23☆〜炎の舞
「謝ってほしいんじゃないんだけどね。ま、よくよく考えなくてもわかるでしょう?……カダル、わからない?」
この部屋の扉は、中から外へ開ける仕組みだ。
当然、カダルが内に扉を引っ張り。
フォルスが外に向かって引っ張る。
では、カダルがいきなり手を離せば……?
わざわざ口に出さずとも知れる、こういったしつこい相手を黙らせる簡単な方法。
「失礼」
「んっ?!」
そう言って、いきなり扉のノブを掴んでいた手を離し勢いよく扉は開いた。
哀れフォルスはこれまた勢いよく飛んでゆき……壁にぶつかり、気を失ってしまう。
「……なぜすぐに思いつかなかったのか……」
「案外上手くいったわね」
「単純にもほどがあります。やはり私は、この方は苦手です」
「そう嫌うものじゃないわよ、可愛いじゃない?カダルに一途なところとかー」
「こういう方を、一途というのですか?……変質者の間違いでは?」
「ハッキリ言うわね……」
「事実です」
「……あらあら、星が綺麗だこと」
夜空に瞬く星々のことを言っているのか、フォルスの目から飛び出ている星のことを言っているのか……。
どちらともと言えただろうが、とにかく。
邪魔者は消えた。
「さーて、祭りに行くわよ!!」
「……本当に行くのですか?」
「なんの為にこんなにめかしこんだと思っているのよ!今夜は久しぶりに踊りまくってやるわよ!!」
「私は観客と化します」
間髪入れずにそう答えたカダルに、これまた間を入れずに返した。
「ダメよ。カダルはあたしの踊りの演奏の弾き手になってもらうわ、いつも通りにね」
カダルの一番の十八番はシタールだが、ギターやヴァイオリンも得意なのだ。
どんな曲でもお手のもの、あくまでクールに弾きこなす憎い奴。
周りの弾き手も巻き込んでしまえば、さぞ盛り上がりを見せることだろう。
ディーヴァが指をパッチンすれば、早変わりするカダルの衣装。
本当になんでもアリだと、カダルはすぐに諦めた。
……何気に衣装がおそろいだったことが嬉しくて、深く考えないようにする。
二人の衣装の違いは、やはりカダルゆえに肌の露出が少ないところだ。
長袖、長ズボン。
だが黒の布地全体に、品のよい刺繍を施してあって。
頭に巻いたターバンには、銀のコインをたくさん巻きつけ。
腰に巻いたストールは、カダルの髪の色と同じ青だった。
「似合ってるわよ!」
「……遅ればせながら、ディーヴァこそとてもよくお似合いです」
「ありがとう。ちょっと露出が高かったかしら?」
「……確かに、そうかもしれません」
互いに誉め合い評価し合い、どこかおかしなところはないかを確認する。
全身を映す鏡の前で、念入りに確認をするディーヴァの姿に。
カダルは思わず見惚れてしまう。
頬が少し赤く染まっており、熱を帯びる。
それを鏡越しに見つけたディーヴァは、ニヤリと嫌な笑みを見せた。
「あたしに見惚れてるの?」
「はい」
「………………カダル」
逆にディーヴァの方が若干赤くなった。
頬を赤く染めて、それでも瞳はすごく真剣に。
ディーヴァへの想いや、何やらを隠さないので。
聞いた方が、恥ずかしい気になってくる。
「あなたはとても美しい方です。その上で、装いが変わりより一層美しさに磨きがかかり、私は目を見張る思いがします」
「……あたしがいない間に、よっぽどつきまとわれたのね。あの男に」
「王族でなければ動けなくしているところでした……」
ディーヴァへの賛辞を述べることが、カダルの癒しになるようだ。
ついでに抱きしめれば、疲れは一気に吹き飛んでしまう。
それを知ってか知らずか。
笑顔でカダルに抱きつき、カダルもディーヴァを抱きしめ返した。
「お疲れ様。大変だったわね」
「早く終わってほしいです」
「もう少しだけ我慢して、放っておけない事情が出来ちゃったからね。――――さぁ、祭りに出かけるわよ!!」
カダルと腕を組み、一緒にバルコニーから飛び降りた。
正規の扉はフォルスが寝ているし、目立つ二人が出ていったのでは。
侍女や兵士たちに、呼び止められでもしたら面倒だ。
王女の時と同じように、夜の闇に乗じて王宮の中を駆け抜ければいい。
二人なら、それが出来る。
「早く早く!中央広場に向かうのよ、あそこのど真ん中で踊りつくしてくれるわ!!」
「観光客の私共が、いきなりそのようなところで踊って反感を買いませんでしょうか?」
「本当に凄いことに対して、人は自然と敬意を払うものよ。恐れるものは何もなし!」
どれだけの自信だ。
カダルはいつも思うのだが、ディーヴァは本当に誰よりも凄いと思っている。
そこは譲れないカダルだったが。
時折揺るぎない自信に、満ち溢れているディーヴァに。
改めて驚くこともある。
楽しめ、とディーヴァは言うがどうにも小心者な性分ゆえに、気が引けて心の底から楽しめない損な性格だった。
……まともな道を走って行けば、人混みにのまれ。
広場に着くのが、遅くなってしまう。
そう考えたら、建物の上を渡り駆けて行けばいいと思い。
早速実行に移す。
松明が燃え、辺りの人々を照らし。
今が、最高の盛り上りを見せているのだと。
集まっている人たちの、顔を見てわかった。
音楽が奏でられる。
煌めく星空の下、心も踊る音楽が聞こえてくる。
人々の熱気が、伝わってきた。
「なかなか盛況じゃない!」
「人が多すぎて、酔いそうです」
「そう?むしろこれだけ人がいれば踊り甲斐があるでしょう!」
「そういうものですかね」
中央広場に到着した時、ちょうど前の踊り手の舞踏が終わった時だった。
なんとも都合が良いというか、運が強いというか。
着いた早々、早速踊りたいとカダルに告げて。
腕利きの演奏者を捜して、演奏してもらえないかと頼みこんでいた。
祭りの初日ということもあって、さすがに種類を問わず楽器が集まっている。
すると中々の演奏者たちがいて、ディーヴァを一目見ると。
すぐに了承を得られた。
「姉ちゃん、美人だなぁ!」
「見たことねぇ顔だが、観光かい?」
「そんなところよ。……さっきかすかに音が聞こえたけど、なかなかいい腕をしているみたいね。しかも、いい男揃いだこと!」
使い込まれた楽器に、滑らかに動く指使いを見てディーヴァが楽しそうに笑う。
足踏みをし、演奏者たちに合図を送ると中央に向かって歩きだした。
すると、いつでもディーヴァに合わせられるように音合わせをし始めた。
聞き惚れる音の集合体に、観客も思わず耳を傾け足を止める。
そして、ディーヴァがちょうど中心で立ち止まると。
周りの観客や、踊り子たちからのざわめきが強くなった。
良い意味でも悪い意味でも、ディーヴァはすごく目立っていた。
「さぁて。思いきり、楽しむわよ!!」
「はっ!俺たちの音についてこれたらの話だけどな」
そのあからさまな挑発に、あえてディーヴァは全力で乗っかった。
「それはこっちのセリフよ。あなたたち、あたしについてこられるかしら……?言っておくけど、合わせてなんかやらないからね!あなたたちがついてきなさいよ!?」
カダルがずっと身につけている、文字が彫られた指輪がヴァイオリンに変化する。
それを奏で、不思議な音が流れ始める。
今か今かと待ちわびている、周囲の観客も。
さらに期待が増していった。
「曲目は何を?」
「[炎の花]。せっかく舞台のど真ん中で踊るんだもの!演出は最大。お楽しみは最高に!!」
ディーヴァは手を高く掲げた。
それに従い、演奏者たちは。
聞いたことのない曲目を、カダルが弾きはじめた曲の音を聞き分け。
音を合わせる。
さすがはプロの演奏者。
拍手を贈りたいところだが、すでに踊る体勢に入ってしまっているので。
それは叶わない。
心の中で拍手を贈り、ディーヴァも詠唱を始めた。
「『ケン』。たいまつ、その青白く、輝ける炎を知らぬものはなし。高貴なる者が館でくつろぎ、そこで焚かれしものなり!」
掲げられた手のひらに、一つの炎が浮かぶ。
それはゆらゆらと揺れながら、次第に数を増やし。
ディーヴァを囲むように、均等に並び。
どんどん広がっていった。
まるで、狐火のように。
人々から驚きの歓声が上がる。
それに伴い、ディーヴァも踊りを開始した。
最初はゆったりと、穏やかに始まった曲も少しずつ少しずつ早まっていく。
これは、人の鼓動。
熱く激しさを増し、次第に速まっていく。
いつの間にか、ディーヴァを中心に。
周りの人々がスペースを作り、踊る為の広さは充分なものになっていた。
――――――始まる。
炎、と言っても熱くはない。
当たっても火傷はしない、不思議な炎。
それらがディーヴァの動きに合わせ、空高く舞い上がり。
一つになってまた増える。
炎と軽やかな音楽と共に踊り舞う、ディーヴァ。
人々を魅了し、音楽と一つになり。
盛り上がりは最高潮にまで達する。
身につけたコインの音、巻きつけたストールの擦れる音が。
ディーヴァの踊りが激しくなっていくほど、辺りに響く。
歓声、喝采、集まる人々。
広からず狭からずの広場に、一体どこからやってきたのか。
多くの人が、ところ狭しと集まって。
ディーヴァの踊りに夢中になって、見惚れていた。
……段々と、曲が静かになっていく。
ゆるやかな曲調になり、次第に炎も収束し始め……。
ディーヴァの手のひらに、一つを残すだけとなった時。
その炎を、自分の足元に投げ落とす。
炎は爆発し、ディーヴァの姿は広場から消えた――――そう思ったら。
ひらひらと、観客に降り注ぐたくさんのトゲの無い赤い薔薇。
辺り一面に、まるで雨のように降り注ぐ薔薇を見て、集まっていた人々から大きな拍手と喜びの声が上がった。
「すっごーい!!」
「どうなってんだ?!どこからこんなに……」
「――――綺麗……っ!」
……その様子を、建物の上から眺めるディーヴァとカダルの姿があった。
「あー!楽しかった!!」
「お疲れさまでした」
「疲れてなんかないわよ、むしろ体力が有り余ってる感じ?」
「……ほどほどにしておいて下さい」
手にした薔薇を鼻に近づけ、香しい芳香に酔いしれる。
興奮醒めやらぬ中で、ひときわ香るようだった。
「さーて、次はこの国特産の酒を飲みに行くわよ!フルーティーなものが多いらしいんだけど、強い度数のものもたくさんあるらしいから楽しみね〜!ふふっ」
長年生きているので、初めのうちは全然飲めなかったが。
だんだんと慣れてきて、今ではすっかり酒豪になってしまった。
「カダルも飲みなさいよ?飲まないことは許さない」
「……帰ってもよろしいですか?」
「ダメに決まっているでしょう?さっさと行くわよ、誰かにいい店を聞いてみようかしら……」
このまま帰りたくとも、帰れない状況だ。
王宮に帰れば、あの男が待っている。
すなわち、一人で相手をしなければならなくなる。
……地獄だ。