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「えっ」
「ということは……」
「お前の主って、やっぱり人外なのか?」
この教会にやってきて、まだお目にかかるどころか気配すら感じない。
主など本当にいるのかと思うほどだ。
話題が出たことを機に、色々話を聞けないかと尋ねてみる。
「同じように、二百年生きてんだろ?」
「いいや。あの方は、ただの人間だ」
「ただの人間が、二百年も生きていられるはずがないでしょう」
「生きている」
それは『私の心の中で』という意味でだろうか?
そうとしか思えない。
不自然なほど、この教会の建物には生活感が見当たらないのだ。
この男が住んでいなければ、廃墟にしか見えない。
マクシミリアンが言うように、人間がここにいるならなんとか人が住んでいるように、片付けたり掃除したりするはずだ。
しかし、そうしようとした風には見えない。
時が移ろい風化して、流れるままに身を任せている。
そうとしか思えなかった。
「目で訴えなくとも、分かっている。掃除など意味がないほどこの教会は、古い。もう廃墟だ」
「ならなんで、補修するか建て直すかしないんだ?金がねーの?」
「……人が造った物には、いずれ限界がくる。ここが教会であると分かればそれでいい。私は“ここ”を守る義務がある。主の為、そして主の恩人の為に。約束の日まで――――私は、主と共にここにいる」
「約束、ですか?」
初めて、甘くとろけるような顔を見せた。
約束があれば、生きていける。
一人でも寂しくない、そう感じない。
「その約束を果たす為に、私は生きてきたんだ」
覚悟を秘めた強い眼差し。
それに射ぬかれて、カダルとヴォルフはしばらくの間、言葉を失ってしまった。
彼の身に一体何があるのか。
そして、主とは誰なのか。
謎がより深まっていく中、マクシミリアンが掃除を再開する。
それに釣られ、二人もまた手を動かした。
――――――あれから、ジュース片手に西へ東へさ迷っていたラウフと合流した。
とても不本意だったが、使い物にならなくなるのは困るとエミリエンヌに言われ。
やむを得ず、一緒に買い物をすることになった。
「俺がいない間にー、エミーに貢いだりしてねぇだろうな?」
「さぁ……?どうかしらね」
「エミー!こんな性悪女が贈る物なんてー、どんな呪いがこもったもんかわかんねぇんだからー、絶対に貰うな!!」
「……あなたが私に贈ってきた、大量の贈り物の方が、よっぽど呪いがかっていたわよ?」
出会ってから今日までの間。
日に一度はラウフ自らが持ってきて、エミリエンヌに手渡す贈り物の数々。
流行っている洋服や、綺麗な色のリボンならまだ良かった。
それが段々と、内容がおかしくなっていったのだ。
エミリエンヌの足のサイズにピッタリの、可愛らしい靴を持ってきたり。
成分がよくわからない、足の肌の部分を綺麗に保つ美容クリームを贈ってきたり。
果ては足のマッサージ券を、二十枚つづりで渡してきた時には、さすがに頬を叩いたそうだ。
……そこまで聞いて、あえて言おう。
「気持ち悪い」
「何をぅ!!?」
「私もそう言ったのだけど……」
もはや周囲には敵しかいない。
そう認識すると、ラウフは自然と涙を流した。
「エミーってば、酷いよな〜?俺の愛ある贈り物をー、気持ち悪いって思ってたなんて〜!」
「足に固執し過ぎているのを、素直に認めなさいよ!毎回貰うたびに、どうしようか悩むんだからっ」
「使うか置いとくか?」
「再利用か処分か」
「使わないのは確実なのか?!」
当然と言えば当然。
特にマッサージ券など、どうしろというのか。
エミリエンヌの、柔らかくスベスベの肌に触れようという魂胆が見え見えで。
帰ったら一番に、その券を焼き払おうと心に決めたディーヴァだった。
「つれないよー、エミー!こんなに愛してんのにー」
「……愛って、目に見えないものだから厄介だけど。こういう時には助かるわね」
「なんでー?」
「大きすぎる上に、重すぎる愛を押しつけられて潰されずに済むもの」
今度こそ、撃沈。
愛する幼女からの痛恨の一撃で、湿った場所に生えたキノコのように、鬱陶しい状態になったラウフは。
そのまま勢いよく、石畳の上に倒れこんだ。
湖のような涙の溜まり水を作り、声も無く静かに泣いている。
「ちょっと、こんなところで倒れないでよ!」
「エミー、ようやく変態を倒したんだから放っておきましょう。このまま放置して、あたしと買い物を続けるのが、正しい選択だと思うのね」
「でもっ!ラウフはうちの店の、大事な従業員の一人なのよ?これで使い物にならなくなったら、誰が責任を取るのよ!?」
酷い言い種である。
この場にいる者は皆、誰一人としてラウフを救い上げる気がない。
あまりにも酷すぎる女たちに、ボソボソと何かを呟きはじめた。
「……こうなったら、最終手段を発動するしかないかー……」
ガバッと立ち上がり、遥かに小さなエミリエンヌの顔を覗きこむ。
端正な顔を近づけるだけで、大抵の女は自然と頬を染める。
だが、そこは見慣れ親しんだ相手。
見つめられれば、睨み返す。
それが、エミリエンヌのやり方だ。
頬を染めるどころか、照れもしない。
自信喪失しそうだと、また気落ちしそうになる。
だけど、ここで引き下がる訳にはいかなかった。
「エミー」
「何よ」
「俺、浮気するよ〜」
「は?」
手まで握って告げた言葉は、そんな訳のわからないことだった。
エミリエンヌもディーヴァでさえも、首を傾げる。
「五日後に開かれるー、ミスサンセベリアを決めるコンテストがあるのは、知ってるよなー?」
「……知らないはずがないじゃない。今年は、お姉様も参加するのよ」
「上の?それとも下?」
「上下言うな!……ジュリエンヌお姉様が、参加するの」
「ふーん。――――御披露目と、根回しか?ご苦労なことだな」
ラウフが何もかもお見通しで、思わず苦い顔になる。
それを、顔を包み込むように挟む。
むにむにと押したり戻したりして、感触を楽しんだ。
「裏が読めた」
「ん〜?」
「ドロエ家の現当主は、長女をミスサンセベリアにさせて、王族に目通りさせる気なんでしょう?」
「なんの為にー?」
「よくある話じゃない。自分の娘を王族に嫁がせ、縁戚関係を結ぶ。深い寵愛を得れば計画通り、子供が出来ればその子供がいずれは国王になるかもしれない。……自分で言っておいてなんだけれど、本当によくある話だわ」
「確かにな」
「…………」
どこまで欲深いのか。
エミリエンヌの手前、あまり大きな声では言えないが。
一つの貴族の家を、乗っとるだけでは飽きたらず。
国一つを盗ろうというその魂胆。
「どこまで上り詰めたいのかしらね」
「さぁ?とにかく。俺はなんと、そのコンテストの審査員の一人に選ばれたんだー」
「なんですって!?」
大げさ過ぎるほど驚くエミリエンヌに、頭を撫でながら笑うラウフ。
そんな中、ディーヴァは至極冷静に聞いた。
「どれだけお金積んだの?」
「そんなに大金持ってるように見える?」
「見えない。――――あぁ、お偉方の何か弱味でも握っているのね?」
「そんなとこ。ま、国中の美女が集まるわけだ。……エミー、どうか恨まないでくれよ?」
「別に?これで私から、宗旨変えしてくれれば言うことないわ」
「エミー……ほんとに泣くぞ?」
「いい大人が、泣けるものなら泣いてみなさいよ。はっ、ざまあないわね〜」
「てめぇっ……!!本気で俺のことを、敵に回したいらしいなー?」
「あなたごときを敵に回したぐらいで、痛くも痒くもないわよ」
嘲笑するように見下すディーヴァ。
美女は何をやっても様になると、ほとんど見惚れていたエミリエンヌに気づく。
負けてなるものかと、無理やり笑顔を作り応戦する。
「エミーの足に敵う女なんていない!……が、審査員に選ばれた以上。俺は役目を果たすよ。エミー、エミー!しばらく会えないけどー、こんな女の毒牙にかからないでくれよ〜?」
「さっさと、他の女を見繕ってきなさいよ。エミーはあたしに任せて、ね」
「こーのクソ女っ!!」
「何よ、このクズ男」
「ケンカは止めてよね……はぁ、」
ラウフは打ち合わせの為に、実行委員会にしばらく詰めなければならないらしい。
贈り物どころか、顔すら見せられないが悲しまないでくれと言うが。
悲しむどころか、清々すると吐き捨てた。
「仕事だけはきちんとしてくれたら、なんの文句はないわよ。じゃあね」
「そんな冷たいエミーも、好きだな〜チクショウ!行ってくる」
「永遠に帰ってくるな。これを機に、仕事上の付き合いだけにしなさいよ!」
「お前に指図される謂れはねぇ!……じゃあな」
さりげなく、エミリエンヌの頬に口付けする。
突然過ぎて、避けることが出来ずほっぺたに柔らかい感触が……
「いやーーーっっ!!!」
「エミーのほっぺた頂きーーっ!!」
「この変態がーーーっっっ!!!」
逃げられる前に、思いきり右ストレートを繰り出した。
ラウフは大きく飛び、消える。
しまった、逃がしたとディーヴァは舌打ちした。
「あの男〜!」
「う、奪われた……っ!」
「本気で消しにかかろうかしら……」
「それは困るわ!あんな男だけど、仕事はちゃんとしてるの!!だからっ……」
「あと、そんなに嫌そうじゃないわね?」
「え……?」
顔が真っ赤だ。
本当に嫌なら、青ざめるなり嫌そうに見せたりするはずなのに。
エミリエンヌは、ラウフのことを憎からず想っている。
なぜなら、数少ない自分を想ってくれる人だから。
だから、嫌いになれない。
好きでいてほしいから。
自分も、好きでいようと思ってしまうのだろう。
たとえ、相手があんな男でも。