24☆
「……一杯だけでもよろしいでしょうか?」
「ただし、少しでいいから強いお酒を飲みなさいよ?酔わないとつまらないからね」
「検討します」
「差し障りのない答え方だこと」
二人は手に手を取り、建物の上から人が行き交う下に降りたのだった。
カダルは、ディーヴァにいつもの格好に戻してもらい。
ディーヴァも、白いワンピース姿に戻った。
全身を見て、不備がないかを確認し終えると。
ディーヴァが昼間一人で歩いた道を、今度はカダルと二人で歩いていく。
明かりが灯る店が建ち並ぶ中、適当に食事を摂りながら。
石畳の道を軽快に歩く。
簡単に口に運べて、しかもすごく美味しい香草焼きの白身魚を挟んだパンが。
ディーヴァ的に、かなりオススメの一品と言えた。
生臭さは無く、ハーブと焼けた魚の香ばしい香りが食欲をかきたてる。
取れたてフルーツを、炭酸で割った飲み物も。
のど越しが良く、濃厚でとても美味しい。
カダルにも進めながら、色々口にしていると。
この国特有の、蒸留酒専門の店をようやく見つけ。
ディーヴァは、迷うことなくまっすぐ足を向けた。
カダルも後から付いていく。
近づくにつれ、強い酒の匂いが風に乗って運ばれてさらに期待が増すばかりだ。
どんな酒があるのかと、嬉しそうに速足で店に急ぐ。
この国では、やけに蒸留酒が多く見られるとカダルが溢せば。
それもそのはずと、ディーヴァが返す。
暑い時に、度数が高い蒸留酒を飲めば。
発汗作用で、汗が出るから涼しくなることから。
フィトラッカでは、蒸留酒は一般的な飲料なのだ。
この暑い国で、まさにうってつけの飲み物なのである。
煌々と灯りで照らされた、店の前に着けば。
色とりどりのガラス瓶に入った、酒の数々が並んでおり。
ロウソクの明かりに照らされ、淡く光っていた。
「たくさん種類があって悩むわね〜!ここで飲めるのよね?どれから飲もうかしら」
ちょうど客に接客していた店主に、声をかけ。
サッと差し出してくれた酒を飲む。
豪快に飲み干したディーヴァに、店主も気を良くしたのか。
陽気に返事をしてくれた。
「姉ちゃんみたいな美人が、強い酒をこうも見事に飲みきるとは恐れ入った!最初の一杯は奢ってやるよ」
「ありがとう。カダル、あなたも飲みなさいよ?せっかくいい酒が揃ってるんだからね!」
あわよくば、飲まずにいようとしていたのを見透かされ。
渋々、ディーヴァの隣で酒を注文しようとする。
それを遮って、強い度数の酒をカダルの為に勝手に注文した。
それに悪のりした主人が、店で取り扱っている酒の中で。
一番度数の高い酒を、並々とグラスに注ぐ。
酒がカダルの前に置かれ、飲めない訳ではないが。
あまり気が進まないので、手をつけるのに躊躇している。
煮え切らないカダルを尻目に、ディーヴァも酒を注文した。
「いい男のお・じ・さ・ん。あたしにもこれと同じ酒を持ってきて!」
「おうよ!」
勢いよく置かれた酒に手を伸ばし、喉を鳴らしながら一気に飲む。
その飲みっぷりに、惚れ惚れした他の客たちが。
奢りだと言って、次々にグラスに酒を注いでいく。
それをまた一気に飲みほしながら、ふと……周りを見渡してみた。
ディーヴァと同じように、酒をあおっている男たちの姿が見えて。
どうやら飲み比べをしているようだ。
一人の男が勝ち進んでいる。
その男の姿に、すごく見覚えがあった。
「アレスだわ」
「おっ、姉ちゃんアレスを知ってんのか?」
「知らない仲ではないわね」
「お安くないね〜」
「俺らともオシリアイになってくれや〜」
「百年経ってまだ生きてたら、デートくらいはしてあげる」
ディーヴァのその言葉に、男たちはゲラゲラと笑いまた酒を飲みだした。
男たちの野次を受けながら、ヤケクソのように酒を飲み続けるアレスに近づいていく。
昼間のことが、かなり堪えているようだ。
現実逃避しているようにしか見えず、心の弱い男だと。
密かにアレスを責めた。
……だが、そんな男の相手をするのも悪くない。
ディーヴァは結構、悪趣味だった。
「……なんだ、お前か……」
アレスのすぐ横に立ち、持っていた酒を奪い取る。
酒の匂いを嗅いでみるが……あまり上等な酒ではないと眉を寄せ。
ディーヴァは微妙な顔つきになった。
「これがそんなに美味しい酒?」
「安酒だ、不味くはないが……酔いやすい」
「なら王宮に帰れば?あそこなら、美酒にいくらでもありつけるでしょうよ」
酒を放り投げ、石畳の地面に落ちた瓶が割れる。
静けさが辺りに広がり……驚愕に満ちた表情のアレスが。
ディーヴァの肩を掴んだ。
「お前……っ!?」
「わからないとでも思った?」
「……なぜわかった」
「あたししか知り得ない伝を使ったんだもの、秘密よ」
他の誰にも聞こえないように、ディーヴァはアレスの耳元に囁きかける。
その事実は、誰にも言ったことはなかった。
まさか、余所者に知られていると考えもしなかったアレスは。
目眩を起こし、椅子から落ちた。
酔いが酷く回り、目の焦点が合わない。
気持ち悪くなり、吐きそうになる。
……しかし、気分が最悪でも。
問いたださなければならない。
自分は悪事に利用される気はないし、家族を巻き込みたくはない。
下から睨めつけるようにして、ディーヴァを見た。
「……似すぎているのよねぇ、あなたは」
「誰に、だ?」
「性格は母親かしら。外見は――――言わないでおいてあげる、あなた自身は確かめようがないことだしね」
「母を……知っているのか?」
「昔ね、会ったことがある。一度だけだけど」
三十年ほど前、フィトラッカ国の王族の結婚式を見に行った時のことだ。
近年稀に見る美男美女で、その上知性に優れ健康にも恵まれて。
国を豊かに幸福に満たすことに、尽力を尽くすと。
夫婦揃って、国民の前で誓いを立てたことで有名だった。
……そして結婚して、しばらく経ってからのことだ。
その国王夫妻に、次々と不吉なことが起こったのは。
夫妻の寝室に、大量の血がぶちまけられていたり。
動物の生首が、中庭にたくさん落ちてきたり。
しまいには、王妃の私物や家具や調度品に至る物全てが。
切り裂かれていたり、粉々に砕かれ壊されていたり。
最初はイタズラかとも思われたが、次第に精神が病んでしまった王妃は痩せ衰え。
床から起き上がれなくなってしまったのだ。
心を痛めた国王は、国に訪れていたディーヴァが持つ不思議な力のことを知り。
助けを乞うてきた。
……だがそこはディーヴァ。
特に力を使うこともなく、問題は解決し。
国王夫妻から感謝され、国賓扱いを受けた後、この国を去った。
それから三十年ぶりに、この国を訪れたのだ。
国王夫妻が誓いを立てた通り、フィトラッカ国は豊かで。
幸福に満ち溢れた、素晴らしい国となった。
それがとても嬉しくて――――だが。
まさかまた、こんなことになっていようとは。
つくづく災難に好かれる親子だと、頭を悩ませるディーヴァだった。
「まぁ、ここじゃなんだから。場所を変えて話をしましょう。――――カダル、周りの奴らを黙らせて。ただし、殺してはダメよ?後始末だけで大変なんだから」
「承知いたしました」
ディーヴァにそう言われ。
酒のせいで、紅潮した頬が明かりの下でかすかに見え隠れさせながら。
瞬時に、指輪から光る弓矢に変化させる。
カダルが光輝く弓矢を構えると。
ディーヴァたちを背に庇い、虚ろな目をした男たちを牽制した。
「さぁ!行くわよ?!早く走って!!」
「ちょっ、あいつはどうするんだよ?!」
「カダルがあんな奴らに傷を負わせられるはずがないでしょう!?あたしの自慢の養い子なんだから!!」
「あんたの!?」
「その話はいいから!さっさと走りなさい!!」
そうこうしている内に、カダルが引き留めている奴らとは別に。
アレスの行く手を阻む奴らが、目の前に出現した。
不穏な空気を漂わせている男たちに、完全に包囲されてしまう。
……誰に操られているのか、予想はつくがとりあえず。
ジリジリと迫ってくる男たちを、どうさばけばいいのか……。
骨の折れることだと、頭が痛くなる思いだった。
数十人の男たちが、機敏な動きで二人に襲いかかる。
……ここは路地裏。
明かりは少なく、人もいない。
敵が手を出してくるには、うってつけの場所だった。
だが、そこをすんなり通さないのが我らがディーヴァ。
なんとか相手の隙を作り、というかカダルが無理やり作り。
その間に、アレスの手を引っ張ってその場から脱出した。
この程度の男たちをあしらえないほど、カダルは弱くはない。
ディーヴァが鍛え上げた養い子なのだから。
男たちに応戦し、ディーヴァたちが安全な場所に行くまで攻撃し続けた。
――――――なんとか攻撃の魔の手を掻い潜り。
二人は浜辺まで逃げたところで、ようやく足を止めた。
アレスは、グデングデンになるまで酔っていたところを。
無理やり走らされたので、止まったと同時に。
砂浜に倒れこんでしまう。
息が荒く、ゼイゼイと言いながら。
砂まみれになることも構わず、顔から倒れこんだのを見たディーヴァは。
思わず笑ってしまった。
……海風が吹く浜辺で、ディーヴァの赤髪が風になびいて……。
今夜は一際輝く月光を、その身に受ける。
気持ち良さそうに、目を閉じるディーヴァの姿――――――美しかった。
口の中まで砂利にまみれ、疲れはて起き上がることも億劫な最中。
これほどの美女に、見つめられれば。
男なら、一度は頬を紅く染めるだろう。
鼓動が早まり、うるさく高鳴るだろう。
アレスは、その典型的な例で。
いい女に出会った時の、男の反応が全て出てしまっていた。
酒のせいも、あるのかもしれない。
だが、どうしても……目が離せない。
引き寄せられる。
手を伸ばして、触れたくなった。
「どうしたの……?」
ディーヴァの頬に手を添え、親指で唇に触れる。
指でなぞり、紅い唇の感触を確かめれば……とても柔らかい。
ここに、口付けたら……どうなるだろう?
どうなってしまうだろう?
こんなに考えるくらいなら、さっさとしてしまえばよいものを。
ディーヴァの目を見て、固まってしまう。
金縛りに合ったように、動けなくなった。
「……欲情したの?」
「ブハッ!!?」
アレスは思わず噴き出してしまった。
恥ずかしいことをハッキリと言われ、ムードも何もあったものではない。
せめて抱きしめることぐらいは、出来たかもしれないというのに!
伸ばしかけた手を、泣く泣く引っ込めた。
「よっ、欲情したのはないだろう!……こういうところで、男と女が二人きりでいるんだぞ?他に言い方があるだろう!」
「ふーん……そう、」