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31〜棍の舞




 ――――――夕陽が沈む。

藍色の空に星が瞬いて、静かな一時から一転し、人々の盛り上がる声が一斉に沸き起こる。

二日目の祭りが始まった。


あれから部屋に戻ったディーヴァは、部屋に着いた早々、カダルの『必殺・吹雪!』を食らった。

マオヤからも、目で射殺さんばかりの視線を浴びせられてしまう。

何もなかったというのに、ここまで信じてもらえないのはかなり悲しいものだと訴えた。


だが二人も慣れたもので、動揺したりしなければほだされたりもしない。

逞しく成長したものだと、嬉しいやら複雑やらで心の内が複雑になっている中でも。

カダルに祭りに行く準備を整えるように言い、マオヤには引き続きアルベルティーナの護衛をするよう伝えた。



「カーダールー!祭り二日目、楽しむわよぅ!!」



「……えぇ、そうですね」



「暗いけど、何かあったの?」



「いいえ。何も」



「男!と、二人きりで会ってた事実はあんまり気分のいいもんじゃねぇからなー」



「何よー、本当に体調のすぐれないアレスを助けてただけなのにー」



「どうだかな」



「まぁ君ったら……何を拗ねているのよ。さぁ、カダル!衣装に着替えて出発よ!!」



再び見慣れた指パッチン。

今夜の衣装は、肩を広く出した黒のアオザイだ。

深いスリットが入っていて、下は何も穿いてはおらず肉付きの良い太ももが人目に晒されている。

足首から弁慶の打ち所を覆い隠すように、たくさんの金の輪を嵌めて同じ金のサンダルを履く。

花の模様が刻まれた金の手枷も嵌め、袖の部分はヒラヒラと動く度にまるで魚のヒレのように見え、動きに躍動感が表れている。

衣装には大胆な刺繍が施されており、『牡丹の花と唐獅子』が生きているかのような錯覚が起きるほど、見事なものだった。

後は髪を高く一つに結い上げ、朱色の紐で花結びにし金の簪を付ければ完成だ。

対してカダルは、真っ白な袖無しのアオザイにズボンを穿いて、龍と珠の刺繍が施されている。

ディーヴァと揃いの金の手枷を付けて、足枷も嵌め髪をアップにして、男らしさが際立っていた。

二人が並んで立つと、対の存在であるとよくわかる。



「バッチリね!……ところで、フォルスは全く会いに来ないみたいだけど、何か言ってこないの?」



「アンタ、第二王子にまで何か……」



「あたしじゃなくて、カダルよ」



「はぁっ!?」



「……王女様のことがありますから、派手に動けないようです。……こちらとしては好都合ですが」



カダルは、清々しているという顔を見せる。

余程嫌だったのだろう、思い出したくもないと背中が語っていた。



「この祭りが終わったら、フィトラッカとお別れな訳だし?夢くらいは見させてあげても罰は当たらないと思うんだけどな〜」



「男が、男相手にですか?」



「男が、男相手によ。その方が夢を見られると思わない?男は理想の女というものを、心の中で勝手に思い描いている。その理想を演じられるのは、女ではなく男なのよ。女は、男の理想であることは出来ない。どこかで違うと否定される」



「そんなことは……」



「ないって言い切れる?」



「理想というものは、人それぞれですから」



「むしろ、男相手に夢見るようになったらおしまいな気がするがな」



「でも、少し違う。ここが違う、全然違う。……一つでも違うと否定してしまえば、そこから生じるズレが理想とは程遠い女にされてしまう。……怖いわよね、少し外れただけで全てが無かったことにされるんだもの」



フォルスは、すごくわかりやすい性格の持ち主だ。

故に、女の好みもわかりやすい。

カダルのしとやかな外見に一目惚れし、そこしか見ず中身も外見に伴う性格だと思い込んでいる阿呆だ。

だが、腹が立ったり不快に思ったりするような勘違い野郎ではないので、どこか憎めない。

だからこそ、ディーヴァもカダルにもう少しだけ付き合ってやればどうかと言ったのだ。

夢を見るのは自由だから、妹が大変なこの時こそ優しい言葉の一つや二つくらいはかけてやってもいいんじゃないかと、情け心が動いたのだが。



「幻想は恐ろしい。だからこそ、今のうちに夢から覚めるべきなんです」



カダルにはカダルの考えがあっての発言だったようだ。

男が、男相手に夢を見るその虚しさ。

好きならそれも喜びだろうが、カダルはフォルスを好きではない。

愛せるわけもない。

いつまでも幻想に恋などしていないで、真自分を愛してくれる女性――――男でも別にいいだろう、本人が良ければ。

生涯を共に生きてくれる伴侶を見つけ、幸せになればいい。



「鐘が鳴りました、祭りが始まったようです」



「よっし、今夜も中央広場のど真ん中はいただきよ!」



「俺も持ち場に戻る、……解呪の方は任せた」



「安心して任せて!行くわよ!!」



闇に乗じて駆けて行く二人。

濃厚な花の香りが、駆けて行く中で鼻腔の中に溢れていく。

王宮の中は、花で溢れているからそこらかしこから芳しい香りが風に乗って届いた。

風を切り、王宮を囲む塀を越えると花の匂いは途絶えて消えた。


 ――――――海の底で、怨みつらみを口ずさむマーレの声が響きわたる。

海の生き物たちは、マーレを恐れて付近には近寄らず、砂と岩しかマーレの周りにはない。

寂しいその場所で、クスクスと笑いながら『もうすぐ……もうすぐじゃ……』と、来るべき未来への期待を溢していた。

音もなく、波も静かな海底でマーレは一人で呪いを紡ぐ。


……いや、一人ではない。

どこからか、黒いローヴを身に纏った人物がゆっくりとマーレの元まで歩いてくる。

杖を持ち、快活に歩くその人物はマーレの目の前で歩みを止めると声をかけた。



「順調のようだね」



「おぉ!そなたか、賢者!」



冬の国で見た、あのシワがれた老人ではない。

まだ幼く、声も高い少年のようだ。

フードの奥から覗く、ガラス細工のような風貌に笑みを浮かべ、高圧的な態度でマーレから経過報告を聞いた。



「えらくご機嫌じゃないか」



「ククッ、当然であろう?王女の命は、すでに風前の灯火。坊やは呪いの触媒として、もう一歩も動けぬ。……後は、発動を待つだけじゃ」



「だけど、邪魔が入りそうなんだって?」



「ディーヴァのことか」



「……その女、冬の国でやらかしてくれたばかりでね。後もう一歩のところで、僕の計画を壊された。――――確認するけど、大丈夫なんだよね……?」



マーレよりずっと若く見えるのに、威圧感は遥かに上だ。

賢者に怯えているようで、声がかすかに震えながらも大人しく返答する。



「……っ、無論じゃ、ぬかりはない!……今度こそ、今度こそ手に入れてみせる!!失敗はせぬ、計画は成功させてみせる!!!」



三十年前に受けた、あの屈辱を返し。

手に入らなかった幸せを、この手で奪う!

怒りや憎悪の感情を宿した瞳が、賢者を見た。

他に道などない、ゆえに後戻りはしない。

暗い光を宿したマーレを見つめ、満足そうに見つめる賢者がいた。



「見ているがいい……っ!ディーヴァとて邪魔はさせぬ!!」



「期待しているよ」



そう告げると、賢者は泡となりマーレの前から姿を消した。

残ったマーレは、地面の砂を握りしめながら体の内に留めておけないおどろおどろしい感情を必死に抑え込んでいる。

まだ今は、これを表に出す時ではない。

もう少し、もう少しの辛抱だ。

そうすれば……望むものが全て手にはいる。

唇を醜く歪め、狂ったように高らかに笑うマーレの笑い声が、より遠くまで届いて消えた。


 ――――――賑やかな音楽が聞こえてくる。

中央広場を見渡せば、音楽も、人も、明らかに数が増えていた。

昨日のディーヴァの舞踏に触発されて、踊り子の数も増えている。

きらびやかな衣装を来た女性たちが、音楽に沿って体を動かす。

揺れる体、しなやかに伸びる手足、明かりに浮かび上がる女の滑らかな肌。

それに興奮し、かけ声を出す観客。

昨夜よりもさらに熱気に溢れるこの空間に、人々にディーヴァは思わず口笛を吹いた。



「なんか、昨日より人も多いし盛り上がってない?」



「おっ?姉ちゃん!やっぱり今夜も来たか!!」



建物の壁際に座りこみ、適当に楽器をかき鳴らしていた、昨夜ディーヴァの踊りの演奏した男たちが声をかけてきた。

それを見つけ、人をかき分け男たちの元へ向かう。



「昨日の色男の演奏者じゃない。……楽器を弾いていないようだけどぉ、もしかして。あたしを待っててくれた?」



ニヤニヤとからかうように演奏者の男を見て、相手も同じくニヤニヤしながら返してきたのでお互いに通じるものがあったようだ。

手をハイタッチし、ディーヴァは再び中央広場の中心に立つ。

周りで踊っていた踊り子たちが、ジロジロと見つめてくるがディーヴァは何も気にしない。

カダルも楽器の用意が整い、音合わせも済ませて音楽が流れはじめた。



「今夜の曲目は?」



「『棍の舞い』しっとりしなやか、繊細で大胆。特別派手に!」



いつの間に手にしていたのか、赤い宝玉が先端に付いた朱塗りの根を持ち、構える。



「『べオーク』白樺は実を結ばぬが、種なくして芽を出だす。誇らしげに枝を広げ、その葉に枝をたわませ、天を突く!」



 ディーヴァの周りから、たくさんの芽が顔を出し大きな白樺の木が生える。

それらが辺りの光を次々と吸収し、ディーヴァの周辺を淡く照らす。

色とりどりの光の粒が、まるで蛍のように木の葉や枝の元で点滅して光る。

神秘的な音楽が流れはじめると、根で演舞を披露しはじめた。

根を回し、光の粒が木から離れディーヴァの回りに緩やかに集まる。

緩やかに、穏やかに、曲目に乗って足を捌き腕を伸ばし、光と共に踊る。……すると次第に、光は一つの柱となって天高く昇っていく。

緩やかだった動きが激しさを増していき、速く高く天に昇る。

そして全ての光が天に登りきれば――――……夜空を照らす、一面に咲いた美しい花火が花開く。

突然大きな音が響き、耳を塞ぐ人がいる中で色とりどりの鮮やかな花火に、目を奪われる者が続出する。

次々と咲き乱れる花火の中で、ディーヴァの舞踏も静かに終わりを告げた。












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