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――――――そう、優しい子だったのだ。

母親思いで、それこそ思いが行き過ぎて己自身を磨り減らしてしまった程に。

魔女でさえなければ、きっと今頃は普通に女の幸せを味わえていたかもしれない。

魔女でさえなければ――――……



「『さて、と。マーレの形見は私が持って帰るよ。……この国には、二度と足を踏み入れない』」



「(そうね、それがいいわ。よく弔ってあげて)」



「『ありがとう、ディーヴァ。――――じゃあね』」



マルガレーテは貝殻の首飾りと少量の灰を手に握り、それらと共にディーヴァの体から抜け落ちた。

二筋の光が、空を駆けて遠い翠玉の森へと帰ってゆく。

もう、母娘が離れることはない。

ずっと側にいると、誓ったのだから。


――――――マルガレーテを体に受け入れたことにより、一気に疲労感が増してふらついているとカダルが駆け寄ってくる。

軽く支えてもらいながら、深く深呼吸し意識と体調を整える。

ようやく焦点が定まってきたら、まっすぐ塔を見据え最上階を目指して歩き出した。

まだやるべきことが残っていたからだ。

塔を目指しながら、遠巻きにクラーケンはどうなったかと確認しようとすると……墨まみれになっていながらも、見事二匹とも仕留めた男たちを発見した。

いつの間にか着地していたロアーを背もたれにして、ぐったりしてうなだれている。

とどめを刺した時に一気に吐き出された大量の墨が、マオヤとヴォルフに降り注いだのだ。

疲れきって避けることも出来なかったのだろう。

ロアーにもかかったが、元々の鱗が黒いのでそう気にはならないが、それでも匂いが鼻につくようで。

先程から辺りに響くほどの声量で、変な鳴き声を上げていた。



「大丈夫ー?生きてるー?」



「生きてる……が!最悪だ……」



「も、マジでどこでもいいから早く洗い流してぇ!!」



ロアーなど、堪りかねて海に飛んで行きそこで洗い流すようだ。

飛び立った際に、ボタボタと墨が落ちてきてディーヴァが頭から被りそうになる。

なんとか避けられたが、こんなものが服に付いただけでもゾッとする。



「こっちも片がついたから!お風呂にでも入ってきたらー?後片付けはしておくからー!!」



「そうさせてもらう!!とにかくこの臭いを落とさねぇと、無事にじゃ済まされなくなる!」



「この臭い落ちんのか……?ぜってー落ちそうにねぇし!最悪だ!!」



共に支えあいながら、王宮内の一番近い風呂場を目指して足を進めた。

その間にも、クラーケンの墨が床の上にボタボタと落ちているのだが……化け物を退治したということで、許してもらうことにしよう。

今はとにかく、この墨と凶悪な臭いを落としたい。

ケンカばかりしていた二人だったが、今では心が深く通じあっていた。



「………………汚なくて、とても綺麗なものとは思えない」



「ディーヴァ?」



……泥のように濁った、黒い固まりを見てディーヴァは思う。

そこから生じる美しい花もあるというのに、花にはなれなかった女がいる。

その事実はやがて風化して、誰も知らなくなるだろう。

忘れてしまうだろう、だけど……



「――――忘れないわ……」



決して、忘れない。

哀れな娘。

今は安らかに、眠れ――――


……再び塔の最上階にたどり着くと、ちょうどアレスが目を覚ましたところだった。

ディーヴァが近づいて声をかければ、目をパチクリとさせている。

正直言って、結構可愛かった。



「はぁい!ご機嫌いかがー?」



「ディーヴァ……?なぜここに?」



まだ頭の中がハッキリしないようで、今いる場所がどこかもわからないようだ。

一番近かったディーヴァが側に寄ると、驚いたように目を見開き口を開いた。



「ようやく目覚めたの?おそよう、もう夜よ?」



「夜?!……まさか、祭りの最終日の夜か!?」



「あたーりー!んでもって、ここは王宮。アルベルティーナの部屋の中」



よくよく見ると確かに塔の中だと容易に知れた。

ここはとても思い出深い塔で……幼い頃は、よくフォルスと一緒に入り込んで遊んだことがある、懐かしい場所だ。

中に入っては探検だと言って、物置と化していた室内を荒らしては父に叱られた。


父に叱られた後は、弟と一緒に母に泣きついて慰めてもらった。

膝にすがりついた時に、優しい母の香りがして……それを嗅ぐと自然と落ち着きを取り戻した。

泣き終えた頃を見計らって、父がお菓子を持ってきて家族全員でそれを食べたのだ。

……今でも鮮明に思い出せる、懐かしい記憶。

あれはもう、遠い昔のことなのに……まるで昨日のことのようだ。



「もう全部、終わったのよ?あなたの家族もあなた自身を脅かす者はもういない…………もう、どこにもいないから」



「お前が、倒したのか?」



まるでRPGに出てくるモンスターを倒したような言い方に、ディーヴァはとても真面目な顔つきになってハッキリと告げた。



「そうよ、あたしが殺した」



「そう、か。なら、礼を言わないといけな――――」



「言われる筋合いはないわ。……それより、早く最愛の家族に声をかけてあげたら?あなたが寝込んで、ひどく心配していたんだから……安心させてあげるべきだわ」



「アレス……っ!!良かった、無事に目覚めてくれて……本当に、本当に……っ、」



――――――あぁ、何を悩んでいたのか。

この人を、こんなに泣かせたかった訳じゃないのに。

自分がいなくなった方がこの国の為、引いては家族の為だと思っていた。

それなのに、自分がいなくなったことでこんなに泣いている。

泣いてくれている。

悩む必要なんてなかった。

ただ、信じていれば良かったんだ。

この人たちを、家族を、信じていれば良かったんだ。

泣きじゃくる、歳を取った母親を抱きしめ返す。

ごめんなさい、ごめんなさいとか細く言ったアレスに、王妃はまた涙を流したのだった。



「アルベルティーナは、まだ目を覚まさないの?」



そこで、未だ深い眠りについたままのアルベルティーナに視線が向く。

この中で一番マーレの呪いの影響を受け続けていたので、起きないことも理解出来るのだが。

もうそろそろ、目覚めてもらわなければ困る。

ディーヴァはアルベルティーナの側へと寄った。



「っ……はい、未だ深い眠りについたままで……!このまま、目覚めぬのでしょうかっ?」



「慌てないで、今目覚めさせてあげるから」



お伽噺の定番は、いつも決まっている。

物語も終盤、そろそろ目覚めの時は来た。


こんこんと眠り続ける美しいお姫様に、王子様がキスをしました。

すると――――深い深い眠りから、お姫様が目を覚ましたのです。


――――まだボンヤリとしか目が見えないアルベルティーナは、姿も性別も違うのだが自分を目覚めさせてくれると約束したディーンが、目の前にいる人だと信じていた。

アルベルティーナは男であるディーンを捜そうとするだろうが、眠りから目覚めさせたのは女のディーヴァ。

後で捜す時に不便なことだろう。

何もかも、計算付くな気がしてならない。

前髪を軽く払ってやると、アルベルティーナはぎこちない笑顔で言葉を口にした。



「やく、そく……っ」



「そうだね、約束した。叶えたよ、……どうだい?」



「嬉し、嬉しい……やっと、現、実で、あなたに……会えた……っ」



夢の中では到底見られなかった、最高に可愛らしい笑顔でアルベルティーナはそう答えた。

髪を優しくすいてやりながら、ディーヴァは言う。



「とりあえず、今は元気になれ。元気になって、大人になって……そうして、家族と仲良く幸せに暮らすんだ。あと、素敵な男と出会って恋もすること!……こんなロクデナシのような男にだけは、引っ掛かったらダメだぞ?」



「あなた、充分……素敵、よ?」



「それは、君が何も知らないからだ。たくさんのことを知って、いい女になれよ?」



最後に額にキスをして、そのまま窓に向かって歩き出した。

後から追いかけてきたカダルに視線を向ける。

ディーヴァが無言で窓枠に足をかけ、そこから塔の外へ出ようとした。



「待ってくれ!……御礼をさせてくれ」



「誰に?」



「お前にだ!」



「………………正気?」



今まで見たことがない冷たい眼差しを向けられ、アレスを含めたアルベルティーナ以外の人間が竦み上がった。(アルベルティーナは見ていない)

なぜ、こんな風に見られるのか心当たりがないので余計に訳のわからない何かが背筋を走る。



「あたし、あなたたちに何かをしてもらうことなんて……何もしていないわよ?」



「そんな……何もなんてことはないだろう!?ここまで大恩ある女を、このまま帰すことなど出来な――――」



「……なら、一つだけさせて欲しいことがあるんだけれど……させてもらえる?」



あまりの迫力に、仕方ないという風にため息をつきながらアレスに言った。

たった一つだけ、やっておきたいことがある。

このままで済める訳がない。

許せるはずがない。

ディーヴァは先程から、青ざめた表情で部屋の隅で立っている国王の元まで早足で歩いて行くと、仁王立ちで目の前に立った。



「なっ、なんだ?」



「あたしは、やりたいことをしてきたし、これからもやりたいことをするわ」



だから――――……


パァンッッッッ!!!!


乾いた音が木霊した。

ディーヴァが、国王を、力の限りぶっ叩いたのだ。

叩かれた国王は体ごとぶっ飛び、鼻血まで噴いて床に横たわっている。

対してディーヴァは、叩いた手をヒラヒラとさせながら冷たく国王を見下ろしていた。



「ディーヴァ!?何を……っ!!」



「女の敵を、一発殴っただけで許してやろうって言っているんじゃない。感謝してよね?本当ならもっとボコボコにしてやりたかったのを、これだけで堪えてあげたんだから」



「女の、敵?」



「叶えられもしない約束をして一人の女を縛って、その結果がこれじゃない!!……さぞや楽しかったんでしょうねぇ?二人の女の間を行き来したのは」



「違うっ……!!」



「違わない。お前の責任のない発言のせいで、哀れな女が一人死んだ。それはまぎれもない事実よ」









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