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そして、適量の最後の血を吸い終わると首筋に流れる血を舐めとり、密着させていた体を離した。

よろめきながらも、顔を真っ赤にしながらフォルスはマオヤを睨む。

だが、そんなことは全然気にならないとでも言いたげに、むしろ上機嫌でフォルスに礼を言った。



「助かりましたよ、フォルス殿下?」



「お前っ……よくも……っ!!」



「やはりあなたに頼んで正解でした。私に血を吸われても、まだ元気でいられる。――――いい子で待ってろ、すぐに終わらせてやる」



頭にポンポンと触れ、そして顔つきをガラリと変えると外で蠢く敵を睨み付ける。

力を得られたマオヤは外に飛び出て――――――背中から、黒く大きな翼を出した。


黒い瞳から鮮血のような紅玉の瞳に変化し、牙は尖り爪は鋭く伸びる。

力が溢れ、留まることを知らないことを全身が喜んでいるのがわかる。

再び剣を構え、目の前に立ちはだかる怪物を獲物と定めた。


人ならざぬ者、獲物の血を吸い生き長らえるヴァンパイア。

マオヤは、人間とヴァンパイアとのハーフなのだ。

ヴァンパイアとしての力が強すぎて、住んでいた場所を追い出されそこでディーヴァに拾われるという過去を持つ。

今では能力も、ヴァンパイアの血も克服しかつ制御して生きている。


クレオシオンでも、その力は重宝され忙しい日々を送っている……のだが。

休みが無いことが玉にキズ。

今回の仕事が終わったら、必ず上司から休暇をもぎとってやろうと固く心に誓った。



「――――――覚悟しろ」



力を得たマオヤは、ヴォルフと連携しそれは素晴らしい動きを見せた。

触手を斬り、滑った体を引き裂き……二人から交互に繰り出される攻撃は、確実にクラーケンのダメージとなっている。


――――だが、それは一匹だけだった。

もう一匹はつがいが攻撃されている隙をつき、塔の中に触手を伸ばして王族を外へ引きずり出そうと画策していた。


無論、このまま黙っているはずがないディーヴァが、何も手を打っていないはずがなく。

指笛を高らかに吹き鳴らし、頼りになる助っ人を呼び寄せた。



「ロアーッッ!!!」



鼓膜を破りそうなほどの鳴き声が、どんどん王宮に近づいてくるのを感じる。

ディーヴァが吹き飛ばされそうになるほど強い風を起こし、ドラコンのロアーが遠い空から飛んできてその姿を見せた。



「よく来てくれたわね!!」



ディーヴァの声に応え、嬉しそうに鳴き声を出す。

上空で未だに飛び続けているロアーに、ディーヴァは声を張り上げた。



「ロアー!!あの怪物を倒してちょうだい!!!」



ディーヴァの言葉を聞き入れ、ロアーはクラーケンのつがいに襲いかかる。

見るからに凶悪な牙でクラーケンに食いつき、その体に深く食い込ませて致命傷を負わせ塔から引き離す。


クラーケンは大量の墨を吐き、それが戦っている二人と一匹にかかってしまった。

益々生臭さが増してしまったが、それを気にしている余裕は今のところない。

ようやく道が開けたので、ディーヴァは急いで塔の最上階に向かおうとする。



「あっ!!マーレ?!」



クラーケンの触手で今まで見えていなかったが、マオヤたちとロアーの攻撃をかい潜り、長い海蛇の体を地面から伸ばして、塔の中の王族たちがいる室内へと侵入しているところだった。


雲の隙間から覗く大陽の光が反射して、緑の鱗がキラキラと光って見えたので、そのおぞましい全貌が陽の下に晒されている。

中にいるアレスたちの身が危ないと、ディーヴァは急いで塔まで駆けて行き、マーレを止める為にカダルと共に走った。


―――――その時、マーレに襲われている王族の面々が揃う室内では。



「マ、マーレ……!?寄るな!!こちらに来るでない!!」



ベットに集まる家族を守ろうと、必死になって身を盾にし踏ん張りをきかせている国王の姿があった。

兵士たちはクラーケンの討伐と、塔の出入口にのみ待機していたので完全に隙を突かれたマーレの襲撃。

早く誰か助けに来いと、思いきり叫ぶがここは高い塔の最上階。

誰にも声は届きはしない。

焦った顔を見せる国王に、マーレは尚もジリジリと近づいていった。



「……いつから、そのようにつれない態度を取るようになったのじゃ?妾とそなたは、切っても切れぬ間柄。来世も共にあろうと誓った仲ではないか……――――ここまできたら、地獄の底まで付き合ってもらうぞ!!」



「お前の想いには応えられぬ!!余には国と!国民と!そして大切な家族がおる!!お前のような化け物に、好き勝手にさせるわけにはいかぬ!!!」



「……ならばなぜじゃ」



なぜ、なぜと言いながらマーレは一瞬の間に唇が唇に触れそうなほどの距離にまで達し、国王の瞳を覗きこむ。

……透明感の高いマーレの水色の瞳が、国王の姿を映す。

マーレは国王以外、目に入ってはいないようで……ただひたすらに、言葉を呟きながら国王に迫った。



「幼き頃、そなたは妾に会いに来たことがあるだろう」



「覚えておらぬ!!」



「……先王に連れられて、妾の母である魔女に会いに来ただろう。その時に、子供同士で遊んでおれと……妾とそなたは、何度も遊んだ。子供らしく、楽しく……何度も、何度もだ!」



海で泳いで、貝を捕ったり魚を捕ったりして、楽しく遊んだ。

マーレが首から下げている貝殻は、国王がわざわざ海に潜って捕ってあげた物。

マーレの宝物だった。



「この貝殻をくれた時、そなたは妾になんと言うた?」



「…………」



「あんなに優しい微笑みを妾に向けて……『俺には許嫁がいるけど、マーレといる方がすっごく楽しい。マーレさえ良ければ、大人になったら結婚しよう』……そう、言ったな?」



ただでさえ、子供の頃は受け継がれた強い力を操る為に辛い修業の日々を送っていたマーレ。

唯一遊べた日は、幼い頃の国王が訪れた時だけだった。


普通の子供は、マーレが魔女の子供だと知った途端にその存在を異端視し、一緒に遊ぶどころか魔女の子と罵り、迫害した。

母親も、遊んで悲しい思いを味わうくらいなら修業をしろと言う。

……国王だけが、マーレにとってたった一つ、楽しさや喜びをくれた人だった。

だからこそ、何気なく言ったことだとしても求婚してくれたことが嬉しくて……マーレには、それだけが生き甲斐になっていて。

辛い日々でも、生きていこうと思えたのだ。

それなのに――――……!!



「確かに、子供の言うたこと。普通ならば覚えておらぬ方が常じゃ……ところがお主はどうじゃ!?」



「マーレ!やめよっ……」



「成長しても、妾への想いは変わらぬと告げておきながら……っ、美しい許嫁と会った途端に心変わりしおって!!!『俺は彼女と結婚するから、お前も幸せになれ』などと……!!ようも真っ向からほざけたものよ!妾を……女というものをなめ腐ったその態度が許せぬ!!!」



年頃の娘になれば、きっと向こうから改めて求婚してくれる。

だから、王妃になっても恥ずかしくないように綺麗になって教養を身につけよう。

愛し、愛される女になろう。

だって私たちは―――――……



「妾たちは、愛し合っておるのだから!!そう、思っておったのに!それだけが、妾の心の支えであったのに……っ!ようも妾を裏切ってくれたな!!」



「……確かに、余にも責任はあると思うゆえ、それ相応の男を世話すると言ったではないか!それをことごとく突っぱねたのはお前の方であろう!!今さら昔のことを蒸し返すな!」



「蒸し返すなだと?!先に約束を勝手に反故ほごしたくせにえらそうなことを申すでない!!しかも世話をしてやるなどとっ……偉くなったものよなぁ?国王陛下はたった一人の女の人生など、どうでもよいと。どうなってもよいと!そう言うのだな!!?」



「そうは言っておらぬっ……お前には、他の男と幸せになってほしいと、そう願って……」



「お前はわかっておらぬ!!……言ったであろう?魔女は、忌み嫌われる宿命を背負っておる者。母も、住み着く土地の先々で忌まれ疎まれ……幼かった妾と共にこの地に流れ着き、先王が心優しき方だったゆえ、ようやく安住の地を見つけたと喜んでおった」



「……だから父上も、よく様子を見に行ったのだな。幼かった余を連れて行ったのも、変わらず見守っていくようにさせる為であったか……」



「一国の国王ほどの者の庇護がなくては、妾たち魔女は生きることすら難しい。……ましてや、血を残す為に伴侶を見つけることがどれだけ難しいか……!そなたにはわからぬ!!そなたの情け心で男を世話してもろうても、相手の男は魔女という理由だけで妾を拒む!誰であってもそうじゃ!!」



狂ったように吼えるマーレに、国王は言葉を失いかけるが……それでも、自分には守るべき家族がいる。

ここで引く訳にはいかないと、また言葉を紡いだ。



「だからといって、余の家族に危害を加えるなど人道に背いておるとは思わぬか!?」



「妾はもう人ではないゆえ、わからぬなぁ?」



「マーレ……っ!!」



母親がこの地を去ってからも、マーレはたった一人で国王を待ち続けた。

待てばきっと、迎えに来てくれる。

王宮で、ずっと幸せに暮らすのだ。

だって約束してくれた。

魔女であっても、嫌うことも疎むこともせず……好いてくれたとても貴重な人。

その人が、一緒にいて楽しいと言ってくれただけでなく結婚しようとも言ってくれた。

……ずっと、待っていたのに。



「………っ、約束、したのにっ……!!」



「マーレ!もうやめてくれ……っ」



「そなただけは……側にいてくれると、そう……信じていたのに……っ!」



「許してくれ!もう許してくれ!!余はどうなってもいい、だが……この子たちだけはっ……!」



「そんな言葉を聞く為に!今までそなたを待っていた訳ではないっっっ!!!」



口が裂ける。



『よ、く、も……っ!!』



牙を剥く。



『信じ、て……いた、のに……!!』



美しい女の顔が、鬼の形相に変わる。

マーレの瞳から、玉のような涙が零れる。

上から国王を見下ろす悲しみに溢れたその瞳が、全てを物語っていた。



『許せぬ、赦せぬ!…………殺してやる!!!』



「やめろーーー!!」












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