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――――――あれから、口喧嘩をしながらなんだかんだで、広場に到着した。
エミリエンヌが足を止めず、道を進んだのが理由の一つだろう。
二人が後を追ったので、あのまま道の真ん中で、立ち止まらずに済んだのだ。
喧嘩をし続けた二人は、ブッスーと不機嫌な顔で、お互いにそっぽを向いている。
その間に挟まれたエミリエンヌは、何度かわからないため息をこぼした。
「広場に着いたんだから、いい加減に喧嘩はやめてよね!」
「あたしはやめたいのよ?それなのに、この底なしの粘着質男が、絡んでくるのをやめようとしないのが悪い」
「よく言うよねー?俺がエミーに話しかけようとする度に、邪魔しやがって。この性悪女が!」
「あたしが性悪なら、あんたは救いようがない悪玉じゃないの。幼子に手を出そうとしてんじゃない!」
「ブス!」
「クズ!」
「子供みたいな喧嘩はやめて!!人が見てるでしょうがっ」
美男美女が、子供を挟んで大喧嘩。
人目もはばからずに、子供を巡って言い争っている夫婦に見えないこともない。
不本意ながら、そう見られていると確信している。
道を行き交う人々が、ヒソヒソと耳に囁きあっているのを、大人組が傍目で気づく。
仕方がないと、大人しく離れた。
だけど、エミリエンヌからは離れない。
離れたら、敗けだと思っているからだ。
「さーて!早速買い物しましょう?」
「やっとなのね」
「何を買いましょうか?なんでも買ってあげるし、あたしも買い物しまくるわよ!!」
「……可愛がってる孫娘に、なんでも買ってあげてる婆さんかよ」
「好きな子に、プレゼントの一つも贈れないような甲斐性なしのくせに」
「なんだよ」
「なによ」
しつこく喧嘩をし続ける大人たちに、子供の自分が仲裁をするしかないなんて。
情けないというか……なんとも言えず。
とりあえず、二人の間に割って入った。
「ジュースが飲みたい」
「わかった買ってくる!!」
どこからそんなスピードが出るのか。
目にも止まらぬ速さで、ジュースを探しに旅立って行った。
「それじゃ、元々の予定通り女同士の買い物といきましょうか!」
「そうね、うるさいのがいなくなったことだし。……何を見るの?」
「ブラブラ巡って、市を回って見たい」
「たくさんあるものね」
まだ市の入り口だけど、店数に終わりが見えない。
人々の活気ある声や、店頭に並んでいる美術品の多さに、期待に溢れる気持ちを留めてはおけなかった。
「あそこの店見てみたいわ!」
「行ってみましょうか」
綺麗な女たちが、楽しそうに笑う。
仲良く手を繋いで、お目当ての店に向かった。
「良い品ばかりね。これなんか素敵」
「お目が高い!これは純銀製で、不純物は一切入っておりません」
「その分、軟らかくて扱いづらいんでしょう?」
「うっ!……ですがっ、この細やかな飾り模様は、まさに芸術作品なんですよ!!」
店主の男が言った通り、確かに目を引く一品だった。
それは銀製のネックレスで、全体的に唐草が生い茂り、花が咲いた模様が刻まれている。
そして表には、ストーンカメオがはめ込まれていた。
そのカメオには、聖母と布にくるまれた赤ん坊が彫られていて。
慈愛に満ち溢れた優しげな目元に、見ている者の心まで穏やかになるようで。
ディーヴァは一目で気に入ったようだ。
「趣味がいいわね、気に入ったわ。これをちょうだい」
「ありがとうございます!!!」
店主は、一番高価な品が早々に売れたことを分かりやすく喜んだ。
ペコペコと頭を下げて、品物を受け取る。
エミリエンヌは、並べられている商品を一通り見て言った。
「……そういうのが、好きなの?」
「好きね。特にこのストーンカメオが」
「身に付けないの?わざわざ包装させるなんて」
店主にお願いして、きちんとした箱に入れてもらう。
それらしくラッピングまでしてもらって、小さな袋にそれは入った。
お金を渡してそれを受けとると、やけにニヤニヤしてエミリエンヌを見る。
「何?」
「いいえ?何も」
だけど別に、嫌な感じはしなかった。
「さ、次に行くわよ〜!」
この場所には、数百を数える店がある。
まだ、一軒目の店だ。
これからどれだけの店を回るのか、想像も出来ない。
だけど、楽しそうに笑うディーヴァを見て。
付き合えるだけ付き合おうと、嬉しそうに笑いながら後を追いかけた。
――――――同時刻。
朝を迎え、早速ディーヴァを捜しに出かけようとしていた、男たち三人に。
マクシミリアンは、無言でホウキやモップを差し出し、部屋の掃除をお願いした。
明らかに、怒っている。
あれほど言ったのに、部屋の中は所々汚れたりヒビが増えていたり。
綺麗にしていた真っ白なシーツも、薄汚れて破れている。
これでは家主が怒るのも、無理はない。
やはり責任は感じたので、黙ってそれを受け取り黙々と掃除を始めた。
「お前らは掃除してろ。俺はマクシミリアンの分も合わせて、朝食を買ってくる」
「えーっ!?まぁ君逃げんのかよ!!」
「誰の話を聞かなかったフリしてんだよ、あぁ?朝食買ってくるっつってんだろうが!」
文句を垂れるヴォルフに、思いきりアッパーを食らわしてやった。
自分の方に倒れこんできたのを、カダルはこれまた静かに避ける。
つぶれたヒキガエルのようなうめき声を上げ、ヴォルフは床に沈んだ。
「……あぁ、そんなに気を使ってもらわなくてもいい」
「ここで気を使わなかったら、いつ使えってんだよ。心配するな、金ならある」
「あなたのお仕事は、羽振りが良さそうですからねぇ」
「人聞きの悪いことを言うな!……今までの給料を、使う機会に恵まれなかっただけだ」
忙しさで使う暇がなく、貯金は増えていく一方なのだ。
たかが四人分の朝食代で、その貯金を崩せるはずもない。
それを理解した上で、カダルは遠慮の欠片もなく要求した。
「では私は、野菜のみの食事でよろしくお願いします」
「あぁ。……お前に頼まれたら、なんか釈然としないというか。納得がいかないというか……」
「そんなことは知りません」
「俺は肉!干し肉とかは邪道だからな?!」
倒れたまま、そう叫ぶヴォルフにマオヤの額に青筋が浮かぶ。
要求を聞く気はあるのだが。
どうにもこの、ヘラヘラ笑っている男がどこまでいっても、気にくわないのだった。
「お前は純粋に腹が立つ……っ!!」
蹴りたい殴りたい。
その衝動を無理やり抑え込み、扉を壊す勢いで閉めて部屋を出ていった。
「……そういえば、あなたは何か食べたい物を言わなくてもよろしかったのですか?」
ただ一人、朝食の要求を述べなかった男。
マクシミリアンは、自身も掃除しながら真顔で答えた。
「私は、特に食事を必要としない」
「は?飯食わねーの?」
「食べれないことはないが」
壁を拭いていた手が、動きを止める。
考え込む仕草を見せると、重たげな口を開く。
「……食物を口にすると、涙が止まらなくなる」
それが困る。
と、大して困っていないような表情で、彼は言った。
なんでも、物心ついた頃からこうだったらしい。
育ての親も大層困り果て、食べなくても平気なのかと調べたところ。
陽の光を浴びれば、特に問題ないことが分かった。
後はなるべく、自然が多い空気の綺麗な場所で、一定の時間を過ごすこと。
これらの条件を守って、マクシミリアンの体は大きく成長し、どこにも障害は見当たらなかった。
「と、いうことはー……」
「人、ではありませんよね?」
「必然と、そうなるな」
かなり、衝撃的な告白をしたにも関わらず。
またまた平然と、平淡に言葉を返すマクシミリアンに。
二人は唖然としながらも、手だけは動かし掃除を続けた。
「……何か、困ることはないのですか?」
「特にないな」
「えー?こんな人間ばっかがいる国で、特に困らないとかありえねー!」
この世界に人外は多い。
うまく溶け合い、折り合いを付け調和を成し生きている。
だけど、寿命や生活習慣などが違うため。
同じ土地で暮らす場合は、めったにない。
大概、同じ種族同士で暮らしている。
それでも、特に他種族が珍しい訳ではないので、隠す必要はなかった。
「力とか、出しづらくね?」
「こんな国の外れにある、古いだけとはもはや言えない教会で……出しづらいも何もないだろう?」
確かに、男たちが教会に入った途端に激しい攻撃を繰り出してきたほどだ。
あの容赦のなさ。
もしかして、教会がここまでボロボロなのはこの男のせいなのでは?
そんな意味も込めて、二人揃ってマクシミリアンを見つめてみたが。
熱い視線に気づくことなく、黙々と掃除を続ける。
「なぁ、種族はなんなんだ?」
「さぁ……」
「わからないのですか?」
「私は、赤ん坊の時に捨てられていた。それを私の主が拾い、育ててくれた。だから私は、自分がなんなのかは知らない。主も、わからないと言っていた」
「ディーヴァなら……」
「ん?」
ディーヴァなら、わかるかもしれない。
そう続けたかったのだが、どうしてか言葉が続かなかった。
なぜだか、嫌な予感がしたのだ。
綺麗過ぎる男を、ディーヴァに会わせたくないという理由からじゃない。
もっと根本的なところ、第六感が働いたとでも言えばいいのか。
とにかく、この男と会わせてはいけない。
それはヴォルフも同じだったようで、互いに無言で頷いた。
「ま、不自由なく暮らせてんなら、別に気にしなくてもいいんじゃね?」
「そうですね。住めば都と言いますし、慣れればここも住みやすい場所なのでしょう。――――たとえ、人でなくとも」
「あぁ。現に私は、この教会で暮らして二百年になる。どんどん朽ちていく場所ではあるが、私にとっては思い出深い“我が家”だ」
「はぁ、……………………はぁ?」
「え、二百……年?嘘だろ!!?」
強い力の持ち主だとか、人間じゃなかったことなんかよりもよっぽど驚く事実だと。
カダルとヴォルフは、目を見開き驚いた。
人外は長寿。
それは代名詞と言っても過言ではない。
だが、千年生きられれば神と崇められるほど長生きと言える方で。
五百年生きられるだけでも、充分凄いことだ。
しかし、こんな人間しかいないような国で二百年も平穏無事に、暮らせている事実。
まさに、めったにない珍しい現象だった。