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「ロリコン?」
幼い少女を、妖しい目付きで見つめる男。
それだけですでに危険な上、すぐに助け出さないといけないとは思う。
それに、誰もが考えることだろう。
だけどその視線は、少しずつエミリエンヌからずれていく。
それが完全に外れると、わざとらしくディーヴァに対して、ニヘラと笑って見せた。
「んーん。俺はー、足を愛してるだけー」
「ぷはっ!それが変態だというのよ!!」
無理やり顔をよじり、ラウフの魔の手から逃れるとエミリエンヌは、噛みつく勢いで大声で叫ぶ。
もにもにと、柔らかい頬っぺたを揉みほぐしながら、それでもラウフはディーヴァから視線は外さない。
しかも、拘束したままの彼女に質問しながら、目だけは笑っていない顔を見せる。
気を抜いてはいけないと思わせる、危険な男。
腕を組み仁王立ちで真っ向から対峙したまま、ディーヴァ自身も臨戦体制を取った。
「エミーから離れたら?変態さん」
それでもディーヴァを無視し続けて、うりうりとエミリエンヌの、柔らかい頬っぺたをつついたり引っ張ったりする。
視線が痛いので、逃げ出そうとラウフの腕を掴んで止めさせようとするが、か弱い少女の力。
簡単に押さえ込まれてしまった。
やはり配送業者は力があるなどと、わりとどうでもいいことを考えていたら。
「一部箇所を、人並み以上に好意を寄せて執着を見せることがー、変態?」
「ひょうよ!」
好意、という言葉にらしくなく反応してしまった。
目の前にはディーヴァがいて、すぐ側にはラウフもいて。
わかりやすい反応を、見せてはいけないとわかってはいても。
ほんの少しだけ、頬がほんのり赤くなった。
「ん〜?……はは、エミーは大げさだな!」
「うるひゃい!!」
「……ところで。おねーさん、すっげー美女だねぇ。――――誰?」
ようやく話を振られ、その際にじっと見つめられるだけではなく、ぶしつけにジロジロ見られる。
ディーヴァは、ニコニコと機嫌が良さそうに笑う。
ラウフもまた、うさん臭い笑みを浮かべる。
どこからか、“狐と狸の化け比べー♪”の歌が、聞こえた気がした。
なんとも言えない微妙な顔で、エミリエンヌは二人を見た。
これから、不毛な化かしあいが始まるのかと思うと……。
なんとも言えず、胸にすきま風が吹き抜けるような思いがしたからだ。
「礼儀知らずの愚か者に、名乗ってやる義理なんてないんだけど。エミーの顔を立てて、あたしから名乗ってあげるわ」
「あっ、やっぱいいや」
「あたしはディーヴァ、ただの旅人。エミーとは、切っても切れぬ間柄なの」
「いいって言ったのにー!……ただの旅人、ね。ま、そういうことにしておいてあげるー。俺はラウフ、エミーの足の下僕デス☆」
「なんでよ!?」
「全くね」
「あんたにツッコミは求めてないんだけどー?」
ブスッとした、不機嫌な顔で言う。
こちらを睨みつけている間も、エミリエンヌのふわふわの髪に、顔を埋めたりしている。
そんなラウフに対して、ディーヴァのこめかみに青筋が浮いた。
「ずいぶん、人を嘗めきった言い方だこと。それに、どこまで言っても変態発言を止めないのはいただけないわ」
「変態のつもりはないんだけどなー……」
「エミーの誇りが、全面的に傷つけられているのがわからないの?それと初対面の相手に対して、もう少し言い繕うことは出来ないわけ?」
「俺は正直なだけだよ」
「物は言い様ね。あぁ、それとも言い繕う言葉を考える頭が無いというのなら話は別だけど?」
「おべっか使うのは、そこらへんの見る目の無い、有象無象の男共に任せるよ。俺は俺が認めた、美しい足の持ち主にしか敬意を払わない主義なんだ」
またもやスリスリと頬擦りして、エミリエンヌは嫌そうな顔をする。
さっきから、思いきり殴ったり踏んだりを繰り返しているのに、全く堪える気配がない。
やれやれと、ディーヴァは同情のため息を吐いた。
「エミーが言った通り、まさしく変態ね。救いようがないロクデナシ男だわ」
「エミーだからこそ許した言葉だ、赤の他人のケバい女ごときが、勝手に言ってんじゃねーよ」
天高く、澄みきった快晴の空の下。
落ち葉舞い散る、秋深い世界。
その中で、子連れの美男美女が互いに笑い合っている。
なんと絵になる光景だろうと、事情を知らない人々はうっとりしたような、そんなため息をこぼすだろう。
しかし中心部に立てば、突発型台風が発生している。
所々に、雷・突風・大雨注意報まで出ていそうなほど大荒れだ。
エミリエンヌが一番、被害を受けていそうなところだが。
そこは二人からの愛ゆえに、被害は免れている。
だけど、酷い居心地の悪さは感じていた。
だからさっさと終わってほしいと、心から願わずにはいられなかった。
「うふふ、誰がケバい女ですって?」
「あはは、誰がロクデナシだ、あぁ?」
やはり、狐と狸の化け比べ。
薄ら笑いの応酬で、間に挟まれた少女に悪寒が襲う。
震えるエミリエンヌに気づいたラウフが、密着する形でもっと強く抱きついた。
「エミー、こんな女放っておいてさ。俺とこれからデートしようよー」
「嫌」
「いいじゃん、こんなすでに老いるのを待つだけの足の持ち主。俺は興味ない」
「――――へぇ?言ってくれるじゃない?」
その言葉で、さすがのディーヴァも頭にきた。
自慢じゃないが、自分の脚は美脚の中の美脚だ。
生足にハイヒールは最強、とさえ謳われた至宝の脚。
それを、レギンスを穿いている上に足の形が分かりにくい、ごつめのハイヒールを履いているただそれだけで!
老いるだけの足と言われるのは、甚だ心外だった。
「……この場に膝まずかせて、あたしの老いるだけの足とやらで、思いきり踏んでやりたい」
「ちょっ、不穏過ぎるわよその言葉!」
「ふっ、甘いな!俺はエミーの足を超えた足でなければ興奮しない!!」
「なら、これならどーお?」
――――――……いつの間に脱いでいたのか、レギンスを放り捨て街路樹の回りを囲むベンチに座る。
そしてすらりと伸びる自慢の美脚を組んで、眩いばかりの玉の肌を披露した。
「いただきます」
「待ちなさい!!」
ディーヴァがわざと、誘うように前に出した左足に、ラウフが顔を近づけ口付けしようとした。
それを後ろから、エミリエンヌが両手で顎を掴んで阻止する。
羽のように軽いであろう体を、ラウフの背中に勢いよく乗せた。
だけどいくら軽くても体重はあるので、負荷がかかった背中から鈍い音が鳴る。
「ギャッ!?……エミー、抱きついてくれるのは嬉しいんだけどさ〜せめて真正面からお願いします」
「誰が!抱きついているというのよ!!あなたがディーヴァに手を出そうとしていたのを、必死に止めに入ったんでしょうがっ!!」
「……妬きもち?」
「息の根を止めてくれるわ」
「きゃ〜!その小さなお手手で首締められたらイッちゃう〜!!」
「気持ちが悪いのよこの変態がーーーっっ!!!」
立ち上がって、足でラウフの頭をゲシゲシと蹴る。
それすらも喜んでいるように見えたので、まさしく真性の変態。
エミリエンヌが蹴り続けている間に、ディーヴァは再びレギンスを穿いて、ある意味プレイ中の二人に声をかけた。
「そろそろいいかしらー?」
「いいも何も、私はあなたが身支度を整えるのを待っていたのよ!」
「俺はそれに付き合ってましたー!」
ニコニコと最高の笑顔を見せて、ディーヴァに手を振ってくる。
どうしてそこまで悦に入れるのか、理解出来ないところも多かったが……。
それよりも、ラウフにくれてやりたいセリフがあったので、ヒール音を響かせて倒れている顔の目の前に立つ。
ディーヴァのその笑顔は、ただただ眩しいばかりだった。
「あなた、あたしの足に反応したわよね?」
「えー?なんのことだか」
「とぼけても無駄よ〜?なんならもう一度見せてあげてもいいんだし。あれだけ散々けなしておきながら……ざまあないわね!」
その場に、高笑いを響かせる。
よほど腹立しかったのだろう。
俯くラウフに、性格は悪いがディーヴァは胸がスッとした思いだった。
「……ちくしょう。後はしなびるのを待つだけのくせして、なんであんなにそそる脚してんだよ!」
「ほほほ、これは神より賜った至宝の脚なのよ。簡単にしなびてたまるもんですか!」
「神だぁ〜?」
石畳の上に落とさないように、エミリエンヌを器用に抱きかかえ立ち上がる。
さっきまで、不機嫌そうにしていてもにこやかな笑顔を絶やさなかった男が、目付きの鋭さが増す。
それは明らかに、『神』の単語に反応してのことだった。
「あんた、神を信じてんの?」
以前の自分なら、いるかもしれないしいないかもしれないと言ってただろう。
会ったことも、感じたこともない存在なのだ。
信じる信じないは、それぞれの勝手。
そう思ってきたのだが――――……。
「信じる、というよりは……いるわね」
「会ったことあんの!?」
「あるわよ、しかもつい最近」
今度のお土産は、スイーツ詰め合わせが欲しいと言っていた。
お中元じゃないんだから、ってツッコミを入れてもどこ吹く風の如し。
結局、また色々なお土産を持参することを誓わされてしまった。
約束、なんて可愛らしいものじゃない。
文字通り『誓約』だ。
神様が、お土産ごときで誓約を持ち出すなんて死ぬほど笑いそうになったが。
ディーヴァも、たくさん背負うものがあるので、表立って笑いはしなかった。
陰で笑うのだけは、勘弁してほしい。
「下手な冗談だな、死ぬほど笑えない」
「このことに関しては譲らない。神様はいるのよ、ただ……何もしてくれやしないけれど」
「そんな神なら、いない方がマシだな」
「そう?信仰することによって、救われる人もいるんだから別にいてもいいじゃない。ま、あたしは信仰なんてしないけど」
「信仰しないくせに、神様の存在は信じるのかよ」
「だから、実際に会っているのだから信じる信じないって問題じゃないのよ!何度言ってもわからない男ね」
「あんたこそ、笑えない冗談ばっか言ってんじゃねーよ!」
やっと落ち着いたかと思えば、また喧嘩開始だ。
もう付き合っていられない。
エミリエンヌは二人を置いて、さっさとその場から離れていった。
「あっ、エミー!待ってよ、あなたが先に行ったら誰が広場まで案内してくれるっていうのよ!?」
「エミー!広場でデートすんのー?最初からそう言ってくれればいいのにー」
「あなたたちがいないところに行きたいだけよ!!」
「「なんで?」」
「胸に手を当てて、よーく考えてみなさいっ!」