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「さぁて!しばらく一人の時間を満喫するとしますか〜!ここまで送ってくれてありがとう、これは少ないけどお礼」
「こっ、こんなに……っ!」
「乗せてもらって助かったわ。じゃあね」
老人の手に金貨を三枚差し出し、笑顔で別れ国の入り口の道を歩き出した。
ほんのり冷たい風が吹く中で、なびく髪を押さえながら歩いていると……道に設置された多くの像が目に入る。
『太陽』・『犬』・『恋人たち』。
テーマは様々だが、完成度の高い作品ばかりが数百メートル置きに鎮座していた。
地面に落ちた黄色や橙色の葉が、風が吹いてカサカサと動く。
なんとも言えないもの悲しさが心を打ち、感慨深い思いでいっぱいになった。
「いいわね……やっぱりこういう場所は、一人で静かにゆっくりと見るべきだわ。断じて!ああいう騒がしい奴らと行動を共にするべきではない!」
グッと拳を握る。
賑やかな街なら、彼らといてとても楽しく過ごせるだろう。
しかし、何度も言うようだが今は一人でいたいのだ。
「どこか店を訪ねて、オークションはどこでやっているのか聞かないとね〜!」
「あの、もし」
やけに可愛らしい声が、ディーヴァの耳に届いた。
ここは、落葉樹と銅像や石像が立ち並ぶ長い道だ。
この先を進んで行けば、ようやく店が軒をつらねて並ぶ街中に着く。
したがって、まだ人に巡り会えるはずがない。
恐る恐る、声のした方を向いてみると……。
「あなた、余所の国の人?」
声は、ディーヴァの目線の遥かに下から聞こえた。
下を向いてみると……金髪巻き毛で青い瞳、そしてフリフリのピンクのドレスを着たまるでお人形のような美少女が、仁王立ちでふんぞり反って立っていた。
見たところ十歳くらいで、裕福の出であることは着ているドレスですぐにわかる。
それが、ディーヴァじゃあるまいし子供が供も付けずにこんな場所にいるのは危険だ。
辺りを見渡してみても、保護者らしき人影は見当たらない。
仕方なしに、その子供に話しかけた。
「……あなたどなた?親御さんはどこ?」
「私は一人でここに来たのよ!質問に答えてくれない?無礼は重々承知しているわ」
少女は腰に手を当て、鼻息荒く話しかけてくる。
物怖じしないというか、子供らしくないというか……とにかく。
大人びたとはまた違う子供の態度に、ディーヴァは冷静に対処した。
「あたしは旅をしている者よ、どこかの国の人間というわけではないわ」
「……旅?そんな格好をしているのに?」
「これは途中で着替えたから」
「とにかく!この国の人間じゃないのね?顔見知りは誰もいないのね!?」
「……知り合いはいないけれど」
ディーヴァがそう言うと、少女は外見に似つかわしくない顔をしてニヤリと笑った。
「あなたにお願いがあるの」
少女はそう言うと、ディーヴァの手を無理やり掴み引っ張った。
そのまま真っ直ぐ道を進んで行くと、街の入り口から入ってすぐの店の扉を開き中へと入る。
「いらっしゃいませ」
店に入ってすぐに、笑顔が爽やかなギャルソン姿の青年がディーヴァたちを出迎える。
そして先頭に立つ少女を見て、より一層笑みを深くした。
「これはこれは、ドロエ家のお嬢様。ようこそお越しくださいました」
落ち着きのある雰囲気の店内には、アンティークの家具が配置されており、飾られた花と薫り高い紅茶の香りがふわっと鼻腔に広がった。
専用の小オーケストラが、この空間で優雅な音楽を奏で店内にいる人々の耳を楽しませている。
紅茶とお菓子を目の前にして、楽しく談笑する人が多い中、マジメな顔をした少女は給仕の青年に声をかけた。
「奥の部屋を借りたいのだけれど」
「ただいまどなたも使用しておりませんので、どうぞお使いください。……お飲み物はいかがいたしましょう?」
「紅茶を用意してちょうだい、後はこちらでやるから」
「かしこまりました」
金の巻き毛が大きく揺れるほど早足で奥の部屋へと向かい、ディーヴァもそれに続く。
……すると、店内にいた男性客が連れがいるにも関わらず、甘いため息をこぼしかすかに頬を赤く染めて、ディーヴァに見惚れる者が多数いた。
それに気づいた少女は、感心しながらも呆れたような顔をして見ている側と見られている方を交互に見る。
さらに少女の視線に気づいたディーヴァが、ニッコリと微笑んでみせた。
その笑顔があまりお気に召さなかったらしく、少女は不機嫌そうに顔をしかめる。
「早く来て」
「……さっき、給仕の人があなたのことを『ドロエ家のお嬢様』って言っていたけれど……。ドロエ家って確か、男爵家の家柄でかなりの旧家よね?」
二百年前にも存在していた貴族の家だ。
当主やその一族と面識は無かったにしろ、ドロエという名は当時もそこそこ有名だった。
「私はその家の三女よ、名前はエミリエンヌ・ドロエ」
豪華な内装の貴賓室に到着し、花柄の布張りの椅子に腰かけると少女は自分の名を名乗った。
「可愛らしい名前ね」
ディーヴァが少女の名前を褒めると、照れくさいのを隠すように視線を反らした。
こういうところは、子供らしい態度でとても可愛らしい。
「……ありがとう。私のことはエミーと呼んで」
「あら、愛称で呼んでもいいの?」
「その代わり、外ではドロエの名前で呼ばないで。なるべく人目につきたくないの」
「なにか、秘密裏に進めたい計画があるのね?」
どうやらディーヴァを前にして、かなり気を張っていたらしい。
用意された紅茶を飲んで、ようやく心を落ち着かせホッと一息つく。
紅茶を元の位置に戻すと、ディーヴァをまっすぐと見つめた。
……あまりにも澄んだ瞳で、その上真剣な雰囲気を醸し出していたので、こんな子供が自分にどんなお願いがあるのかと、臆するどころか逆に興味を持った。
面白そうな予感がしたのだ。
「あなた、この国のオークションの詳しい仕組みは知ってる?」
「――――二百年前の仕組みだったら……」
「は?」
「全然知らないわ、どんな仕組みなの?」
さすがにこの見た目で、二百年前のことを持ち出すのは非常にマズイ。
うっかりにも程がある。
怪しいものを見る目つきになったエミリエンヌに、慌てて取り繕うように笑ってごまかした。
効果音まで付きそうな、眩しい笑顔の輝きっぷりだった。
「昔は上流階級の者たちしか、オークションを開催してはいけなかったの。参加してもいけなかった。だけど最近では、身元がちゃんと証明出来れば一般の人でも参加出来るようになって、ちまたでもそんなに高級な物は出品しないとはいえ、庶民の間でも定期的にオークションは開かれているわ」
「へー……規制が厳しかったはずだけれど」
「当代の国王陛下は、上流階級の者たちばかりが閉鎖的にオークションを楽しむべきではないとお考えになられて、制度をいろいろと変えられたの。おかげで偏っていた美術品の流通が手広くなったことで、この国はますます繁栄を極めているわ」
確かに、いろいろと変わったようだ。
以前なら、こんな高級な店が街の入口近くに存在するなどあり得ない話だった。
なぜなら、金や権力を持っている連中の多くは、みな中央区に集まって暮らしていたからだ。
国の外に向かうほど一般人、貧乏人と住み別れている。
まだ全てを見て回った訳ではないが、今はどうなっているのだろう。
あの思い出の教会は、一体どうなっているのだろうか。
「それで、あなたにお願いしたい事というのが……その、私と一緒に!オークションに参加してほしいの!!」
「オークションに、参加?」
今の着飾った格好のディーヴァを見てお願い事をしてきたということは、高額商品を取り引きするオークションに参加してほしいということになるのだろうか。
詳しく事情を聞いてみれば、なんということはない。
欲しい美術品があるのだが、オークションに父親も参加するらしく、その父親に参加することも購入したい物もバレたくないそうなのだ。
もとより年齢制限があり、参加出来るのは十八歳以上と決まっている。
その為には、エミリエンヌはあと八年も我慢しなければならない。
それでは遅いと彼女は言った。
「……購入者が規定に基づいた大人なら、連れに子供がいても大丈夫なの。当日私は変装するし、お金も私が払うからあなたは品を落札さえしてくれればいい。もちろん、あなたにお礼はするわ」
「ふぅん。……子供のあなたがそうまでして欲しがっているのに、父親は何もしてくれないのね」
「このことがお父様にバレたら、私は二度と外出すら許してもらえなくなってしまう……だけど!どうしても手に入れないといけないのっ」
「何が欲しいの?」
右手を頬に添え、脚を組む仕草はまるでシュバルツの有名作である『女神シリーズ』の絵画そのものだった。
口の端を上げ高飛車な態度で、蠱惑的に微笑むもののどこまでも美しいその顔と、神々しさは失わない。
光輝やいているようにも見えたディーヴァの姿に、エミリエンヌは目を奪われた。
ディーヴァに声をかけられるまで、ずっと惚けていたのだ。
「エミー?」
「っ……!私の、欲しい物は――――シュバルツ・ベルナーの描いた、女神シリーズの下書きの絵なの」
「下書き?……そんなものが欲しいの?」
「そんなものとは何よ!?」
「価値があると感じる物というのは、人それぞれだと思うわよ?シュバルツの絵なら、下書きでも相当の額になるだろうし……それでも。父親に隠れてオークションに参加してまで、手に入れたいお宝が下書きの絵というのは……」
「ただの下書きじゃないの!シュバルツ・ベルナーの宝が隠されている場所が書かれている絵なのよ!!…………あっ」
「――――――シュバルツの、宝?」
俄然面白くなってきたと、ディーヴァはいやに目を輝かせた。
エミリエンヌは、しまったと口を押さえるがもう遅い。
ズイッと体を前のめりにして、エミリエンヌに顔を極限まで近づけた。
ニヤニヤと、いやらしい笑みを見せながら。
「詳しく、話を聞かせてもらおうかしらね」