47〜子供たちへの報告
会いたい。
帰りたい、…………そう思うのに。
未だ願いは叶わない。
――――――フィトラッカ国を後にしてから、ちょうどよい折ということもあり子供たちに報告がてら、手に入れたお土産を渡しに行こうと決めたディーヴァは、ロアーの背の上で眠ることを三人に告げる。
飛んで移動中最中、いきなり寝る宣言に三人共が心配の声を上げた。
「あれだけ寝たのにまだ眠いなんて……やっぱり力を使い過ぎたんだって!」
「次の行き先までまだ距離はあるが……地上に降りた方がいいんじゃねぇか?」
「無理は禁物ですよ?」
「少し眠るだけだから。次の国に着くまでには目覚めるわ」
「……わかった、ゆっくり休め」
「ありがとう」
そう言うと横になり、静かに目を瞑る。
だんだんと外の音が遠くなり、光が遠のいていく。
心と心、精神と精神を繋いで―――――箱庭の空間へと己を飛ばす。
もう何度目になるかも覚えていないカラフルな芝生の上に、ディーヴァは降り立った。
「お待ちしておりましたわ」
ここは、五千年の時が過ぎても変わらない、不思議な空間。
四人の子供……ではなく。
世界の育成が成され、それに伴い大きく成長した四人の不思議な女性や青年たちがいる空間。
世界がこれだけ発展を遂げたのだ、子供が大人の姿に成長してもおかしくない。
全員が十代後半くらいの見た目にまで成長を遂げ、ディーヴァがどれだけ世界育成に貢献したのかが窺えた。
四人は相も変わらず、森の中で一つのテーブルを囲いお茶会に興じていた。
ディーヴァも用意された椅子に腰かけ、出されたお茶に口づける。
テーブルの上にディーヴァが持ち込んだ土産の数々が並んでいる中で、綺麗に包装してあったそれらを、四人は一つずつ開けて思い思いに身に付けたり食したりしていた。
「今回のお土産も、素敵ですわね」
「ふむ、……本はないのかのぅ?」
「この螺鈿細工はいいね〜!鏡だなんて気がきいているじゃないか!!」
「……フルーツ、ジュース……美味しい、よ?」
「お気に召したようで、なによりだわ」
「うふふ、あなたも楽しまれたようね。旅先でのアバンチュールは、女の魅力をさらに高めるものですもの。素敵だわ」
ハートの紅い唇が、弧を描く。
クスクスと笑みを溢し、お土産のフルーツケーキを食べながらディーヴァをからかい、ご機嫌な様子を見せた。
魅力を高めるとは言うが、ハートの成長ぶりも中々のものである。
子供の時よりさらに艶やかに、豊かになった長い黒髪。
輝く瞳、しなやかな体、愛らしい魅惑の微笑み。
まさに淑女、威厳を讃える美しき女性。
今はまだ、大人になる一歩手前といったところだろうが……それでも輝く美貌は眩し過ぎるほどだ。
これでもまだ完全体ではないというのだから、その姿も見てみたい欲がディーヴァにはあった。
「そんなんじゃないわ。ただちょっと……ちょっとだけ、懐かしかっただけよ」
遥か昔、フィトラッカという国を造った男がいた。
黒い髪、碧の瞳を持つたくましい青年だった。
アレスと同じ、素晴らしい未来を作ってくれることを予感させた男だった。
「そういえば……お主はその国を造った男に求婚されたのであったな。だが、お主は自身の願いを捨てきれず……求婚を断り、記憶を消した」
「……そうよ、わざわざ説明をありがとう!」
益々、理知的な雰囲気に磨きをかけた帽子は、スーツの上に厚手のコートを羽織り、手袋まではめて紳士度が増したようだ。
被っている帽子のツバの間から覗く、呆れたような感情が含まれた視線を送られた。
「今度は記憶を消さなかったんだね!罪悪感からかい?」
「別に。消す必要が無かっただけ」
ウサギはいくらか伸びた髪をリボンで一つに結び、そのリボンには人参の髪飾りを付けていて……シッポのようになっているその髪がかすかに揺れる。
スラリとした脚を組み換えながら、胸元の毛皮のコートにお土産の螺鈿細工のブローチを付け、同じ螺鈿細工の手鏡で具合を確かめた。
「す、き……じゃ、なかった……の?」
「好きとか……そんなんじゃ、」
テーブルの上に顎を乗せたまま、長すぎるストローでネズミがフルーツジュースを飲みながらディーヴァを見つめる。
さらに長くなった髪を高く一つに結い上げ、チーズの髪飾りを付けているネズミはより一層ネズミのイメージらしくなったと、ディーヴァは思った。
……だが、眠気眼に見えるその状態でも視線の中には鋭さが宿っている。
他の者たちも、それは同様に。
相変わらず、油断のならない奴らだ、と。
ディーヴァは舌打ちしそうになった。
「好きとかじゃないわ」
「本当に?」
「誰に誓えるものでもないから、こればっかりは本当にと言うしかないわね」
「あら、別に誓わなくてもよろしいのですよ?わたくしたちは、あなたが誰を好きになろうと恋に落ちようと、構いませんもの」
「成すべきことを果たしてくれればそれで良い」
「どうせ君は死ねない」
「……殉じて後を追うことも、」
「共に老いることも許されない」
「わたくしたちの、理解ある協力者」
協力者とは名ばかりの、呈のいい奴隷。
働かされ、力を送り……貢ぎ物を差し出す。
死ぬ自由すら与えられず、人々と共に生きる権利すらない。
(所詮、私は異邦人。都合のいいように使われる、ただそれだけの存在)
虚しさは胸を通り抜けるばかりだが、それでも目的を達することはまだ叶う。
叶うと信じている。
だからこそ、ディーヴァはまだ絶望せずにいられるのだ。
残酷な事実も、哀しい出来事も、……報われない想いも、全部耐えていける。
望みが叶うと、信じていればこそ。
「あなたのおかげで、この通り大分元の姿へと戻ってきましたわ!あと一息、といったところでしょうけれど……」
「レベルが上がった途端に問題が起こり、また力が減るという悪循環になりつつあるぞ?」
「それはあたしも認識してる。何か、邪魔をしている存在がいるみたいなんだけど……」
「厄介な奴みたいだよ。私たちにこんなに影響を与えすぎることから考えると……相当長く生きていて、かなりの力の持ち主のようだ」
「……面倒事は、御免だよ。めんどくさい、煩わしいことも……御免だよ……」
「それはあたしも同意見。……早急に対処しないとね」
「期待しておりますわ!あなたなら……わたくしたちの期待以上の働きをしてくれる、そう信じております」
「それはどうも。――――戻るわ」
「ではな」
「またね」
「……おやすみ」
「ご機嫌よう!」
……四人の姿は遠くなり、視界はやがて真っ暗になる。
一筋の光を見つけ、その存在をより強く感じれば――――ディーヴァはまた、自らが育てた異世界へと戻ってきた。
背中にはロアーの鱗、目の前にはヴォルフの顔のどアップがあり……ディーヴァは何を思うよりも先に、無言のままヴォルフの顔をバシバシとひっぱたいてやった。
そして鳩尾に拳を一発。
そこまでしておいて、よくよく見てみると……ディーヴァにキスしようと顔を極限まで近づけていたヴォルフを、羽交い締めにしていたカダルの姿も見えた。
そしてその隣では、ヴォルフの顔をわし掴みにし、潰そうと目論むマオヤの姿も。
一体、自分が寝ている間に何をしているんだと半ば呆れる。
「……何をしているのよ」
「この馬鹿がっ、あんたが寝ているのを良いことに手を……もとい!唇を奪おうとしてたんだよ!!」
「それを私たちが、再三止めに入ったという訳です。何度同じことを繰り返したか……」
「……あんたも懲りないわねぇ、いい加減に諦めたら?」
「諦めたらっ、そこで終わりだ!!」
「……なんだろう、感動するセリフになるはずだったのに……全て台無しになった感が半端ない気がするのは、気のせいかしら……?」
「ヴォルフの野郎が口にする言葉は全部!信用するくらいなら死んだ方がマシだ!!」
「まぁ君ひっどーい!!」
「てめぇ……っ!!」
ようやくマオヤの魔の手を顔から外し、もう一方の手が迫るのも止めて、二人は膠着状態に陥ってしまった。
マオヤは、ヴォルフを大人しくさせようとさらに迫る。
ヴォルフはマオヤから逃れようと両手を封じようとした。
拮抗する力同士に決着をつけるのは、争いの原因である者の介入が不可欠であることは、誰の目から見ても明らかだ。
ディーヴァは二人の側ににじり寄ると、思いきり……容赦なく、頭をぶん殴った。
「ふんっ」
「痛ぇっ!」
「あだーーーっ!!」
いい音がした。
どこか、ヴォルフの方に力が込もっていた気がしないでもないが……どうせ誰にもわからない。
二人はロアーの鱗の上に沈む。
「ケンカするほど仲がいいってことなのかしらねぇ〜……男の子はヤンチャなくらいがちょうどいいって言うけれど、こうもケンカばかりでも困るわ」
「子供扱いは止めろ!」
「そうそう!こう見えても、育つところはかなり育ってんだから!!」
「へー……」
「あっ、信じてないな?なら姐さん、俺と子作りしよう!!」
「「「は?」」」
ディーヴァの肩を押さえながら押し倒し、顔を近づけてきたヴォルフ。
いきなり告げられた言葉に対し、思考がついていかず呆けていた。
すると……いち早く正気に戻ったカダルが、下に落ちることも恐れずにヴォルフの頭を真上から足蹴にする。
ヴォルフの頭が勢いよくめり込み、それを見てようやくディーヴァとマオヤも正気を取り戻した。
「……なんで子作り?」
「大人じゃないと、出来ないことっしょ!?」
「言うに事欠いてディーヴァ相手に子作り宣言するとは――――死にますか?」
「俺が許す!下に落とせっ」
「あ〜れ〜!お許しを〜!!」
「……やはりこの場で息の根を止めてやりましょう。この手で仕留めたことを確認出来なければ、安心して旅を続けられませんから」
「激しく同意だ。やろう」