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「ディーヴァがいるから、私は幸せなんです。幸せなんですよ……だから、その願いは叶えられない」



 カダルは、今にも泣きそうな顔を見せる。

こんな表情は初めて見た。

表には出さないが、マオヤは内心で困惑する。

これほどまでに脆く、繊細で危うい奴だったとは。


 まだまだ知らない、カダルの中身をマオヤはこれからもっと――――『知りたくない』と、そう思った。



「(俺は男だ。男が男の顔を見て、必要以上に何かを感じることがあっていいのか?いやダメだ!!これ以上、カダルのことに深入りしてなんの得がある!?ちくしょうっ……!大体、カダルが素直に眠らねぇのが悪いんだ!!)」



 ブツブツ文句を小声で呟いていると、カダルはもう興味なさげに、また瞼を閉じてた。

すると今度は、珍しく成り行きを見守っていたヴォルフが、大きな口を開く。



「いやー……こうして見ると、やっぱカダルも綺麗な顔してるよな〜」



「は?」



 呆気に取られた顔でそう言ったのは、マオヤだった。

カダルは驚いた表情は見せたが、まだ口は開いていない。

だがだんだんと、苛立ちを募らせていってるのを肌で感じとったマオヤは、悟られないようにヴォルフから距離を取った。



「話の腰折って何言ってんだよ」



「いや、あの神父のあんちゃんと似てると思ったんだけどさ〜……やっぱ似てるよ。冷たい雰囲気のところとか、綺麗な顔とか」



「……何をおっしゃりたいのですか?」



 誰にもわかる、不機嫌そのものの低すぎる声音に、ヴォルフはとうとう気づかず、取り返しのつかない爆弾を落とす。



「つまり、どっちも男受けするタイプだなって!ちょっと思っただけだ!!あ、あとまぁ君も!」



 ピシリ、と何かがひび割れした音を聞いた気がした。

話を遮るだけならいざ知らず、空気を読まない言葉の数々に、カダルとマオヤは互いに武器を構える。

いきなりの臨戦体制に、ヴォルフはさすがに逃げ腰になった。



「えっ、ちょ……さっき神父のあんちゃんに言われたばっかじゃん!これ以上ボロボロにすんなって!!」



「あぁ。だからお前が攻撃を避けずに、俺たちの攻撃を全て受ければ、なんの問題もないわけだ。そうだろう?」



「ご心配なく。この教会には傷一つ付けません、えぇ付けませんとも!減らず口の駄犬には、しかるべき仕置きをしなければ……!!」



「お前らのこと褒めただけじゃん!」



「「どこが!!!」」



 この狭い部屋でも充分動けるように、カダルはいつもの弓より、遥かに小さい小弓を構えた。

マオヤは、ノコギリのような刃をしている短剣を両手に構え、ヴォルフ一点に狙いを定める。


 最悪最凶の二人に狙われ、さすがに命の危機を感じた。

ジリジリと迫る、マオヤとカダル。

青ざめながらも、壁際に逃げるヴォルフ。

……月も無い、星も見えない暗い夜のこと。

その後ヴォルフの身に何があったのか、真っ暗な闇夜だけが知っていた。


 ――――――次の日の早朝。

レネットに泊まった、ディーヴァとエミリエンヌは、なぜか一緒のベットで眠っていた。

ディーヴァ特製の美味しい食事を食べすぎたせいで、お腹がパンパンになったエミリエンヌは、うっかり寝こけてしまったのだ。


 ディーヴァにベットに運ばれ、ついでにと言わんばかりに添い寝して、朝までグッスリ眠る。

夢も見ないほど深く眠れたのは、本当に久しぶりのことで。

エミリエンヌは目をこすりながら、実に爽快な気分で目が覚めた。



「ディーヴァ……?」



「おはよう。気持ちがいい朝ねー!」



 腕を上げて伸びをして、ベットから起き上がる。

それに伴い、エミリエンヌもベットから起きて、大きなアクビをした。



「朝ごはん作るわね。その間に、顔を洗って身支度を整えてきなさいな」



「わかった。……それはいいのだけど、早く服を着てくれない?目のやり場に困るわ」



「あら、失礼」



 寝間着の代わりにと、ドレスの下に着ていた下着で、昨日は眠りについた。

下着といっても、肌の透ける黒のベビードールだ。

胸の谷間とお尻の持ち上がり方が、かなりエロイ。

この場に男たちがいたら、まず見られない格好だった。



「朝ごはん食べた後で、作戦会議をしましょう。確か明後日に、オークションがあるのよね?」



「そうよ。私が欲しい物が出るオークションは、ランコントル美術館で開催されるの。近隣の国の中でも随一、最も美しく由緒正しい、歴史ある美術館なの!」



 珍しく熱く語るエミリエンヌに、ニヤニヤしながら話を聞いていた。

ディーヴァの意地悪な笑みに気づき、恥ずかしそうに咳払いする。

クスクスと笑い声をこぼしながら、新しく用意していた服に着替えた。


 今回の普段着は、ストライプ柄の黒のシャツワンピースで、栗色のベルトを締めて腰の細さを強調する。

プルオーバータイプなので、下に濃い青のレギンスを合わせ、黒のごつめのパンプスを履いた。

外に出かける時は、帽子を被ってもオシャレだし、ネックレスを身に付けても映えるだろう。


 しかも、あまり仰々しくないようにコーディネートを心がけたのだ。

あくまでカジュアルに、身軽に大げさじゃないように。

オークションまでは、なるべく構えない格好をしたかったのだ。

エミリエンヌに、親しみを持ってもらえるように、ディーヴァなりに気を使っていた。



「……最初、出会った時も思ったけど……あなたってすごく、オシャレなのねぇ」



「そうでもないわよ」



「サンセベリアの女たちは、芸術品をこよなく愛する性質なだけあって、服にも気を使っているのよ。……あなたの着ている服は、すごく素敵なものばかりだわ」



「ありがとう。エミーの服も、大きなリボンにレースにフリルに……女の子らしくて、とても可愛らしい」



「そうかしら、用意された服を着ているだけなのだけど」



「でも、似合ってる」



「……ありがとう」



 エミリエンヌに言われ、意識して改めて考えてみた。

周りには、『似合わない』や『不細工』なんて、言う奴はいなかったから。

まぁ、似合ってるのだろうと、気楽に考えていたのだ。


 たとえ、大人びた子供のエミリエンヌであろうとも。

こんなことで嘘は付かないだろう。

子供の正直な感想は、久しぶりにディーヴァに喜びと照れを与えた。



「で、オークションは明後日の夜に行われるなよね?」



「もちろんよ!しかも、身分ある者たちが集まるから、みんな目元だけを隠す仮面を装着しなければならないの」



「……つまり、おおやけには出来ない物も、出品されるというわけね?」



「そういうことよ。だから私も、身元がバレる訳にはいかないの」



「確かに、十歳の女の子がヤバめなオークションに参加なんて……ちょっとねぇ」



「そこは問題じゃないわ。もしかしたら、お父様も参加されるかもしれないのよ!」



 ディーヴァは、首から下げようとしていた細めのチェーンのネックレスを、思わず床に落としてしまう。

次いでそれを拾い上げると、頭痛がするようにこめかみを押さえ、うめき声を上げた。



「……理由を聞いても?」



「言わなかったことは、申し訳ないと思っているわ。お父様は、シュバルツ・ベルナーの絵にひどくご執心らしくて。お父様直属の部下に聞いた話だから、間違いないわ」



「よく教えてくれたわね」



「金を掴ませたら、簡単に話してくれたわよ」



「その歳でそんな方法をっ……!間違ってないけれど、間違ってる!!」



「シュバルツの絵が、たとえ下書きであろうとも必ず手に入れているらしいの。……ただし、王宮で所有されている絵だけは手が出せないらしいんだけど」



 当然だ。

一介の貴族ごときが、未だ権勢を誇る王族所有の絵画に、手を出せるはずがない。

よほど側まで近づくか、盗み出すかしなければ、手に入れることなど出来はしない。

……それにしても、なぜエミリエンヌの父親はそれほどまでに、シュバルツの絵に入れ込んでいるのだろうか?


 絵の中の女神に、一目惚れでもしたとでもいうのだろうか?



「まぁ、なんにせよ。父親だろうと王族だろうと……譲るつもりはないのでしょう?」



「当たり前よ!」



「なら、まずは朝ごはんを食べて備えましょう!パンとスコーンと、どっちがいい?」



「パン!」



「カリカリに焼いたベーコンと、半熟の目玉焼き。それにパンに塗るバターにジャムと、後はサラダがあれば完璧!……我ながら、手早く用意出来たわ」



「美味しそう……」



 ディーヴァは会話をしながらも、二人分の食事を用意していた。

素朴な木のテーブルの上に並べられた、出来立ての朝食を前に、エミリエンヌの視線は釘付けになる。


 椅子に促し、揃って座ったところで手を合わせ、食事を始めた。



「「いただきます」」



 温かい食事、人との楽しい会話。

どれもこれもエミリエンヌにとっては、初めてのことでとても新鮮だった。

嬉しくて、楽しくて。

ずっと、この時が続けばいいとも思ってしまう。


 だけど、出会った時にも言っていたように、ディーヴァは旅人なのだ。

ずっとここにはいない、いつかは自分の目の前からいなくなる人。

……でも、夢見てしまう。


“こんな人が、家族でいてくれたら”――――と。



「ん?どうかした?」



「ううん。この紅茶、すごく美味しい」



「ちょっといい茶葉を使っちゃった〜。さすがに、香りが良いわね」



「香りもだけど、味もすごく美味しいの。……きっと、どれだけ安物だろうとあなたと一緒に飲んだら、私は美味しく思ったわ」



「あら、ずいぶん嬉しいこと言ってくれるじゃない」



「少しだけ、素直になってみようと思っただけよ。深い理由なんてないわ」



「理由なんていらない」



 朝陽が射し込む部屋の中。

エミリエンヌの、目にかかった髪を直してやりながら、とろけるような微笑みを見せる。

その笑顔を、ポーッと見つめながら動けずにいた。

あまりにも、ディーヴァが綺麗で。

このまま、陽の光の中に溶けてしまうんじゃないかって。



「素直になってくれたことは、とても嬉しいから。ありがとう」












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