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雨で体が冷たくなったカダルに体を抱えられたまま、建物から建物へ最短距離で移動し、王宮は目前に迫る。

建物が濡れていて、時折ヴォルフなどは足を滑らせていたがカダルは余裕綽々と足を動かしていた。



「カダルってば、姐さんを抱えた状態でよくもまぁあんなに器用に動けるもんだ」



「ディーヴァを落としたりなどいたしません」



「へー、自っ信家ー!……奪ってやろうかなー」



「どうぞ?奪えるものなら」



「くだらないことで言い争ってないで、早く王宮に着かないと――――あっ、見えてきたわよ!……不穏な空気が漂っているわね」



――――――王宮にたどり着き、カダルに降ろしてもらい急いでマオヤの元へ向かおうと、近くにいる兵士に居場所を聞こうと思ったのだが……なんと、正門には誰一人としていなかった。

次いで聞こえてくる、奇声。

とてつもなく大きな生き物の声のようで、王宮を抜けて国中に木霊する。

そして……空気中を漂うもやのようなもの。

それが体にまとわりついたと思えば、ヴォルフは特に盛大に嗚咽を吐いた。



「うぇおぇ〜〜〜っっ!!!なんっじゃこりゃ!!臭っ!鼻が曲がる!!」



「……確かに、酷い臭いね。生臭いというか……吐き気がするわ」



「大丈夫ですか?よろしければこちらを」



そう言って、上等な絹のハンカチを差し出してきた。

それを鼻を覆うように口元に当て、少しでも臭いを遮断しようとする。

カダルが予備のハンカチを取り出して自分の口元に当てると、ヴォルフが自分のはないのかと聞いてきた。



「は?ないの?ないって言っちゃうの??絶対俺が一番臭い思いしてんのに!?」



「そんなことは知ったことではございません。また被り物を被ればすむ話ではありませんか」



「臭いも一緒に密閉しちまうっつーの!姐さん、なんとかして〜!!」



「今忙しいの。あっ、ちょっとそこの兵士!」



ようやく一人の兵士を見つけて捕まえ、この臭い元はなんなのか話を聞き出せば何本もの触手を持つ化け物が、この異臭を放っているらしく、しかもアルベルティーナが眠る白い塔を襲っているらしいのだ。

つまり、王族全員が化け物に襲われているという事実。

ディーヴァは額に手を当てた。



「こっちは数で攻めておいて、アルベルティーナの方には大きいのを用意したって訳か……まぁ君だけじゃ荷が重い!あぁ、頭が痛い……」



「姐さん!すっげー生臭さが増したんだけど……!!」



「言われなくてもわかってる!!……強烈ね、鼻が曲がりそう……!」



二重の意味で目眩がするこの状況の中で、ディーヴァはすぐさま白い塔を目指そうと向きを変え走りだそうとする。

今いる場所から塔へと続く道はわかっているので、慌てふためいている王宮の人間たちを尻目にディーヴァたちは駆け抜けていく。

ヴォルフなど、狼ゆえに鼻が利きすぎて今にも気絶しそうなほど顔が歪み紫の顔色になっていた。

カダルも、口元を押さえ必死に耐えながら走っている。

この酷すぎる悪臭に、意識が飛んでしまいそうになるも二人の男たちは、ディーヴァの後を追うのであった。



「あれは……っ!?」



今にも真っ二つに折れてしまいそうなほど、力強く白い塔に巻きついている触手の正体。

それは見るもおぞましい、海の怪物。

誰もが知っている、だが姿を見たものは全て喰われ死んでいるので、誰も全貌を確認した者はいないという。


『クラーケン』


それが、なんと“つがい”で二匹もいたのだ。

白い塔よりも遥かに大きな巨体を、ウネウネうねらせ醜悪さを人々に見せつける。

これにはさすがのディーヴァも度肝を抜かれ、唖然とその光景を見つめていた。



「…っ……なんてこと……!!」



「ディーヴァ!塔の最上階にマオヤの姿が!!」



「うひょー!あの細い剣だけで応戦してんの?まぁ君すげー……って、なんかまぁ君の耳とんがってね?」



「本性を現さないといけないほど追いつめられてんでしょうがっ!さっさとあんたたも応援に行きなさい!!」



「ちょっとちょっと姐さん、解呪の影響で俺力出せな――――って、まぁ君も俺と同じでなんか本性があんの?」



「今はそんなことを話している時ではない!!いいからさっさと……行けーーーっっ!!!」



クラーケンのところまで、弾丸のごとくヴォルフを蹴り飛ばす。

ちょうど敵のど真ん中に落ちる辺り、ディーヴァのコントロール力は抜群のようだ。

仕方ないと、もう一度空に浮かぶ月を見た。

……だが、やはりディーヴァの力は強力で変身はしない。

その兆しも表れない。

いよいよマズイことになったと……覚悟を決めた時だった。



「クラーケンの一匹だけでも倒せたら、抱きしめてキスしてあげる!!ついでに狼時の毛皮のブラッシングでどうだっ?!」



ヴォルフが変身しないことに焦ったディーヴァが、一か八かと持ち出した提案ではあったのだが……。

ドクンッ、ドクンッと脈打つ鼓動が聞こえてくる。

完全に変身はしないものの、足と手だけは変われたようだ。

……しかし、眼が血走っていて怖い。

クラーケンの滑った体に深く爪立て、触手の一本を切り落とした。



「姐さんのご褒美は俺のモンじゃああぁぁーーーっっ!!!」



虚しいオスの叫びに、さすがのカダルも目尻に涙を浮かべたとかなんとか。

……その叫びを耳にしたマオヤも、『こんなアホに負けていられるか』と。

最終手段を取ることに決めた。



「くそっ……!!予想以上の強さだな」



この姿のままでは、怪物に力が及ばない。

ゆえに、ディーヴァが言った本性を見せるしか手はなかった。

耳しか変わっていないが、全身を変身させるには……『ある者』が必要だ。

歳を取っている国王夫妻や、寝込んでいるアレスやアルベルティーナに頼むわけにもいかず、怪物が阻む中で塔の外にいたディーヴァたちに頼むわけにもいかず。

途方に暮れていると、チラッと目の中に入ってきたフォルスを見た。

なかば睨まれた形になったフォルスはビクつき、本能的に壁際に逃げる。



「……なぜ、逃げられるのですか?」



「お前の目付きが怖いからだ!外の怪物も恐ろしいというのにそんな獲物を見るような目で俺を見るなっ!!」



――――王子ということを抜きにしたら、血気盛んな若者だ。

今は非常時で、この際“少々頂いても”この国と王族を守ることに繋がるのだから、多少の犠牲は許されるはずだ、と。

……どうにか国王夫妻を説得して、不敬罪を免れよう。


※フォルスの意思はまるっきり無視である。



「国王陛下」



「どうした!?」



「フォルス殿下の――――『血』を、頂いてもよろしいでしょうか?ご心配なく。適量を頂くだけで死にはしません」



「なんっ、なんだと?!」



さすがの国王も狼狽えた。

頼みの綱である人物からいきなり息子の血をくれと言われ、口の間から覗く白い牙が不気味さを増長させる。

それは無理だと、断ろうとしたのだが……。



「……ここで全員が死ぬか、フォルス殿下が少々私に血を与えて生き延びて平穏無事を掴みとるか。どちらがよろしいですか?」



「〜〜〜〜っっ!!」



クレオシオンが寄越した精鋭の言うことだ、間違いはない、――――とは、思いたいのだが。

アレスとアルベルティーナに続き、さらにフォルスが倒れる姿など見たくはない。

それが親の本音というものだ。

だが……室内からでも見える、壮絶な戦いの光景。

それが、大切な家族にも及ぼうとしている。

選択の余地は、なかった。



「余の血では、ダメなのだろうか?」



「出来るなら、若い方のほうが安全です」



「……フォルス、ファーレス殿に血を差し上げなさい」



「父上!?」



「お前を死なせはせん!!頼む!お前しかおらんのだ!!」



……すぐ側に、眠り続ける妹がいる。

ぐったりしている兄もいる。

その傍らで、恐怖のあまり震えながらも必死に祈りを捧げている母もいる。

守りたい、守らなければ――――……!!



「痛くするなよ?!」



フォルスは涙目でそう叫ぶが、いかんせん迫力不足で思わず笑いを誘ってしまう。

それでも、事は一刻を争う。

なるべく怖がらせずに、ゆっくりと近づいていった。



「大人しくしてろよ……」



耳元で囁かれる、マオヤの甘美なる声。

すぐ側で聞こえたので、体の力が抜けてしまう。

体勢が崩れたところに、マオヤの綺麗な顔がアップでフォルスの目に入ってきたので、不覚にも顔に熱が集まり胸がときめいてしまう。



「(なぜこんな反応して……俺は乙女か!?いくらこいつが綺麗な顔をしているからといって……俺にはカダルがいるカダルがいるカダルがいる!!)」



フォルスの首にかかる髪の毛を払うと、咬みやすいように舌で首筋を舐めた。



「……あっ…」



「痛くしねぇから、そう怯えんな」



かすかに震えるフォルスに気づき、優しく微笑みながら声をかける。

その表情に、声に、仕草に。

フォルスは惑わされっぱなしだった。

体に力が入らず、なすがままされるがままに――――首筋に、牙を突き立てられた。



「うぁっ……!」



プツリ、と皮膚を破り血を啜る音が聞こえてくる。

国王夫妻は、見ていられず目を背けているので先ほどの出来事は見ていない……が、声を聞かれているだけでも充分恥ずかしかったフォルスは早く終わってくれと願うことしか出来なかった。

……いや、正直なところ終わってほしいというのは語弊がある。

なぜか、快楽のようなものが脳や身体の隅々までを支配している心地に襲われたのだ。

違う、こんなものは自分の感情じゃない!

――――そう、叫んでしまいたかったが……甘く痺れる快楽に全てが呑み込まれていく。

抗えなかった。



「うっ、あ……っ!やめっ……ろ……!!」



「ん……」



「あっ、そこは……ちょっ?!ばか!や……あ……ああっ!!」



エロイ。

情事の最中のように、喘ぎ声にも似た叫びが室内に響く。

夫妻共に、耳を塞いで事が終わるのを黙って待っていたので、声を聞かれることはなかったがこれは……フォルスにとっては、恥ずかし過ぎることだ。









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