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 月が隠れてしまっている夜、男たちは闇の中で互いの底光りする眼を見た。

ほの暗さ、なんて生易しいものではない。

柔らかな肉体を引き裂き、血と臓物をぶちまけ、その上で可笑しそうに笑う化け物の眼だ。

これは、異常者の眼だ。


 精神安定剤という名のディーヴァがいないだけで、この男たちはすぐに闇に近づいていく。

心はくすぶり、荒み、何人たりとも近づけなくなる。


 それを自らが望んでいるのだから、誰にも救いようがなかった。



「……さっき、“私の主”と言っていたな」



「あぁ。……それがどうかしたか?」



「会って挨拶しておいた方がいいか?」



「先程も言ったが、もう夜も遅い。主への挨拶は遠慮してもらおう」



「では明日の朝、ご挨拶させていただきます。仮にも一晩、この教会でご厄介になるのですから」



 礼拝堂の奥に、別の部屋に通じる出入口がある。

神父はそこへ入っていくと、光が一筋も差し込まない細い通路を、規律よく歩いていく。

そこはまるで、地下に潜ったような暗さだった。


 暗闇などものともしない、全員の異常に発達した視力のおかげで、先程のどさくさに紛れて消えてしまったロウソクの灯りがなくとも、特に困ることなく通路を歩けるようだ。


 まだまだ終わりの見えない道筋の中で、そういえばまだ名乗りあっていなかったと、前を歩く神父に声をかけ、カダルは先んじて自己紹介した。



「申し遅れました、私はカダルと申します。先程は失礼いたしました」



「俺はマオヤだ」



「ヴォルフどぇ〜す!」



「私はマクシミリアンだ。よろしく」



 名を名乗る時も、一切表情筋を動かさない。

マクシミリアンの無表情というか、無愛想というべきか。

とにかく何も読みとれない、その表情と行動にマオヤは特に警戒心を働かせたままだった。


 ヴォルフなどは、カダルといい勝負が出来るなどと、ニヤニヤしながらそんなことを考えていたのがよくわかる。

その考えは、誰の目から見ても丸わかりだった。

なので、一番後ろを歩いていたヴォルフに向かって、前を向いたままカダルはスパイスの入った袋を投げた。



「ゲヘホォッ!!!??」



 見事命中。

しかし感が働いていたのか、例のふざけた顔が描かれている、厚手の布を被っていたのでなんとか直撃は免れた。

しかし、側にいたマオヤは結構な量のスパイスが襲う。



「おまっ、こんな通気性の悪い場所でスパイスを使うな!!」



「なんのこほれす?」



「ずるっ!自分だけ鼻と口を覆って回避とか!!」



「お前も顔を防御してるだろうがっ!!」



 急ぎ足で歩き、スパイスが舞っている区域を過ぎたら、マクシミリアンがいきなり足を止め後ろを振り返った。



「……こんなところで、あの毒物を使用するのは止めてくれないか」



「全てはこの歩く猥褻者わいせつしゃが悪いのです。存在そのものが悪です」



「俺のせい?!いやいやいや、だからってあれはない!場所が悪いし、そもそもちょっとにやついてただけでいきなり投げるか!?」



「やはりにやついていましたか」



「しまった!!」



 浅はかな馬鹿犬、救いようがないとカダルとヴォルフ以外の男たちが、深いため息をはいた。

そして、頭を抱えて唸るヴォルフにカダルは静かに近づく。



「あなた、本当にそれが地なのですか?それならば、私はあなたを心から毛嫌いします」



「それは元からだろ?!なんでそんなに俺のことを嫌うんだよ!」



「気に障ります。あなたのことが、心の底から気にくわない」



 カダルは真正面から、堂々と。

一ミリも顔を動かさず、その言葉をヴォルフに言い捨てた。

顔の布に『テヘッ』という、ふざけたものが描かれているせいで緊張感は感じられないが、それでも空気は凍りつく。

あまりにも理不尽過ぎて、ヴォルフは力の限り叫んだ。



「俺のどこがいけないんだよーーーーっっっ!!!!!」



 その声は、暗い通路に木霊し反響する。

建物は小さく揺れ、今にも崩れてしまいそうなほど大きな声だ。

すぐに気づいた男たちは、耳をふさぎヴォルフの声を遮断した。


 マクシミリアンも、なんとなく不穏な気配を察知し、真似して耳をふさぐ。

ヴォルフが叫び終わり、ぜぇはぁ息荒くして呼吸を整えようとするのに、何度目か数えるのもアホらしいマオヤのツッコミが入った。



「お前らはもう何もするな!!」



「俺悪くないよな!?」



「あなたが全て悪いのです」



「カダルのスパイスが毒物なら、お前の叫び声は兵器なんだよ!この教会で世話になると決めた以上、破壊に繋がる行為はやめろ!!」



 存外、意外と似合っているまとめ役の出現に、二人は大人しく口を閉ざす。

安堵の息を洩らしながら、ようやく今夜泊まる部屋にたどり着いたことを知った。



「すでに人が住むにはギリギリだ、これ以上ボロボロにはしないでくれ」



「善処する」



 小さな扉を開けた先には、薄汚れひび割れた灰色の壁に覆われた、狭い部屋だった。

しかし、ベットは二つ置いてありシーツも真っ白で、綺麗に整えられている。

かすかに陽の光の匂いもした。

今にも崩れそうな教会だったが、それでも人が雨風をしのぎ明かりを灯し、日々暮らしていける場所だったのだ。



「灯りはないが、君たちなら大丈夫だろう。では、私はこれで。明日の朝にまた」



「感謝します、おやすみなさい」



 マクシミリアンは部屋から出て行き、残された三人は無言で、奥に置かれたベットを見つめた。

マオヤはチラリと残りの二人を見たが、カダルだけは壁に寄りかかり目を伏せている。

何を考えているのか……もう一歩も動きそうになかったので、思っていたことを口に出した。



「ベットは二つ。……ということは、一人は床で寝ることになるわけだな」



「あぁ、私は眠りませんのでお二人でお使い下さい」



 やはりと思った。

カダルの目は閉じてはいたが、思い浮かべることや考えることが多すぎて、眠れやしないのだろう。

マオヤには、カダルの気持ちがよくわかったので、あえて何も言わず片方のベットに横になった。



「まぁ君寝るのかよ!え、カダルは本当に眠らねーの?」



「眠れませんので、あなた方がお使い下さい」



 そう言うも、一人だけ起きている奴がいるのに、平気で眠れるはずがない。

ヴォルフもなんだかソワソワして、なかなか横になろうとはしなかった。



「ベットをくっつけたら、三人で寝れんじゃね?」



「私は平気です」



「ディーヴァのことが心配で、夜も眠れねーってか?」



 マオヤがそう言うと、一層冷めた視線が突き刺すように向けられた。

カダルは、何も言わない。

言おうとしない。

だが、その態度が全てを物語っていて……仕方なしに起き上がった。



「そんなに心配しなくとも、あいつは俺たちより長い長い時間を生きてる。誰よりも経験を積んだ知恵者だ。だから、そんな簡単にどうこうなるような女じゃない」



「わかっています、それは充分過ぎるほど。……私が心配しているのは、そんなことではありません」



「他になんかあんのか?」



「……………」



 長い時間、膨大過ぎた人生を生きる女。

今生きている時も、長すぎる時間の中の一節でしかない。

止まってはくれず、先へと進む。


 ――――自分たちを置いて、遥かな先へ。



「置いて、行かれたくないのです」



「カダル……」



「前にも一度、ディーヴァに置いて行かれたことがありました。ですが私は、その時ばかりは逆らって……後を追いました。どんなに遠くに行っても、あの方を見つけだした」



 でなければ、きっと自分は狂っていただろう。

正気を失い、マトモな人生を歩んではいなかった。

そう言える自信があったことが、悲しくもあり……それ以上に、心から喜んでいる自分がいたのだ。



「あの方がいなければ、きっと私は気が狂う。マトモではいられなくなる、すぐに命を絶つかもしれない」



「それが、ディーヴァの望みでないとしてもか?」



 今度はマオヤが、カダルをまっすぐに見つめる番だった。

カダルを射ぬくように見て、諭すように問いつめる。

返してくる言葉は分かりきっていたのに、それでもマオヤは問うた。



「ディーヴァがいなければ、望みを叶える理由も無くなる。……意味などないのです」



「自分がいなくなっても、それでも生きていて欲しいとディーヴァが望んだら?そうしたら――――お前はどうする?」



 意地の悪い質問をしていると、マオヤも内心では思っていた。

しかし、カダルはとてもたちが悪い性質の持ち主だ。

ゆえに、せめてどうにか心の中のものを吐き出させなければ、いつかカダルは壊れてしまう。

自分では立ち上がれなくなるほど、弱りきって死んでしまう。

そんな気がして仕方がなかった。



「わかりません」



「ディーヴァが望んでいても、即答は出来ないか?」



「あの方はとてもワガママな方ですが……同時にとても優しい。だから私も、とてもワガママになれるのです」



 ディーヴァの願いは叶えたい。

だがそれが、自分が本当に嫌に思う願いなら……叶えたくない。

ディーヴァがとても好きで、愛おしくて……だからこそ、ずっと側にいて願いを叶えてきた。

どんな願いでもだ。


 逆に、ディーヴァも自分の願いを出来るだけ叶えてきてくれた。

大抵の願いは、どんなことでも。

だからもし、最悪の時がくれば――――……



「許しを、乞います」



「何の?」



「ディーヴァが、一人で遠くへ行きたいと望んでも、私も一緒に行きたいと願います。望みます、心から。そして許しを乞います。以前にやった時と同じように」



「あー……それって、カダルがリガストラムって大国に置いてきぼりにされた時の話?」



「そうです。私はあの時も、頭を下げてディーヴァに許しを乞いました」



 艶やかな黒髪が風になびき、キラキラと光って、やけに綺麗に見えたのをカダルは鮮明に覚えていた。

ディーヴァの顔は、影に隠れて見えなかったがどこか悲しげに、目を伏せていたように思われる。


 根なし草の自分と一緒にいるよりも、大国の庇護下で安寧に暮らせる方が、幸せだと思ったのだろう。

しかしカダルは、平穏無事な生活よりディーヴァを選んだ。







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