表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/78

25




 アレスは全力で脱力した。

ディーヴァは、考えこむ仕草を見せてはいるが。

短い時間しか、付き合っていないアレスでも。

ディーヴァの考えていることが、手に取るようにわかってしまった。


(わかりたくなかった……っ!というよりは、女とはこういうものなのか!?)


 男女の良い雰囲気をぶち壊し、なけなしの男の欲が粉砕される。

話せば話すほど、関われば関わるほどディーヴァという女がわからなくなってくる。


「ねぇ、今まで何人の女の子と付き合ったことがあるの?どんな女の子が好み?」

「唐突だな、……もうなんでもいいが」

「だってね〜……あなたの弟が、とても熱く語ってたから」

「フォルスを知っているのか」

「凄かったなんてものじゃないわね、勢い余って海に落ちたんだから」

「…………どうやったら、そんな状況が作り出せるんだ」

「色々よ、イロイロあったのよ。……フォルスは、いい意味でも悪い意味でもまっすぐな子よね。もう随分、長いこと会っていないんでしょう?」

「――――いや、向こうもそうしょっちゅう街に降りられないらしいから時おり、フラッと俺のところに訪ねてきては、王宮に帰ってきてくれと叫ばれる。……母上がずっと泣いていると言って、あいつも泣くんだ。正直、参っている」


 15の時、着の身着のままでアレスは王宮を出た。

すがりついて、泣きじゃくりながらも自分を止めたフォルス。

それを振り切って、今日まで生きてきた。

泣いている家族を見捨てて、今を生きているのだ。

気にしなかった日はないだろう。


「参っているのは向こうだって同じでしょう?今では妹も大変なようだし……。悩みが悩みだけに、会うことも出来ない?」

「会えば、辛い。自分がこんなにも異質であることを、思い知らされる。それに……家族が悪意に晒される。それが、我慢出来ない」


 アレスは苦しそうに俯く。

それを慰めるでも励ますでもなく、ディーヴァはこう続けた。


「家族がだーい好きなのね。好き過ぎて、愛しすぎて……その想い故に、向き合えない。――――どこまでも逃げていられる環境に恵まれているのね、あなたって」

「なっ……!?」


 胸ぐらを掴み、下からアレスを睨めつける。

イライラしたからだ。

逃げて逃げて――――逃げ続けて。

問題を解決する為に奮闘することも、立ち向かうことも諦めた臆病者。

言葉ではなんとでも言って、悩みと向き合わないようにすることは、いくらでも出来る。

だが、向き合うことを諦めたアレスが……。

ディーヴァは、腹立たしくてならない。

もう、許せなかった。


「この国にいる人間が、侵食されていたのを見たでしょう?なんの関わりもない人が、巻き添えを食らうことが一番の罪なのよ?さっさと吐き出して楽になりなさい……!でないと、これからもっと酷いことになるかもしれないのよ?」

「お前には関係ないことだろう!」

「忠告してあげたし、さっきは助けてもあげたのにそれはないんじゃない?少なくとも、多少は事情に通じているんだから関係がないことはないわ」


 今度は、突き飛ばすようにアレスから離れ。

強くキツイ眼差しで見つめた。

月明かりの下、月から雫がこぼれ落ちたかのような淡い金色の瞳が。

闇夜に浮かび上がっている。

瞳がユラユラと揺れ、また、アレスの側まで近づいた。


「生きている者は、皆平等に戦い続けているわ。戦って、生きる権利を勝ち取っているのよ?あなたは男で、しかも責任ある立場として生まれてきたくせに。戦いから逃げて、負けることを認めるというの?」

「……意味が、わからない」

「生きることを、『アレス=アルベルド』という人間であることを放棄するのかと聞いているのよ!!」


 このまま悩みや問題を放置して、一生を終える気なら。

そうする気なら。


「許さないわよ。後始末も何もかも放棄して、何にも関わらず生きていくつもりなら。あたしはあなたを、絶対に許さない!!」

「っ……、お前に何がわかる!?ただ……ただ一人だけ、家族の中でたった一人だけ!髪の色も瞳の色も違うんだぞ?!褐色の肌を除いて!俺は!俺一人だけが家族の誰とも似ていないんだ!!!」


 フィトラッカの王族には、決まった特徴があるのだと伝えられている。

褐色の肌で、『金髪』に『青い瞳』の持ち主ということ。

アレスは、黒髪にみどりの瞳。

誰にも似ていない、似ている人はいない。

では、アレスとは誰だ?

『アレス』とはなんだ?


「お前にわかるものか!!!物心ついた頃からずっと言われ続けていたんだぞ!?血の繋がりがない余所者なんじゃないか、不義の子じゃないか……。周りの者がそう言うたびに、母上が泣き弟は馬鹿にされ……父上がせっかく築き上げた名声に、傷がついたと思った」


 口さがなく噂する。

悪意ある噂話、中傷、人のことなどなんとも思わない『言葉』の数々。

酷い言葉をその身の中に降り積もらせ、容れ物が壊れてしまう前に。

アレスは逃げた。

戦うこと、向き合うことを諦めて。

彼は逃げたのだ、自分一人がいなくなればそれで済むと勘違いして。


「俺さえいなければ、家族が泣くことも苦しむこともない!俺さえ……俺さえいなければ!!誰も不幸にならなかった!!!」

「あなた自身も、苦しむことはなかった?」


 図星を言われたように、アレスは驚いた顔を見せた。

冷静に、心の奥底まで見透かすように。

ディーヴァは、アレスを見つめる。

アレスの心の闇を見透かすように、ジッと見つめた。


「恐れるな」


 自分の方へ引き寄せて、アレスを思いきり抱きしめた。

アレスの背は、ディーヴァよりもかなり高いので。

両腕を首に回すのも一苦労だ。

しがみつく形で、驚くアレスに抱きついてみせると――――耳元に密かに囁いた。


「逃げるな、己自身の宿命から」

「……向き合って、どうなる。俺の外見が変わるものでもないだろう」

「あなたはとても魅力的で、いい男じゃない!外見なんて関係ないわ、あなたが王族の一員で国王夫妻の息子であることは、変えられない事実なんだから……堂々としていればいいのよ」


 アレスの心臓に、軽く拳を打ち込む。

ロマンチックな雰囲気なんて、ない。

月明かりの下、さざ波の音を聞きながら。

キラキラと光って見えるディーヴァの笑顔に――――ストン、と…………何かが落ちる音がした。


「ディーヴァ……」

「あら、初めてあたしの名前を――――」


 そこで、言葉は途切れた。

話している最中に、ソッと塞がれた唇を……ディーヴァはただ受け入れる。

ディーヴァの濡れて揺れる瞳に、アレスは激しく心臓が高鳴る。

アレスは初めて、女性に対してこんなにトキメキを感じたのだ。

他は目に入らないくらい、ディーヴァしか見えていない。

いったん唇が離れると、甘く囁く声でアレスに言った。


「……あたしを、好き?」

「好きだ……」

「そう。――――なら、あなたがあたしにくれたその気持ちの為に、あたしはなんとかしてあげられる。今回の問題を、解決してあげることが出来る」

「なんとか、出来るのか?」

「出来るわよ、あたしを誰だと思っているの?泣く子も黙り、笑う子も黙る。最強無双のディーヴァ様よ!!」


 そんな人聞いたことがない。

心の中で、思わずツッコミを入れてしまったが。

……あまりにも自信たっぷりに笑うので、つられてアレスも笑ってしまった。

空笑いだったが、それでも。

沈んでいるよりはいい、泣きそうになっているよりはいい。

辛そうにしているよりはいい、笑っている方が……ずっといい。


「あ、言っておくけど。あたしのことはほんの少しの『好き』以上には好きにならない方がいいわよ?……あたしは人でなしの最悪な悪女らしいから、男は泣いてばかりだわ」


 アレスから離れると、波打ち際を歩き始める。

風になびく赤髪を掴もうとするも、スルリとすり抜け落ちていった。

まるで、ディーヴァの内面を表しているかのように。

簡単には捕まらない。

体はもとより、心も。

腕の中には収まらない。


「――――それでも、好きになったと言ったら……?」

「可哀想、お気の毒……って。花束贈って祝ってあげる。あたしを忘れない限り、この世の地獄と一生付き合っていくことになるんだから。――――引き返すなら、今のうちよ」


 手で銃の構えをすると、バーンっと撃ち込む仕草を見せた。

その茶目っ気溢れる行動や仕草に、アレスは心のど真ん中に撃ち込まれっぱなしで、心臓が持たない心地だった。


 ドキドキし過ぎて、心臓がとても忙しい。

本当にこんなことは、初めてだった。


 ……すると、元々体調が優れなかったアレスは。

態勢を崩し、海に倒れそうになってしまう。

ディーヴァが慌てて支えようとしても、砂で足がすべりそれも出来ない。


 大きな水しぶきが上がり、二人は派手に海水で濡れてしまった。

こんなところで、何をしているんだろう。


 なぜだかとても、可笑しくなってしまい。

ディーヴァは腹の底から笑ってしまった。

つられてアレスも、笑うのを我慢するも結局我慢出来ずに大声で笑いだす。


「アッハッハ!普通っ、こんな雰囲気の中で滑る?!しかも全身びしょ濡れ!おかしい〜〜〜!!」

「クッ、確かに。普通じゃないな、俺たちは……」


 自然と手を伸ばし、アレスはディーヴァの体を掴んだ。

海水に濡れ、ディーヴァの冷えた体を強く抱きしめる。


 アレスのたくましい胸板に顔を寄せ、心臓の音がよく聴こえた。

……すごく、速い。


 ずぶ濡れになったおかげか、体温も下がって悪酔いしていた気分も多少は良くなったようだ。

冷静になった今、翻弄されることはない。

ディーヴァの顎を持ち上げ、キスをした。


 舌は絡まり、髪を優しく撫でるその仕草。

未だ海に浸かったままの二人は、互いを抱きしめ合い……。

冷えたはずの、体の体温が上がっていく。

……そのまま、砂浜の方に押し倒された。


 ――――――ヤメロ……私ノ坊ヤに触ルナ……!!


(……あーあ、せっかく盛り上がっていたのに……邪魔者か)


 人ならぬ声を聞きつけ、アレスの体を横にどかし立ち上がる。

波の音が聞こえる中、海から現れいでる『何か』の気配をひどく感じ。

真っ向から対峙した。


「さっさと姿を見せなさい!じゃないと、あんたの大事な坊やとやらを手籠めにするわよっ!?」

「手籠めって……っ、俺は男だぞ!?逆だろう普通!!」

「黙ってて!!逃げられちゃうでしょう?!」


 ブクブクと泡立つ海。

大きなモノが蠢き、何かが海の中から這い出てくる気配がする。

急いでアレスを立たせ、逃げるよう伝えた。


 何がなんだか、わからない様子だったが。

大人しくディーヴァの指示に従う。

それを見届け、再び海の方を見据えた。


「さぁ……久しぶりの再会を果たそうじゃないの!長い間、暗い水底みなぞこの中で、あたしへの恨み辛みが溜まっていたんでしょう!?姿を見せなさい!!!」











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ