20☆
「はい。この部屋からは、海がよく見えるそうです。…………余計な物が部屋の中に多く存在しますが、お気になさらないでください」
「あら、カダルによく映える調度品ばかりじゃない。わざわざ揃えたんじゃないの〜?美しさは罪ね」
わざとらしく、触れてほしくない話題にわざわざ触れるディーヴァは、鬼である。
ベットから離れ、バルコニーに向かいながら。
含み笑いをカダルに見せつつ、柱にもたれかかった。
夕陽に照らされて、ディーヴァの自慢の脚線美が眩しい。
……別の意味でも、妙にディーヴァが眩しく見えて仕方ないカダルだった。
「今は宿も祭りのおかげで、どこもいっぱいでしょうしね。この部屋を提供してもらえてちょうど良かったわ」
先ほどの港でも、観光客が大勢訪れていたのを見たから。
おおよその見当はつけていた。
……最悪、野宿だったかもしれない。
この時期に宿屋がガラ空きだったら、それはそれで問題だろうが。
泊まる場所に、困らなくなったことに安堵したディーヴァは。
外の景色を眺めながら、本当に唐突に。
カダルに質問を投げかけた。
「カダル。この国のお姫様の話、聞いたことある?」
そんな質問を尋ねてきたディーヴァに、カダルは訝しげに見つめた。
フィトラッカ国の姫君。
王族唯一の王女殿下。
ここ数年の間、王と王妃の愛娘である第一王女のアルベルティーナは。表に一切姿を見せていないと、噂になっている。
フォルスと別れた後、カダルなりに色々と調べたらしい。
重い病に伏せっていて、ディーヴァたちが今いる王宮の本殿から。
少し離れた高い塔の一番上にある一室で、長い間療養中だというのだ。
本殿と同じ、真っ白な石で作られた細めの塔で。
王女への、せめてもの慰めにと。
壁に蔦が生え、淡いオレンジの花を咲かせている。
王女がいる部屋の窓からは、花に囲まれ。
静かに眠る、アルベルティーナ姫の姿が見えるらしいのだ。
……もっとも、その姿を見られるのは。
大抵空を飛べる鳥ぐらいのものだが。
後は、かなり不審人物にしか見えないが宙を浮ける魔法使いとか。
ちなみにディーヴァがこの話を知ったのは、アレスの深層心理に入った時に情報が流れこんできたのだ。
抜け目がない。
「いいわよね〜!これぞ、お伽噺の定番!花が咲き誇る塔の一番上の部屋で眠るお姫様。王子様のキスで眠りから目覚め、二人は一目で恋に落ち……いつまでも幸せに暮らしましたとさ!」
「――――――物事を遠回しに言っておられますが、何を企んでおられるのですか?」
「夜這いに行ってくるわ」
……………………どこかで鐘の音が鳴った。
遠くまで響く、壮大な鐘の音だ。
『祭り開始を告げる、鐘の音が鳴りましたね』と……。
何も聞かなかったことにして。
カダルは、ディーヴァと同じように外を眺めた。
そして、完全に夕陽が海に沈んだのを確認すると。
「そうね、三日間しか開かれない祭りなんだもの。思いきり楽しんで―――――って、話をはぐらかさないで」
真面目に言ったつもりだったのに、聞き入れてもらえないとは悲しいものだと。
お茶目っぽく、泣き真似もしてみたが。
カダルに対しては、あまり意味はないようだ。
むしろ、さらに真面目に冷静に返され。
冗談が通じないことを、さらに嘆く結果になる。
「あなたの趣味にとやかく言いたくはありませんが、せめてまともな恋愛をしてはもらえませんでしょうか?よりにもよって、なぜあの姫君なんですか!」
「あたしはいつだって真面目でまともよ。いくらなんでも、病人にどうこうする気はないわよ〜ほほほ」
「目を逸らしている時点で怪しいものです、あと女同士ということには触れないんですね」
「あら、あたしに性別のことを聞いちゃう?……そんな無意味なことを」
カダルが脱がしてくれていたので、裸足だったディーヴァは。
ペタペタと、音を響かせながら。
カダルの前を通りすぎ、再びベットの前まで歩いていく。
そして立ち止まると、くるりと回りワンピースの肩紐に手をかけた。
いきなり服を脱ぎだしたので、慌てて体の向きごとディーヴァから逸らし。
事が終わるのを大人しく待つ。
「小袋から取り出したるは、青の奇跡を讃えたサファイア〜!」
丸い形にカットしたサファイアを、呑み込むこと数分。
鼓動が強く脈打って、段々とディーヴァの姿が変貌していく。
体は筋肉質になり、肩幅は広く。
背も高くなって、顔つきも凛々しくなった。
『男』の姿のディーヴァが、そこにはいた。
その上で、黒いオニキスをさらに呑み込んでいたので。
青みを帯びた、褐色の肌に変化した。
魔法を身につけていくにつれ、性別すら。
変えられるようになってしまったのだから。
本当に、凄い世界に成長したものだと。
初めて男に変わった時、ディーヴァは目尻に涙を浮かべたものだ。
赤髪の癖毛はそのままで。
今度は肌がこんがり焼けた、明るい笑顔が似合う青年がそこにはいた。
いつの間にか、きっちりこの土地特有の男性用の白い衣服を着ていて。
その上に、黒い布地で細かい蔦模様の金の刺繍が縫われている、ベストを纏っている。
深窓の姫君を怯えさせないように、首の刺青を隠せる幅の、銀のチョーカーを身に付けた。
完全に、男になったことを確認出来たら。
ずっと後ろを向いていたカダルに、声をかける。
「ふっふっふっ、どうだカダル!いい男ぶりだろう?」
「………………正直に答えても、怒りませんか?」
「何を言う気だ?!」
「いえ、すでに慣れたとはいえ……元々は女であったあなたが男に変化し、あまつさえ……これから一国の姫君の元に夜這いに行くなどと……!考えただけで、目眩がします……っ」
カダルは正しい、何も間違ったことは言っていない。
好いた人が自分と同じ男になってしまった。
(カダルにそっち系の趣味は今のところない)
しかも、堂々と夜這いに行くと宣言。
(目の前に、女ではないがいつでも心の準備OKの自分がいるというのに)
その上相手は、一国の姫君+病人。
何かがあってからでは遅い。
むしろ、ディーヴァが何かしそうで怖い。
止めようにも、止まらないのがディーヴァという人である。
ましてや、今まで止められた試しのないカダルにとって。
成り行きを、見守るしかないのだと考えれば。
とても……胸が苦しかった。
心の中のどこかで、諦めるしかないのだと。
無理やり自分を、納得させようとするのだが。
こういうことは、理屈ではないのだ。
……今はまだ宵の口。
もう少し、時間が経ってからでもいいのではないかと。
提案して時間を稼ぎ、向かう気持ちを削ごうと試みるものの。
姫君以外の人間がいても、眠らせるから問題なし!という返答が返ってきた。
全然、問題アリだ。
「これは、どうしてもやらなければならないことですか?」
「どうしても、やらなければならないことだ!……何も心配することはない、やるべきことを終えたらすぐに戻ってくる。そうしたら、祭りに行こう!」
「祭りにも行く気なんですか!?」
「当たり前だ!あっ、その時には女に戻っているから安心しろ」
安心出来ない。
事を起こした後で、祭りを楽しむことなど出来るはずがないというのに。
カダルが元気なくうなだれていると。
心情を察してか、そうでないのかは分からないが……。
男らしい大きな手で、グワシグワシとカダルの頭を撫でた。
その上で、とても優しい声で心配してくるのだ。
狡い、人だ。
卑怯な人だ。
決してディーヴァに逆らえないことを、知っているくせに。
それでも、上手く言いくるめて取り止めてはくれない。
酷い人だ、ディーヴァという人は。
「お前は昔から心配性だったからな……。そんなに俺のことばかり考えるな、たまには自分のことを考えて好きに過ごせ」
「……御言葉を返すようですが、私ほど自分のことばかり考えている男は他におりません」
物心ついた時から、ずっと……そうだった。
自分とロアーの為に、やらなければならないことを後回しにしてまで、側にいてくれた人。
時に恐縮するほど厳しく、時に泣きたくなるほど優しい。
そして…………いつだって、温もりをくれた。
大好きだと言って、抱きしめてくれた尊い人。
その人の、側にいたいとずっと離れずどこにだってついていった。
ディーヴァの迷惑を省みず、ただひたすらお慕いして――――
そんな自分は、ひどく身勝手な男だと思う。
今も、ディーヴァには思うところがあるから行動に移すだけであって、決してやましいことは……無いとは言い切れないが。
ディーヴァには、ディーヴァの考えがある。
それを邪魔する権利は、自分には無いというのに。
身勝手なのは、自分だ。
「(勝手に嫉妬して、心をかき乱されるのは自分の勝手だ!ディーヴァには関係ない、関係ない……!!)」
己を律し、いつものように送り出そうと心に決めたその時だった。
またディーヴァは、狡いことを言ったのだ。
「お前は優しい子だよ。いつもいつも、俺のことを気にかけている。心配している。……もっと楽な生き方があっただろうに」
幸せになってほしいと、いつも切に願っている。
そう思わない日はない、愛し子の未来。
カダルの頭をさらにポンポンと叩くと、歯を食いしばりながら俯いてしまった。
さすがに泣いてはいなかったが。
気分が落ち込んでしまったんだろう。
そんな養い子の頭に、大きな布を被せ。
視界を奪い、素早くバルコニーから外へ飛び出した。
まじまじと自分が見ては、なんだか少々気まずかったからだ。
高い場所から飛び降りて、見事に着地すると。
闇の中を、ただひたすら走って駆け抜ける。
途中で警備の兵士もいたが。
ディーヴァのあまりの足の速さに、一陣の風が吹き抜けた程度にしか思われなかった。
この南国の国では、夜でもほんのり爽やかな風が吹く程度で。
暑くはなかったが、少しだけ肌寒い。
だがそんな中でも、甘い花の匂いが風に乗って。
ディーヴァを、姫君の元に誘った。
――――闇に乗じて、多くの兵士の目を掻い潜り。
建物の影に隠れたりして、やり過ごし。
とうとう、目的の塔にたどり着いた。
王宮の本殿から、さほど離れていなかったことが幸いした。
間近で見ると、やはり見上げてしまうほど高い塔だ。
入口は見えないが、おそらくは巧妙に隠しているのだろう。
見つけだすのは簡単だったが、今回は塔の中にいる住人に気づかれずに近づきたい為。
真正面からは入れない。
ならば、残る道は一つしかなかった。
「さーて、登るか!」
最小限の力を込めた足で、軽く蹴るようにして壁を登っていく。
壁を蹴る音も小さく、動きも速いので。
兵士の誰にも気づかれていない。