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 シュバルツの宝、とても響きの良い言葉だ。

知り合いの財産だとしても『宝』という単語に期待してしまうのは、欲を持つ者なら当然のことだと言えた。


 ロマン漂うシュバルツの宝。

手に入れるかどうかは別として、これは是が非でも見てみたい。



「その下書きに、詳しく宝のことが書いてあるの?それとも謎かけとか……」



「そこまでは知らないわ、下書きに書いてあるとしか……」



「それは、誰に聞いたの?」



「言えないわ!」



 俯き気味だったエミリエンヌは、急に顔を上げディーヴァをキツく見据えた。

手の平に顔を置き、優雅にくつろいでいた空気が一瞬にして払拭されてしまう。


 ディーヴァはぱちくりと目を瞬かせていたが、すぐに口の端を黙って上げる。

エミリエンヌは、極限まで高められていく圧力に涙を溢しそうになった。



「うっ……あ……っ!!」



「言えないの?そう……それは残念ね」



伏せられた瞳は、ようやくエミリエンヌの姿を映さない。

これでやっと呼吸が出来る。

そう思ったのも束の間、なんとテーブルを乗り越えて肌と肌が触れるすぐ近くまでディーヴァがエミリエンヌに迫っていた。


 澄みきった空色の瞳が、細められ力が増し氷の瞳に変化した。

間近で見つめられる冷たい瞳に、心臓が早鐘を打つのがわかる。

背筋が氷る。

落ち着け、息をしろと頭で命令しても心がそれをわかってくれない。


 人差し指で顎をすくいとられ、強制的にディーヴァをずっと見ることになってしまっている現状に、早く時よ過ぎろと願うばかりだった。



「あなたはとても可愛らしいから、これ以上は聞かないでおいてあげる」



「あ、ありがとう……っ?」



「その代わり、あたしがあなたのお願いを叶える代わりに、あたしも一つあなたにお願いがあるの。……聞いてもらえるかしら?」



「……条件じゃなく?」



「あなたのような子供に条件だなんて、そんな大人げないことを言うつもりはないわ」



 この状況は充分大人げない!

目の前にいるディーヴァに叫んでしまいたかったが、それは出来なかった。

さらに細められる瞳が、高圧的な態度が、美しいこの女が、エミリエンヌに何も出来なくさせていた。



「宝がどんなものであれ、あたしはこの目で見てみたい。だから、絵が手に入ってどこにあるのかわかったら……あたしも一緒に見に行きたい。いかが?」



「いかがも、何も……てっきり宝が欲しいって言うんじゃないかと思ったわ」



「持ち出せない物とかなら、欲しがっても無意味でしょう?」



「持ち出せる物なら盗る気っ!?」



「それは物次第。どうする?ここまで事情を話しておいて、やっぱりお願いを反故にするなんて言ったら面倒じゃない?あなたのお父様に話を持っていかれたら、困るのはあなただけよ」



「脅迫するつもり……っ?!」



「まさか。あなたはただ、宝の在処まであたしが同伴することを許可してくれればいい。簡単でしょう?何も難しいことなんてないわ」



 するりと撫でる、ディーヴァの手は手袋に覆われていて体温を直接感じることはない。

だが、背中にゾクリと冷たい何かが走ったのをエミリエンヌは確かに感じとった。


 自分は、とんでもない人物に『お願い事』をしてしまったのだと思い知る。

しかもすでに、逃げられない。

逃げてはいけない、逃がしてはもらえないところにいる。



「ねぇ、エミー。あたしのささやかなお願い、叶えてもらえるかしら?」



 拒否は認めない。

彼女の瞳は、そう物語っていて……エミリエンヌは、黙って頷くしかなかった。



「ありがとう、嬉しいわ。あなたはやっぱり、素直で愛らしいお嬢さんなのね!」



 硬直してしまっているエミリエンヌに、ディーヴァは頬にキスを贈る。

いきなりなことだったのと、先ほどとはまた違う無邪気とも取れる笑顔に、違う意味で胸の高鳴りを覚えたからだ。


 同性とはわかっていても、ドキドキする。

こんなに綺麗な人を見たのは、生まれて初めてなのだ。

この国は美女が多いことで有名で、エミリエンヌの母や姉たちだけでなく街中が美女ばかり。

だから美女は見慣れていると思っていた、ディーヴァを見るまでは。



「……そういえば、あなたの名前をまだ聞いていなかったわね」



「名乗り遅れてごめんなさい。あたしはディーヴァよ、よろしくねエミー」



 テーブルの上に腰かけたまま手を差し出してくるディーヴァは、とてもとても綺麗で、眩くて。

最初に緊張していた時に見えていた彼女とは、全く違っていて。

別の意味で、手が震える。

汗をかく。喉が渇く。

なんとか腕を持ち上げ、差し出された手を握り固い握手を交わすことが出来た。


 ここまででおそらく、エミリエンヌは何度も目眩を起こし極度の緊張と戦っていたことだろう。

わずか十歳の子供ながら、あっぱれな度胸。

そんなエミリエンヌの大きな戦いを知らぬフリをして、ディーヴァは優美に微笑み続けた。


 ――――――二人は店を出て、なぜかスイーツ専門店の扉をくぐっていた。

ディーヴァが楽しみにしていた、色とりどりのエクレアも置いてある店だ。

他にも感性を刺激される、ユニークかつ美味しそうなスイーツが店内に配置され、ディーヴァの心は浮き足立つ。



「こんなところに案内してくれるなんて、一体どうしたの?」



「勘違いしないで。案内した訳じゃない」



「ならどうして?」



「あなたが勝手についてきたんでしょう!?」



「そうだったかしら?」



 細かい作りの飾られた綺麗な箱を持ちながら、店内をいろいろと物色した。

すると、顔立ちの整った男の店員たちが、我先にとディーヴァに菓子を進めてくる。

その際にさりげなく指をすくいとるなどして、やけにスキンシップ率が高くなっていった。



「……男を侍らせて楽しそうにしているだなんて、まるで悪女ね」



 お菓子を見ながら、不機嫌そうな顔を隠そうともせずエミリエンヌは悪態をついた。

まるで先ほどまでのことがなかったかのような強気な発言と態度に、ディーヴァは軽く笑う。



「楽しそうに見える?」



「とても」



 美女が美男を侍らせている図は、なるほど悪女と言えないこともない。

ディーヴァは片手で男たちを制止させ、エミリエンヌの近くまで歩み寄る。

やけに高く鳴り響くヒールの音が、恐怖をジリジリと思い出させた。



「なら、あなたの目は節穴ね。あたしは今、とても鬱陶しいと思っているのだもの。せっかくのエミーとのデートを邪魔されているのよ?不愉快だわ」



 ディーヴァと自分がデート……デート!!?

デートとは、恋愛関係にある、もしくは恋愛関係に進みつつある二人が、連れだって外出し、一定の時間行動を共にすることだ。


 ……深く考えてはいけないとはわかっている。

理解している。

エミリエンヌは、短い時間ながらもディーヴァという女のことを、少なからずわかったつもりだ。

平然とした顔で笑いながら、平気で嘘をつく。

信じられるものは何一つない。



「大嘘つき」



 だから、利用し尽くしたらさっさと別れるのが最善の策だ。

別に付き合っている訳ではないが、今は一緒にいるのだから一定の距離を保つこと。

これしかない。



「あたし、あなたみたいな子は本当に好きなのよ?たまらなく愛しい、そんな想いが込み上がってくるの」



「気持ち悪いこと言わないでよ!」



「ひどーい!あたしの気持ちを信じてくれないのー?」



「信じられない」



「即答なのね、本当のことなのに……」



 ディーヴァがそう言うのも、仕方ないことだった。

最初からこんなにも敵意をむき出しにして、好意を垣間見えさせずハッキリ言ってエミリエンヌはディーヴァを嫌っている。

理由はわからないが、好かれていないことはわかりきっていたので、ディーヴァはそこをひどく気に入ったのだ。

ディーヴァのことを好きじゃない生き物はいない。

知り合いならば皆、そう断言する。

それがディーヴァは嫌だった。


 好きな人がいれば嫌いな人だっている。

それが好き嫌いであり個性だ、誰にも否定出来るものではない。

その個性のある人間と、久しぶりに出会えた上に交流が出来ているこの事実。

ディーヴァは感激と喜びで、全身がうち震えているのを感じた。

次いで愛しさがふつふつと募る。


 こんなにも可愛い子、愛らしい子が自分を好いておらず嫌っている。

決してディーヴァは被虐性に富んだ性格の持ち主ではないが、この新鮮な感情は長生きしている者だけが知り得る喜びなのだ。

純粋に、嬉しい。

そして、楽しい。

久しぶりに会えた珍しい反応を見せるエミリエンヌに、ディーヴァは最大の興味を得た。



「あなたはまだ十年しか生きていないから、嫌われて嬉しいと感じる人の気持ちはわからないでしょうね」



「きっと一生わからないと思うわ……」



「それでいいのよ、そういう人もいるのだということは知っておいてほしいだけ。なんてワガママな女と思われるかもしれないけれど、あたしは多くの人々に好かれ過ぎている。嫌われた経験なんて数える程度なの」



「望んで嫌われたいと思う人なんていないわ!もしそう思う人がいるのなら、おかしいわ、異常よ!!」



「そう、あたしは『異常』なの。好かれ過ぎたいとは思わない、あなたみたいな子に嫌われていることがとても嬉しい。おかしいのよ……だから、」



 “あたしを、嫌い続けてね”

囁かれた言葉に、エミリエンヌは目眩を起こす。

マトモな女ではないと思っていた。

どこか変だ、おかしいと。

……エミリエンヌは、とんでもない女と関わってしまったとようやく後悔した。

目を惹いたという理由だけで声をかけ、願いを申し出て無事に了承を得られたと思えば、こんなにも歪んだ人格の持ち主だったとは!!


 今目眩を起こさずして、いつ起こせというのか。

店員が気づいてエミリエンヌが駆け寄ろうとするが、ディーヴァが片手で止める。

すると、何の躊躇もせずエミリエンヌを抱き上げ店の外に出た。



「ちょっ!?」



「目眩を起こした子が、いつまでも空気の悪い建物の中にいたらいけないわよ」



「あそこは、他国でも有名な菓子店なのよ?!二度と行けなくなったらどうしてくれるの!!」



「具合が悪い女の子より、自分の店の商品を優先させる店なら潰れた方がいいわ」











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