22☆
「話の内容によるな。……胸に溜め込んでるもの全部、吐き出してしまえ。そうすれば、多少は楽になれる」
ずっと誰かに話したかったこと、胸の内で引っ掛かっていたこと。
誰かに話していいのなら、この人に話したい!
……アルベルティーナは、泣きながらではあるが。
意を決して話し始めた。
「っ……わたくし、このままでは死ぬの!死んでしまうの!!だからっ……お父様たちの誰かが、わたくしの異変に気づいて……助けに来てくれるって……そう、思っていたのに……っ!」
「……ここに、俺以外の誰が来て何を言った?」
ディーンに言われ、思い出す時間もかけず。
顔を上げ、瞳に一杯の涙を溜めて。
口に出そうとする。
だが嗚咽のせいで、今まで伝えられなかったことを。
口にしたくとも、上手く出せない。
それでも、ディーンの胸元にすがりながら。
必死に声を出し続けた。
「わたくしは……わたくしは……っ、生け贄、だと。新しい国王を誕生させる為の、人柱なのだと……っ!!」
「そう、ハッキリ言われた?」
「間違えようがございませんっ!!わたくし……わたくしっ、死にたくない……!」
「あぁ!泣くな泣くな、大丈夫だ。大丈夫だから、泣くな」
指で涙を払いのけ、赤くなった頬にソッと口付けする。
昔はカダルも、これでよく泣きやんだものだから。
つい同じようにしてしまったのだが……やはり泣き止んだ。
アルベルティーナは、驚いたようだったが。
……やがて、蕩けたように瞳は別の意味で潤み。
だんだんと、ディーンに顔を近づけてきた。
「?どうした」
「……あなた、素敵な方ね」
「え?……ありがとう」
「優しい……あなたはとても、優しい人だわ」
「そこまで言われると照れくさいな」
「……もう少し、早く会いたかったな……」
死にたくない、逃げ出したい。
ここは美しい場所、夢のような世界なのに。
思うこと、考えることは一つ。
優しい家族がいる世界に、帰りたい。
独りは嫌だ。
「独りは……嫌、怖い……っ、恐い!助けて――――」
夢はいつか醒めるのに、この夢はいつまでも醒めてくれない。
しかも起きれば、自分は死ぬ。
死ぬことが決まっている。
大切な人たちと、言葉を交わすことも出来ず眠るように死ぬのだという。
「誰に言われた?」
アルベルティーナは、無言のまま首を振る。
涙を流し、悲しげな顔を見せながらも。
言えないと、そう言った。
「あの者の素性を言えば、わたくしの家族を殺すと言いました!わたくしがここで死に、朽ち果てるまで……。あの者は、わたくしを逃がさないとも……」
苦しそうに、生えている花を握りしめあがきもがく。
「助けて」
ディーンの服にしがみつき、助けを乞う。
か細い声で、真っ赤に腫れ上がった目元を隠すこともせず。
ただひたすらに。
助けて欲しいと、願った。
「わたくしを、助けてっ……わたくしの家族を、助けて下さい!!」
「いいよ」
アルベルティーナは一瞬、自分の耳を疑った。
あまりにも簡潔に、簡単に、たった一言だけ言ったものだから。
了承してくれたのか、それともしなかったのか。
判別出来なかったのだ。
「……今、なんて?」
「助けてやろう、南国の姫君。……家族も何もかも引っくるめて、俺が助けてやる!」
「本当っ!?」
「あぁ、本当だ。俺は『なるべく』嘘はつかない」
そこで『絶対』に嘘をつかないと言っておけば、格好がついたのに。
さりげなく、本音を洩らして。
ここにカダルがいたなら、氷のように冷たく突き刺さる突っ込み代わりの視線を。
体に浴びせられたことだろう。
しかし突っ込み不在の今、誰にもディーンは止められない。
ニカッと、まるで大陽の光のように眩しい笑顔で。
アルベルティーナに応えてみせた。
「可愛い子の頼みには弱い、特に好みの女の子なら最強だな!」
「えっ……?」
この清らかで愛らしい、アルベルティーナに。
涙ながらにお願いされたとあっては、断ったら男が廃る!!
……などという、妙な男気を発揮したという訳ではなく。
ただ単に、この国で起こっている問題を解決したい。
いつもの仕事の延長、大切な者たちが関わった国の問題だったから。
……ただ、それだけのことだった。
「……わたくし、ディーン様の好み、なんですの?」
「家族思いの優しい子で、無邪気で健気で……とても愛らしくて。俺じゃなくても、好きになる男は山程いるぞ?」
「わたくしを、好きに?」
「アルベルティーナの前に膝まずき、許しを乞い、愛を囁く男はきっと山程現れる。目覚めれば、そんな男がわんさか溢れ出てくるぞ?見物だな!」
……ずっと、ずっと一人で恐かった。
このままここで、自分は死んでいくものだと思っていたから。
だけど、大丈夫。
きっと大丈夫、この人が助けてくれる。
根拠はないけれど、信じたい気持ちが強かった。
「一人でよく頑張っていたな、偉い偉い」
頭をよしよしと撫でてやりながら、ニコニコと笑う。
その笑顔でタガが外れたのか、アルベルティーナはまた一気に涙を流した。
まるで小さな子供のようだと、ディーンはまた笑みがこぼれる。
「だ、だって!わたくし、何も……何も、できなかっ」
「アルベルティーナが完全に諦めていたら、この場所にも来られなかった。来られなかったら、これから起こることの為に道を作ることも出来ない」
「道?」
「そう、道」
笑うディーンは、どこか胡散臭い。
しかし、世間知らずの箱入り娘はその笑顔すら眩しく感じられた。
尊いものに見えたのだ。
思わず見惚れていると、いきなりズイッと顔を近づけてきたので何事かと驚いた。
「――――と、いうわけで〜……これは行きがけの駄賃」
おままごとのような、可愛らしい触れる程度のキスを、アルベルティーナに。
この行為は、アルベルティーナを目覚めさせる為に必要なこと。
後、味見がしたかった。
それだけである。
「あ、の……!?」
わかりやすいくらい、顔がゆでダコのように真っ赤になってしまったアルベルティーナ。
耳まで真っ赤になって……スカートを握りしめる。
わかりやすいくらい、物凄く、恥ずかしがっている。
初だ、初過ぎる子だ。
ディーンは少しばかり、罪悪感が沸き上がった。
本当にほんの少しだったが。
「わたくし、は……初めて、でした、のよ?そのぅ……こんな、こんなこと……っ」
「キス?」
「仰らないで!恥ずかしい……っ!」
両手で顔を隠し、精一杯見られまいとする姿に。
胸のトキメキが五割ほど増した。
女の子らしくて、可憐で……繊細で。
愛らしく、夢を見続けることを許された美しい王女様。
……自分とは、あまりにもかけ離れていて。
ある意味、眩しい存在だった。
新鮮で、今が一番輝いている若い女性。
一緒じゃない、一緒ではない。
『私』とは違いすぎる。
「次のキスは、起きた時だね」
「行ってしまわれますの!?」
「俺が起きないと、君を起こしてやれないぞ?……そう心配するな、すぐに起こしてやる。今すぐ、って訳にはいかないがな」
「……約束、して下さいますか?」
「あぁ、約束だ。指切りしてやってもいい」
ディーンが茶化すように小指を差し出し、それに応えて自分の小指を絡め、ようやくディーンに向けて笑顔を見せる。
花園での約束、誓いは成された。
「約束です、ディーン様」
「誓いは果たすよ」
笑顔を互いに向けたまま、相手の姿が遠ざかっていく。
目を閉じて……いつの間にか起きた時には。
アルベルティーナの、ベットの上だった。
「あー……、まだ侍女も目覚めていないか」
どうやらそんなに、時間は経っていないらしい。
祭りの音楽が、この部屋まで風に乗って聞こえてくるということは。
少なくとも、祭りの中盤ぐらいの時間帯だろう。
これならまだ間に合うと、先ほどまでの紳士な態度をおくびにも見せず、入ってきた窓から抜け出した。
「カダルはー……待ってるだろうな」
やけに落ち込んでいたのが気になる。
今から祭りに行こうというのに、暗い顔では楽しめない。
……ふと、塔から落ちながら壁に咲いているオレンジの花に目が留まり。
それをいくつか摘み取る。
そして、サファイアを上手く吐き出したと同時に。
ディーンはディーヴァに……女に戻る。
赤毛で、褐色の美女の姿に。
その際に、髪にオレンジの花を飾り服も魔法で早着替え。
厚めの黒の布地で作られた、胸元が大きく開いた袖無しの服に下は。
金のコインをたくさん着けた、ヒップスカーフを腰より少し下に巻きつけ。
下着のような黒の衣服を穿く。
アクセントに、淡いピンク色のストールも腰に巻きつけ。
頭に黒のターバンと先ほどの花と、大きな羽飾りを左側に一枚飾って。
靴は衣服と同じ素材で作られ、金の刺繍が入っている。
祭りの為のおめかしは、これでバッチリだ。
カダルにも似合いの衣装を着せてやらねば!
と、俄然意気込むディーヴァを余所に、カダルは今――――――――人生の中でおそらくきっと、七十番目か八十番目くらいのピンチを迎えていた。
微妙なピンチ具合である。
「困ります」
「しかし、昼間の詫びをしたいのだ!」
「結構です、詫びなどいりません。もう何もいりません、お構いなく」
「そうはいかん!昼間の分も取り返して、夜の祭りに共に繰り出そう!!」
「人の話を聞け!!」
予想通りというか、単純というか……。
フォルスがカダルとのデートを、途中で取り止めたことに対して償いたいと言い出し。
部屋まで押しかけてきたのだ。
扉を力ずくで、それこそフォルスの指が挟まろうが頭をぶつけようが。
知ったことではないので、全力で閉めようと試みる。
だが、相手は仮にも男。
そう簡単に、扉を閉めさせてくれるほど柔ではなかった。
……フォルスの腹に一撃加えてやろうかとも思ったのだが、さすがに現行犯はまずい。
こんな時、ディーヴァなら簡単にあしらえるだろうに。
自己処理出来ない、己の不甲斐なさに腹が立つ。
イライラしていると、バルコニーがある背後から声が聞こえた。
「あら、面白いことになってるじゃない!」
「ディーヴァ!!」
バルコニーから出ていって、バルコニーから帰ってくるディーヴァは律儀(?)である。
部屋の扉で、すったもんだを繰り広げている男たちに。
クスクスと、可笑しそうに笑いを溢す。
笑っていないで、なんとかして下さいと。
か細くお願いしてきたカダルに。
ディーヴァは相当参ってるなと、多少なりとも同情した。
「調子が狂ってるんじゃないの?いつものカダルなら、これくらいのことを苦難とか困難とか言わないはずよ」
「……申し訳ありません」