どう?素敵でしょう?」



「なかなか美人揃いね」



 彫り深い顔立ちの美女がお出迎えとは、なんとも気分がいいものだ。

よくよく眺めて、満足したらようやく美術館の中に入る。

かなりの人で賑わっていて、しかも皆富裕層ばかり。

見るからに、お金のかかっていそうな普段着に、ディーヴァはあからさまに辟易した。



「もっと、いろいろな人が見にきたらいいのにねぇ」



「そうね。……でも、そう簡単には変わらないわ」



 それに、生活は安定しつつあってもまだまだ、お金に余裕がないのが現状だ。

食べるだけでも精一杯なのに、どうして美術品を見る余裕があろうものか。



「そこを、なんとかしたいわね。敷居が高いってだけなら、どうにか出来そうだけど」



「本当!?どうやって?!」



「ん〜……秘密」



「ちょっと!ここまできて秘密はないじゃないっ」



「だって〜絶対エミー信じてくれないもの」



 さかのぼること、二百年前になる。

そんな昔に生きているはずがないと、エミリエンヌは思うに違いない。

話してもいいのだが……どうにもいちいち、説明するのが面倒というか。

信じてもらえない可能性の方が、高いというか。



「ふーん……私のこと、信じてくれないんだ?」



「そうじゃないったら!……まぁ、折を見て話すから。今は時期じゃない、だからもう少し待って」



 ご機嫌斜めをなだめるように、笑いかけながら手を繋いで先へと進む。

一緒に過ごした時間は短いけれど、少しはディーヴァのことをわかってきたから。

今は、聞かないであげることにした。

仕方ないと息を吐きだして、美術館の中を案内し始める。



「これは、メルウェーの美人画よ。彼は生涯、自分の妻の美人画しか描かなかったんですって」



「へ〜……枚数が枚数だけに、これだけあると圧巻ね。同じ人なのに、たくさんの女性がいるように見えるわ」



「カルードの美人画。このモデルたちは、全員が全員子持ちの母親だったの。特に夫に先立たれた女性たちに、モデルになってもらって。絵を売って出来たお金の半分を、お礼として渡してたって」



「へぇ、なかなかの人物だったのね。通りで、モデルの女性たちが優しい顔をしていると思った」



 花に彩られ、光に溢れる美術館館内。

様々な画風でえがかれた、美しい女たち。

どれも目を奪われる、素晴らしい絵ばかりだ。


 ……しかし、最初のブースは人もまばらでやけに少ない。

なぜなんだろうと、不思議に思っていると。

エミリエンヌが説明してくれた。



「メインの絵が、一番奥にあるから……出入り口付近の絵のブースに、人がいないのよ」



「……シュバルツ・ベルナー?」



「当たり。やっぱり、他の絵とどこか違うのよね……彼の絵は」



 絵や美術品を見ながら、奥に向かう。

すると、どんどん騒がしい人の声が聞こえてきた。

恐らく、訪れている来館者のほとんどが彼の絵を見に来ているのだろう。


 ひときわ明るく、花が溢れる広いブース。

そして、集まるたくさんの人々。

美しい天上の世界の、佳人と思われるような、美女の集い。


 『極楽』



「こ、れは……また、」



 言葉に詰まる、美女の祭典。



「凄い……」



 壁にかかる無数の絵。

手を差しのべる金髪の美女。

髪を櫛でとく亜麻色の髪の美女。

花を摘む銀髪の美女。

そして…………



「これが、シュバルツ・ベルナーの代表作。『最愛の人』よ」



 この世の者とは思えない、艶やかな黒髪の美女が……白いドレスを着て、優雅に佇んでいる。

手には白百合の花。

緩やかに微笑む紅い唇。

花を持つ白くたおやかな手。

鮮やかに浮かぶ、金の瞳。



「髪の色や瞳の色は違うけれど、どこか……あなたと似ているわね」



「そうかしら?」



「……まぁ、雰囲気は似ても似つかないけど」



「花嫁……よね?」



「花嫁は、この世で最も綺麗で清らかで……最高の女性として称えられるものなのよ。あなたは……どちらかといえば、その。色っぽいというか、黒が誰よりも似合うというか」



「ホホ、つまりは婀娜っぽい女ってことでしょう?最高の誉め言葉じゃない!」



「……普通は違うと思うわ」



 気を良くしたディーヴァは、高らかに笑う。

すると、周りの絵を見ていた人々が美しい女の存在に気づいた。

ヒソヒソと囁きあう。

やはりエミリエンヌと同じように、絵のモデルとディーヴァが、似ていると思っているようで。

絵と見比べては、また囁きあうことの繰り返しだった。



「い、居心地が悪いわ……」



「そう?あたしはそうでもないけれど」



「あなたは馴れているでしょうよ。私は、そんなに人の視線に馴れていないの!察してちょうだい」



「気持ちいいじゃない。これだけの人の視線を、ほとんど独り占めしているのよ?もっと堂々とすればいいのに〜」



「あたしはあなたじゃないの!」



「だけど、エミーはエミーなりに楽しめると思わない?」



「思わないわ」



 やはり人前に出ると、ディーヴァは変わる。

いや、本来の姿に戻ると言った方が正しいかもしれない。


 堂々と、威厳に満ち、光り輝き……誰よりも美しい女。

人の目を惹きつけずにはいられない女。

現にエミリエンヌも、絵を見続けているディーヴァから目を離せない。

無理やり目を閉じても、瞼の奥に鮮烈に焼きつけられてしまっている。


 存在が、とても眩しい。

同じ視線に合わせてくれて、話を聞いてくれて。

優しい人だと、わかっているのに。



「同じ、人」



「ん?」



「なのに、違う……」



 簡単に違う顔を見せる、不思議な人。

コロコロ変わる表情、だけど一つ一つがとても魅せられて。

違和感なんて感じさせない、だけど声をかけずにはいられない。



「あなたは誰?」



 こんなにも人々を惹きつける、あなたは誰?

人間なんて言わせない。

ただの人間なら、これほどの美貌を備えていない。

強気で、堂々と。

威厳に満ち、光に溢れ。

拍手喝采の渦の中を、歩いていけるようなあなたは。



「誰なの?」



「エミリエンヌ」



 多くの人々の間を割って聞こえた、女の声。

エミリエンヌの名を呼ぶ声でなければ、聞き逃してしまいそうだった。

決して小さな声じゃないが、耳で拾い上げるには特徴が乏しすぎる。


 ……それでも、エミリエンヌにはよくよく見知った相手のようで。

サッと顔が青くなった。



「こんなところで、一体何をしているの?お父様はご存知なのかしら」



「ジュリエンヌお姉様……っ」



 美術館で遭遇するとは、どんな縁があるのだろうか?

袖口と首周りには、黒の毛皮がほどこされている真っ赤なコートを着用し。

同じ系統の帽子や靴やバックなど。

あまりにも目が痛くなる装いに、ディーヴァは思わず目を塞いだ。



「あなた、しばらく屋敷に帰っていないそうね?メイドに聞いた話によると」



 本当に、家族の誰もがエミリエンヌの私生活を、何も把握していない。

貴族にとっては、それが普通なんだろうが、ジュリエンヌの言い方は、普通のものよりも特に冷たく感じられた。



「お父様が、珍しくお話があるそうよ」



「えっ……」



 薄茶色の巻き毛を耳にかけながら、至極面倒そうに話す。

こんなことは、使いの者を走らせればよいものを。

なぜ私自らが、使いっぱしりの真似をしなければならないと、いたくご立腹の様子だ。

そんな姉に逆らうまいと、大人しくただ上下に首を振る。

わざとらしいため息を吐き出し、後ろで控えていたこれまた派手な男に声をかける。



「せっかくの良い気分が台無しよ、ねぇ?」



「ははっ、そうおっしゃいますな。久しぶりの妹君との交流ではありませんか」



 白々し過ぎて、ヘドが出そうな言葉の列ねだった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ