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 アレスが初めて『欲』を出した。

それは強い願いであり、思いであり気持ちだ。

人が、何かを成し遂げたい、思いを遂げたいという強い欲をアレスが素直に表現した。

今まで抑圧していたものを、少しずつでも出せるようになったのだ。

それはとても、嬉しいことだ。

とてもとても、嬉しい。

本当に良かったと、心から喜べた。



「望みは、別のものに変換して。今のあなたの望みは、叶えられない」



「どうしてもか?」



「どうしても。あなたの個人的なワガママは、他の女で叶えてちょうだい。あたしはダメ」



 皮肉そうに笑うディーヴァは、すごく儚げで……とても、美しい。

海の中にキラキラと降り注ぐ光が、ちょうどディーヴァに当たりその存在を照らす。


 本当に美しかった。

この世でこれほどの女が目の前にいて、会話が出来ているというこの事実。

手を伸ばせば、触れられる距離にいる。

しかも、求婚までしてしまった。


 まるで夢を見ているようだと、にわかには信じられなくなってきたアレスは、寝そべっていたのを座りなおし、今度はジッとディーヴァを見つめた。



「……ねぇ、あたしが今すごく喜んでいるの、気づいている?」



 本当に嬉しそうに笑いながら、アレスに告げる。

心の内の喜びを、楽しげに話した。



「喜んで、いるのか?」



「えぇ、すごく。これまで何もかも諦めていたあなたが、こんな形だとしても自分の力で頑張っていることが……すごく、嬉しい」



「そっちか」



「なんだと思っていたの〜?ふふっ、あたしがあなたからの告白を、嬉しいと言うとでも思った?」



 笑みを浮かべる紅い唇が、やけに鮮明に映る。

毒々しさすら感じ取れ、思わず固まってしまう。

あまりにも無邪気に、アレスが傷つくどころか胸をえぐられるようなことを平然と言ってのけたからだ。

倒れたままのアレスは、下から覗きこむ形でディーヴァの顔をまじまじと見た。

信じられないものを見るかのように。



「……酷いことを、平気で言うんだな」



「忠告したはずよ、あたしを必要以上に好きになるなと。地獄を見ることになるって、言ったわよね?」



「言った……が、あまりにも心ないことを言う」



「あたしはあなたに異性として、何も感じない、何も想わない。……無駄に望みを与えるのは、酷い言葉を浴びせることより可哀想だと、あたしは思うから。そう、思うから」



 ――――だから、



「だから、『あたし』だけは選んではダメ。辛いのも苦しいのも悲しいのも、誰でもないあなた自身なんだから……あたしはダメなの」



「――――――なら、お前の心はどうなる?」



 意外なことに、アレスはとても冷静だった。

また泣き出す訳でも、怒る訳でもなく。

客観的なことを言うのでもなく、ディーヴァの気持ちはどうなのか。

アレスのことをどう想っているのか。

それが知りたかった。



「お前が本気で、心から愛した相手が出来たとして。そいつにも今と同じように、自分はダメだと告げるのか?無理なんだと、そう言うのか?」



「言うわ」



 揺るぎなく、ディーヴァは言った。

間を空けずに言い切り、強い意志がこもった瞳がアレスの心を射ぬく。


 あぁ……そうか。

こんな女だから、ディーヴァだから愛するんだ、この美しい女を男たちは愛するのだ。

それをディーヴァもわかっているから、誰にも応えない。

ましてや、たった三日しか過ごしていない男の求婚など……受けるはずがなかったのだ。

なんとなく理由がわかってしまって、アレスは元気なく笑った。



「誰であろうと、あたしは言うわよ。それが誰であれ、その人の幸せになるとあたしそう思うから。……だから、ね?アレス。幸せになってね。誰よりも家族思いで優しくて、男前なんだもの。きっといい国王になって、この国の民もあなたの家族もあなた自身も、幸せになれる。あたしはそう信じてる」



 信じている。

ディーヴァに言われただけで、心に温かなものが灯る心地だった。

もう、恐れるものは何もない。

それに、一度フラレたからといってそれで終わるわけではない。

生きている限り、これで終わりではないのだ。



「あぁ。お前が驚くほど、立派な国王になってやる」



「楽しみにしてるわ」



 ――――――――精神世界より目覚めた時には、すでに夜明けだった。

目覚めてすぐにカダルに言って、旅立つ準備を進める。



「あっという間ね」



「そうですね」



「姐さん、マオヤはどこ行ったんだ?」



「王族一家のところへ行ってるんでしょう。仮にもクレオシオンから派遣されて来たんだから、挨拶はきちんとしておかないとね」



 三人がいる場所は、例の庭園だった。

ここでマオヤと待ち合わせて、せっかくだからマオヤの次に向かう国まで送っていくことになったのだ。


 ロアーがいれば、国から国へひとっ飛びで行ける。

珍しく、ロアーに乗せてほしいとマオヤの方からお願いしてきたのだ。

可愛い息子の願いを聞き入れない母親など、この世にはいない。

結果、こうしてわざわざマオヤの用が済むまで待っていた。



「あっ!来たみたい……だ、ぜ?」



「?何よ、歯切れの悪い……っ!?」



「……どうかなさったのですか?」



 足音でマオヤが来たことがわかったヴォルフは、その音が聞こえる方へ振り向くと……不機嫌まっしぐらのマオヤが早足でやって来た。

そのすぐ後ろに、多数の人間がついて来ている。

会いたくなかった人たちだった。



「見送りは嫌だって言ったのに」



「仕方ねぇだろ、挨拶したら見送るって勝手についてきたんだ」



「まぁ君の裏切り者」



 じと目でマオヤを睨みつければ、クワッと口を開き不本意であることを伝える。



「俺だって好きで案内して来た訳じゃねぇ!!」



 庭園に現れたマオヤの背後に、王族全員が並んで立っていた。

先頭に立つアレスは、王族の正装を身に纏い佇んでいた。

後ろで控えている夫妻は、仲睦まじく満足そうに微笑んでいる。

フォルスはアルベルティーナの隣で、体を支えてやりながらジッとディーヴァたちを見ていた。



「戴冠式はいつ?」



「七日後に執り行う。それまでに、いろいろ引き継ぐ手筈だ」



「おめでとう」



「ありがとう。……それとだな、フォルスとアルベルティーナが話したいことがあるそうだ。聞いてやってくれるか?」



 おずおずとディーヴァたちの前に歩いてきて、顔を俯けたまま話しづらそうにしている二人。

気が長い方ではないディーヴァは、二人に話の催促をした。



「何かしら?」



「その、あなたはクレオシオンのファーレス殿の義母上なのだろう?」



「…………そうだけれど?」



 改めて言われると言葉に詰まる。

義理とはいえ、こんなに大きな子供の母親なのだ。

無垢な瞳で見つめられ、そう言われればどう返してよいものやら本気で悩んでしまった。



「で、では!きちんとご挨拶をしておきたい!!」



「なんの?」



「む、息子さんと交際を前提にお付き合いさせていただきたくっっっ!!」



「「はぁっ!!!??」」



 マオヤと一緒にディーヴァが思いきり叫ぶ。

一体なんのことだ、どうしてこうなったという視線を投げかければ、マオヤもわからないと無言で首を横に振るばかり。



「ひ、人前で、あんなことされて……責任も取らずに去ろうなんて!それではあんまりだろう!?」



「……まぁ君、何をしたの?あれだけあたしには手を出すなって口をすっぱくして言ったくせに……怒らないから言ってごらん?」



「ちげぇ!!俺が王族に!ましてや男に!!手を出すわけねぇだろうが!!!お前も何言ってるんだ!?」



 フォルスに向かって怒鳴るように叫ぶが、いかんせんまだ混乱の最中なのでどうしたらいいのかわからずにいた。



「出しただろう!!」



「出してねぇ!!!」



「手は出してなくとも口は出したじゃないか!!!」



 フォルスは真っ赤になって、そう言った。

両親は揃って口を手で覆い目を剥いてマオヤを見て、アレスはやはりそうだったかと手で目を覆い、アルベルティーナは意味をわかっておらず……男たちは笑いをこらえ、ディーヴァはただ、笑っていた。

実に爽やかで、輝くばかりの笑顔だ。



「まぁ君?」



「っ!……確かに、血は……もらった、が……」



「王族の肌を傷物にしておいて、このまま黙って去るつもりだったのか?!」



「お前は黙ってろ!!……違う、誤解だ!あれは敵を倒すために仕方なく……っ」



「仕方なしに俺にあんなことをしたのか!」



「はい、二人とも黙れ」



 頭を順番に叩いていく。

結構強めに叩いたので、二人とも頭を押さえて涙目だ。

そして同時にディーヴァを見れば、呆れたようにため息をついていた。



「……いつの間にそういう気になったの?」



 マオヤに聞こえないよう、コソッと耳打ちして聞いてみれば案外単純な理由だった。



「それが、だな。血を吸われて……やけにゾクゾクして、快感が体をかけ上っていって……そんな時に、あいつの顔を覗いたら……堕ちた」



 そんな理由で……だがフォルスらしいといえばらしかったので、笑いながらも納得する。

そして、初めてのことでまだいろいろと混乱しているフォルスの為にキッカケだけは作ってあげることにした。



「……恋愛は自由だから、あたしは特には反対はしないけれど協力もしない。まぁ君のことが欲しいなら、まずは手紙のやりとりでもしてみれば?まずはお互いのことを知らないとね」



「だが、どこに送れば」



「クレオシオンのファーレス宛に送れば、嫌でも届くでしょうよ。……マオヤ」



「なんだよ」



 不機嫌な顔をしたまま、こちらを見ようともしない。

ディーヴァは不機嫌なこともお構い無しに、それでもマオヤに話を続けた。



「仮にも王族からの手紙を、見てみぬフリ知らぬフリ、我関せずは出来ないわよねぇ?」



「くっ……!!」



「ねぇ、マオヤ?」



 責任を持てと、言ったのはマオヤ自身だ。

それを言われてしまえば、何も言えずに押し黙る。

仕方ない、仕方ないとぶつぶつ呟きながら嫌々了承した。

その顔は、心底嫌そうに歪められていた。












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