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53〜マクシミリアン




 薄暗い明かりの中で、うっすらと浮かび上がる男の姿。

緩やかに流れる黄金の髪。

そして、空を映したような海色の瞳の持ち主だ。

その調いすぎた繊細な美貌は、ガラス細工のように儚い。


 十字架の前に立つと、膝をついてロウソクの灯りを横に置く。

おもむろに手を動かし、十字を切って神に祈りを捧げる。

何を祈っているのか……ただひたすらに、目を閉じて祈り続ける男は、静かに涙を流した。



「(すっげー綺麗な男だな!あれで人間か?……なんか、綺麗過ぎてゾッとする)」



 ロウソクの灯りで、姿が淡く照らされ今にも消え入りそうな男に、ヴォルフは正直な感想を述べた。

綺麗過ぎる、とはつまり『恐ろしさ』を感じてしまったのだ。

美し過ぎる者は時として、恐怖の対象になる。


 自分が、己が、相手に魅いられてしまうからだ。

自分を見失ってしまうからだ。

それを男たちは、よくわかっていた。

すでに美し過ぎる者に魅了され、我を忘れてしまっているのだから。



「(……あの男、ただの人間じゃない。つーか、こんな廃墟同然の建物にいる時点で、普通の人間と考える方がおかしいだろう!)」



「(人間じゃないならなんなんだ?俺らみたく人外?……あ、カダルは違うんだったか?)」



「(……神父の格好をしておりますが、この今にも崩れそうで、寄りつきたくないと思わせる教会の管理者なのでしょうか?)」



 ヴォルフに視線を全く向けず、体の向きまで変えてカダルは完全に無視した。

マオヤも半ば呆れ気味である。



「(俺の存在無視?!カダル、お前って本当に何気なく毒吐くよな!俺のことじゃないとしても、なんだかちょっぴり心が痛むぞ!?)」



 胸元を押さえながら、苦々しい表情を見せるヴォルフは小声で話すも、言い方はすごく荒々しい。

それに対するカダルは、眉一つ動かさず聞こえるかも怪しいギリギリの声量で、言い返した。



「(事実をねじ曲げて言葉にする方が、よほど酷いことだと思いますが?)」



「(またそんな正論を言って俺を苛める)」



「(お前ら、そんなどうでもいい話で自分の首を絞めたいのか?!いい加減にしねぇと、あいつに見つかっ……)」



「まだ見つかっていないと、本気で思っているのか?馬鹿なのか、君たちは……」



 全員が顔を見合わせ、礼拝堂にいた男から視線を逸らしたことで、起こった悲劇だった。

揃いも揃って手練れ使いで、気配も敏感に感じとれるというのに……。

三人が三人共の、気配を間近で感じてしまっていた為、近づいてくる男の気配に、全く気付けなかったという事実。


 ディーヴァに知られれば、高笑いされるか、呆れられるかのどちらかだろう。

今だけは別行動で良かったと、心の底から安堵した。



「不法侵入者は……排除、しようか?」



「「こっちに聞くな!!!」」



「排除はしない方向で、お願い致します」



「なんでお前は、そんなに冷静にお願いしてるんだよ……!!」



「他にどうしろと?」



「戦略的撤退、とか?」



「馬鹿が無理やり、難しい言葉を使おうとするな!」



「まぁ君ひっど!」



 一方的に、ギャアギャア騒ぐヴォルフを無視して、カダルとマオヤは未だ警戒を解かない神父を前に、二人で話し合いを続けた。

なんとも肝が座っている。



「神に仕える方なのでしょうから、暴力的な行為は避けると勝手に判断します」



「お前がそう思ってるだけだろう!本当に勝手だなっ」



「こんな人も住めないような教会であろうとも、私たちは不法侵入したわけですから、非はこちらにあります。誠意を尽くしてお願いする方が、よほど健全だと思いますが?」



「いちいちもっとも正論だが『排除します』なんて聞いてくる奴が、暴力行為に及ばないなんてわからねぇだろうが!!」



 収拾がつかず、三人が神父を置いて輪になり、言い合いを始めてしまった。

どんどん声は大きくなり、騒がしさは増して耳障りになってきた時。

神父が静かに動いた。



「うるさい奴らだ……私の主が起きるだろう!!」



 両手を教会の天井にかざし、そこでピタリと止まる。

するとだんだんと、光の粒子が集まりだし手のひらの上で玉になった。


 それが一気に収縮したかと思えば、光の玉から細い杭のような、鋭い凶器の形をした物がゆっくりと出てきた。

無数に作られたそれらは、一斉に放たれる。

不法侵入者たる男たちに向かって。



「えっ、えっ!?嘘だろーーーっっ!!?」



 カカカッ、と勢いよく教会の中にある木製の長椅子や、石の床に刺さり丸い穴をたくさん開ける。

襲いかかる凶器を上手く避けるものの、逃げ場が失われつつあるのが痛手だ。


 なんとかしようにも、打開策を思いつく場所も無ければ、ゆとりも確実に消えていってる。

三人に久方ぶりに訪れた、ちょっぴり危ない『危機』であった。



「この分だと俺たちも、穴あきチーズみたくなるぞっ?!」



「ならどうする!?」



「私に策があります」



 控えめに片手を上げながら、この危機的状況の中でも真顔で淡々と告げるカダルは、やはり度胸がある。


 神父に策を悟られないようにする為、唇をゆっくりと動かし、離れた場所にいるマオヤとヴォルフに、話したい内容がちゃんと伝わるように配慮した。


 そして――――



「なんかここ最近、まぁ君と一緒に共同戦線張ってばっかだな。運命ってやつ?」



「気色の悪いこと言うな!!なんならお前だけ、穴だらけになって死んでもいいんだぜ?」



「ごめんって!なら、いくぜ!?」



「ずれるなよ?」



 息を合わせて、相手の隙を見計らい逃げ場にしていた壁際から飛び出す。

神父を真正面から見据え、二人は揃って口を開いた。



『『――――――――ッッ!!!!』』



 波動が伝わる、声にならない『音』。

マオヤは超音波による高周波を、ヴォルフは一定の音程の遠吠えを出す。

どちらか一つでも、こんなボロボロの教会なんて簡単に破壊出来るほど、かなりの威力を発揮するものだった。

それを、二つ同時に放ったのだ。


 神父がぶっ飛ぶどころか、十字架が掲げられている礼拝堂に、大穴が開いても不思議じゃない。

……だがそれを、神父が結界を張ってなんとか教会が倒壊しないように守っている。

そのおかげで、穴が開くこともなく無事だ。

しかし二人の息が終わるのが早いか、神父の結界が壊れるのが早いか、どちらかと思っていれば―――――カダルが動いた。



「失礼します」



「っ?!」



 幸い、神父の後ろに結界は張られていなかった。

そこを突いて、カダルが後ろに回り込み“あるもの”を顔に投げつけた。

それは見事、神父の顔に命中する。


 カダルが投げつけた物とは、先だって大量にストックを用意した、特別に調合したスパイスを詰めた袋だった。

お茶として飲んだ奴らは、悶絶し四苦八苦した、あの恐怖のスパイスだ。

神父の周りで粉が宙を舞い始め、苦しそうに咳き込む。

そこを逃すまいと、カダルは手際よく神父を拘束した。


 やっと動きが取れると悟った二人は、ゆっくりと口を閉じる。

そして急いで駆けつけると、スパイスまみれになった神父を見つけ、少なからず哀れに思い、同情した。

この刺激の苦しみは、味わったことがあるものしかわからないものだ。


 舌に広がる痛み、異常な発汗、遠のく意識。

あれは、毒と言っても差し支えないものだと、マオヤとヴォルフはしみじみ思ったものだった。



「えげつない」



「全くだ!確かにこっちも危なかったが、何もここまでする必要はねぇだろう!!」



「好戦的だったのは、むしろあなた方ではありませんか」



「そうだが、俺はこのスパイスの味を死ぬほど味わった者の一人として、これはやり過ぎだと判断する!」



「俺もそう思いまーす!!このスパイスはないって。ほら、神父さん!飲めるかどうかわかんねぇけど、そこにあった水!飲めよ」



 ヴォルフが供えていた水を持ってきて、神父の体を支えてやりながら飲ませてやる。

喉を鳴らしながら勢いよく飲み干し、それでも吸い込んだ箇所の痛みは取れないのか、ふいに神父は顔に手をかざした。



「?……何を、」



 柔らかな光が、神父の顔を照らす。

そして、大きな光に包まれたかと思えば……次の瞬間。

涙まで流していた神父の顔は、元通りの綺麗な顔立ちに戻っていた。

神父は、回復魔法を使えたのだ。

先程の攻撃魔法といい、結界といい。

並の使い手ではない。


 そんな奴が、こんな辺鄙な場所で居を構えていたことにも、驚きを隠せないが。

これほどの使い手が、マオヤが所属するクレオシオンの噂にも上がらないことにも、不思議に思った。



「……どうやら、君たちはドロエ家の回し者ではないらしいな。奴らなら、こんなに強くはない」



「お誉め頂き光栄だな。お察しの通り、俺たちは敵じゃない、旅の者だ。市内に向かおうとしたんだが、道に迷って一夜の宿をこの教会に求めようとやってきた」



「私が言うのもなんだが、よくこの教会に泊まろうという気になったな」



「もう夜も遅いからな、動き回るのはあまり賢い選択じゃない」



「確かに。この国は昔と比べれば、治安は良くなった方だと言えるのだろうが……それでも、完璧な訳じゃない。君たちのように、見かけが整っている旅人は、格好のカモだ。腕に自信があろうとも、厄介事は避けるに限る」



 先程までの戦いが、まるでなかったかのように、神父は饒舌に言葉を話す。

表情は真顔のままで、親しみなど一片も感じられないが……それでも、敵意むき出しのままよりはずっといい。


 三人を哀れな迷い子と判断した上で、一夜の宿を提供するとまで言ってくれた。

さすがは神に仕える神父様と、ヴォルフがおちゃらけながら彼をおだてた。

すると、神父は静かに首を横に振る。

『私は神になど仕えていない』と、そう言った。



「この格好は、敵の目を欺く為の変装なんだよ。私が仕えているのは、後にも先にもただ一人。……それに私は、神など信じていない」



「無神論者ですか」



「大抵の者は、そうじゃないか?信じる心は大事だが、強制では意味がない。私は、私が信じたいものだけを信じる。今までも、これからもだ」



「それは俺も賛成だな。どうやら、俺たちは酷く似た者同士らしい」



「確かに。俺たちは互いに自分勝手で、好き勝手に生きてる『ロクデナシ』だもんな」



「ですが私たちに、目的や信念が存在するから、まだ『マトモ』そうに行動出来る」



「だが一つ裏を返せば、簡単に覆せるほど脆いものだ。……実に馬鹿馬鹿しく、滑稽な話だな」













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