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「意外と子供っぽいところもあったのね。はいまぁ君、牛乳」
どこから出したのか、手にはコップに並々入った牛乳が。
牛乳が一番、辛さを中和出来る飲料だ。
それを受け取りゴクゴクと飲みほし、ようやく落ち着きを取り戻すと、恨みがましい目でカダルを睨みつけた。
「お〜ま〜え〜〜〜!!!」
「せっかく手ずから端整込めて、心を込めて淹れたものをお気に召していただけず……悲しいです」
「言うに事欠いてそれか!!」
唸るようにして吠えてみせるが、まったく気にする素振りも見せず今度は正真正銘のフルーツティーをマオヤに差し出した。
口をヒクつかせ、恐る恐る手に取るがどうにも飲む気になれない。
……すると、ディーヴァがお茶を奪いクイッと全て飲みほしてしまった。
空になったカップを見せ、舌を出す。
「いつまでも子供みたいなことしていないで、話を続けましょう」
「あぁ……、王女の呪いは実際のところどうなんだ?」
「アルベルティーナの呪いの解呪は、すでにあたしが実行中よ。このまま順調に行えば、呪いは解ける。――――問題は、マーレに邪魔をされないかなんだけどね……」
昨夜踊った舞踏は、踊るごとに陣を張り人々の喜びや喝采などを陣に吸収させ、呪いの解呪に利用するという方法だ。
短期間で、絶大な威力を発揮する。
……だがこの方法は、ディーヴァだからこそ出来る解呪の仕方なのだ。
普通なら、呪いを受けたら身を浄めたり呪文を唱えて呪い返しをしたり……色々手間がかかり時間がかかる。
ある時は複数人で解呪を行う場合もある。
個人に対する呪いならそれだけで有効だろうが、マーレの呪いはアルベルティーナのみならず国全体にかかっている。
クレオシオンの解呪専門家が来たとしても、はたして呪いを解くことが出来るかどうか……。
「とりあえず、今夜も中央広場で踊るわ。マーレの居場所も掴めたし、祭りの最終日に雌雄を決することになるわね」
「……マーレって魔女が、襲ってくるってことか?」
「そうなるでしょうね。……怖い?」
「そんな訳あるかよ!俺は剣で戦う方が性に合ってんだ、ぶったぎってやる……っ!!」
「穏やかじゃないわね〜」
勇ましいことは、時にはいい。
だがマオヤの場合は、普段から少しキツイ印象に見られていることが多いようなので……今の好戦的な表情は、ハッキリ言って凶悪そのもの。
堅気の者なら引いてしまうところだろう。
昔から、笑えば可愛いんだからと言い続け……そのたびにガン無視されたことは、ディーヴァにとって忘れられない思い出だった。
――――――ようやく口の中から辛味も完全に引いて、人心地つけたところで。
マオヤは久しぶりに、ディーヴァという女をじっくり見つめてみることにした。
カダルと話している最中だったので、マオヤの視線がすぐに気づかれることはないだろう。
今度こそ、用意された本物のフルーツティーを飲みながら、最後に見た時以上に綺麗になったと、ディーヴァを見ながらしみじみそう思い、用意されていた茶菓子を食らう。
「(……昔から美女とは思ってたが、いざ久しぶりに会ってみると思い出以上に綺麗だな……)」
ディーヴァに拾われた時に、その美貌が崩れることも年老いていくこともないと知った時。
ディーヴァより遥かに年下で良かったと、心から安堵したものだった。
いずれ成長しても、なるべく多くの時間を共に過ごせると思ったからだ。
自分より年上の、他の男たちよりも遥かに多くディーヴァと一緒にいられると。
「(……あの時は、なるべく早くディーヴァに追いつきたかったしな。……焦ってばっかで、甘えることもしなかった)」
早く、大人になりたかった。
ディーヴァに頼ってもらい、守れる男になりたかった。
……だが、この状況はどうだ。
再会を果たしたと思えば、頼られるどころか逆にディーヴァに頼り情報を教えてもらい、格好がつかない。
一体いつの日になったら、自分を『男』として見てもらえるのかとマオヤは切なくなった。
ただでさえ、素直に想いの内を言葉にするどころか態度でも表しきれていないのだ。
これならまだ、カダルの方が見込みがある。
常に側にいて、ディーヴァの為ならどんなことでもしてきたのだろうから。
今までの二人の暮らしぶりを見ていなくても、態度でわかる。
カダル“も”ディーヴァが『好き』なのだ。
「まぁ君、どうしたの?ボーッとしちゃって……」
「なんでもねぇよ」
カダルの気持ちになんとなく気づいてしまったマオヤは、不機嫌そうにディーヴァから顔を背ける。
我ながら分りやすすぎると、また舌打ちした。
「そろそろ戻った方がいいんじゃない?」
「そうだな、王女のところに戻る。――――ディーヴァ、その時が来たら必ず俺を呼べよ?」
「大丈夫、まぁ君の力は必要なんだから必ず呼ぶわよ。……必ずね」
「きっとだぞ!……あぁ、それと。カダル」
いきなり名を呼ばれ、驚いたカダルは仕返しでもされるかと構えて待っていたのだが。
耳元に顔を寄せ、ディーヴァに聞こえないように囁かれた言葉は意外なものだった。
「……ディーヴァは誰にも、心を渡さない。それをわかっていて、あえてそういう態度を取り続けてんなら――――お前はとんだピエロだな」
ディーヴァの為に、道化を演じる愚かな男。
そんな意味を込めて、フッ、と。
不敵な笑みを見せつけながら、カダルから離れそのまま部屋から出ていった。
言われた方のカダルは、驚愕を露にした顔で俯く。
心配したディーヴァが声をかけるが、何の反応も見せないまま黙って俯いたままだ。
マオヤに言われた言葉の内容で、なぜカダルがこうも落ち込んだ風になってしまったのか、特には思い当たらないので困ってしまう。
理由を聞いても答えない。
正直、お手上げだった。
「……ただ、」
「ん?」
いきなり立ち上がったと思えば、ディーヴァの右手をすくい取り、祈りを捧げるようにして自分の額とディーヴァのたおやかな指先をくっつけた。
何事かと不思議そうにカダルを見るが……表情はなんとも伺えない。
成り行きを見守っていたが、何も行動を起こさないことに痺れを切らし、口を開きかけた――――その時だ。
「っ――――――!?」
ディーヴァの指先や手の甲に、軽くついばむようにキスをする。
舐めるとかではなく、触れる程度のキスをしてくるカダルに驚きを隠せない。
そして……その悩ましげで色っぽい表情は、珍しくディーヴァをドキドキさせた。
「カ、カダル……?」
「…………私だけ、なんですよね……」
「何が……?」
「胸が……どうしようもなく、苦しい……っ」
張り裂けそうだ。
か細い声でカダルは言った。
「……胸を開いて、心を見せられることが出来たらいいのに」
想う気持ちが募るばかりでは、辛い。
その上、ライバルも現れた。
……気持ちばかりが焦ってしまって……らしくないことを言うつもりはなかったのに。
いつもの態度とは明らかに違う、こんなことをして……嫌われたらどうしよう……?
ディーヴァに嫌われたら、生きていけない。
顔を上げられず、若干……どころか、かなり困ったことになっていると、額に柔らかい感触を、一瞬だが感じとった。
ディーヴァの顔が、近い。
「えっ……?」
「何を驚いてるのよ」
ディーヴァはそう言うが、カダル自身から触れることすらも躊躇われるというのに、額とはいえキスをしてもらった。
たった、これだけのことで先ほどまでの暗い気持ちが霧散する。
カダルにとっては、何にも優る褒美。
何にも優る喜びだ。
「ご機嫌ナナメは治った?」
「……別に、不機嫌だったわけでは」
「嘘。マオヤに何を言われたのかは知らないけれど、気にすることはないわ。あの子は昔からああだから」
「やはり、口調が荒かったのですか?」
「一言目には『嫌い』、二言目には『こっち見んな』で三言目には……『早く大人になりてぇ』って、泣きそうな顔で言うんだもの。怒るに怒れなくてね、あのままで育っちゃった」
仕方ないという風に、笑みを溢す。
自分の知らない思い出に浸るディーヴァを見ながら、カダルは思う。
本当にマオヤを慈しみ、愛して育てていたのだと。
そしてそれは、今も変わらないのだということを。
自分にも言えたことだったが、それでもマオヤが羨ましく思う。
ディーヴァの想いの矛先になって、心から心配してもらい想いを向けられているその事実に。
嫉妬した。
「さーて、夜になるまで買い物でもして来ようかしら?」
「外は照りつけるような暑さですよ?」
「んー……でも、お土産を買いたいのよ。螺鈿細工の鍵付き小箱と手鏡とか、それと腕輪と耳環と首飾りと……そうそう、フルーツティーも欲しいし……」
「一体、それだけ買われてどうなさるおつもりなのですか?」
「ほら、ゲンティアナ国のアリエノール。前にフィトラッカの特産品が欲しいって言っていたから、贈ってあげようと思って」
「……ご自分でお求めになられるのでは?仮にも女王陛下なのですから」
「あたしが贈ってあげたいのよ。今度また顔を見せに行こうと思って」
王宮で働いている侍女たちに話を聞けば、人気の高い店を教えてもらえるだろうと早速出かけることにする。
大陽が最も強く照りつける時間帯で、ひどく眩しいだろうがディーヴァの物欲の方が勝る。
「それじゃあ早速……」
「ディーヴァ!!!」
返事を待たずに扉を開け、再び訪れたマオヤ。
ひどく慌てた様子で、息切れもして忙しない。
何事があったのかと、マオヤに駆け寄り話を聞いた。
「だっ、第一王子がっ……!帰ってきたんだ!!」
「アレスが?」
「今、国王夫妻と、会っておられる。そのあとに、王女の見舞いにも、行くそうだ……」
「そう……ようやく、向き合うと決めたのね」
マーレから真相を聞いて、逃げずに向き合い家族を守る為に帰ってきたのだろう。
ようやく、戦うことを決めたのだ。
自分自身の葛藤や苦しみと戦い、勝つ為に。