表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/78

16




「あら、まるで心を奪われたような言い方ね。あたしに一目惚れしたなら、そう言えばいいのに。……存外照れ屋な性分なの?」

「断じて違う!俺はお前のように毒々しい女ではなく、この女のようにたおやかで優しげで儚げで……男なら誰しも守ってやりたくなるような。そんな女が好ましいんだ!!」


 NGワードが聞こえた。

聞いてはいけない、聞こえてはいけない単語をディーヴァは聞いてしまった。


『この女のように』


 ディーヴァではないことは確かだ、否定されたばかりなのだから。

まさかと、カダルの方へ視線を向ける。

すると、途端に敵意のある目をディーヴァに向けてきた男を見て。

ハッキリと、確信する。


「あなた、カダルのような人が好みなの?」

「認めてしまえばそうなるが……ハッキリ言って、かなり好みの女だ!」


 この男は、カダルを『女』と勘違いをしている。

確かに、カダルは線が細すぎる男だ。

女と見えないこともないだろう。


 カダルの外見は、捨てられていた大木の葉と同じ、青い髪の。

肩より少しだけ長い髪の持ち主だ。

高貴さを称えた紫の瞳で、佇まいは厳かで物静か。

夜空に浮かぶ、冷めた青い月を連想させるような青年だ。


 確かに綺麗な顔をしているが、女に見えなくもないが。

こうもあからさまに女と言われたのは初めてで、カダルよりもディーヴァの方が驚いていた。


 ……それとこれは、憶測でしかないのだが。

カダルはディーヴァとは違い、服はいつでもどこでもどんなところでも。

きっちりかっちり着込み、肌を極力見せない。

この常夏の国でも、それは例外ではなかった。


 それゆえに、体のラインが隠れてしまい。

より女のように見えたのでないか、というものだ。

もちろん、胸はまっ平らだが。

貧乳な女なら、いくらでもいると思われているのだろうか。

どちらにしろ、カダルにとっては迷惑な話である。


 対して、抱きついてきた青年というのが。

大陽にも負けない、黄金の輝きを放つ金髪に。

自信に満ち溢れた、マリンブルーの瞳をあわせ持つ。


 陽に焼けた肌を人目に晒し。

首やら耳やら、指にもジャラジャラと高価そうな宝飾品を身につけていることから。

身分の高い男と伺えた。


 まるで灼熱の大陽。

ある時には、人々はその陽の暖かさに触れ。

またある時は、照りつける陽射しに憎しみを覚える。

そんな男に思えて、仕方なかった。


「女!名はなんという?」


 先程ディーヴァが、名前を連呼していたというのに。

不遜な態度はそのままに、カダルに名を尋ねる。


 立派な青年だが、無邪気な笑顔を見せ。

そこはまるで子供のように見えた。

関わりあいにはなりたくないが、逃げるタイミングが掴みづらい。

どうすべきか悩んだ末に、カダルはディーヴァにどうすべきかを問うた。


「……教えてもよろしいでしょうか?それとも、このまま黙って立ち去りますか?」

「そうねー……」

「何をごちゃごちゃと話している?名を尋ねているんだ、さっさと答えろ!」

「その上から目線の態度、気に入らないわね。人に名を尋ねる時は、自分から名乗るのが礼儀でしょう?」


 ツカツカと、カダルの側まで歩いて行き。

腕を引き寄せ、仲良く腕を組む様を男に見せつける。

その際に、踵の高い靴を履いていたので。

思いきり、男の足を踏んづけてやった。


「っつ!!?」

「無礼な口をきく奴には、それ相応の罰を与えよ、……ってね!」


 グリグリと踏みつけるおまけ付き。

一通り踏みつけたら、満足したのか鼻を鳴らして男から離れた。


 男は声にもならない叫びを上げて、踏まれた足を押さえその場で呻く。

そのやりとりや光景を見ていた、周りの地元民たちが。

青ざめた表情を浮かべながら、無言で首を横に振り。

止めろ止めろと手まで振って、ディーヴァをやめさせようと必死だった。


「あなたたち、口がきけないの?それともそういう芸風?……あまり面白くないわね」

「あ、あんたら!まずいよ……っ!あの方はねぇ……っ」


 コソコソと駆け寄ってきた街の人間が、話があると。

慌ててディーヴァに耳打ちしてきた。

だがそれを遮り、カダルが街の人間の前に出てきて代わりに話を聞く。

街の人との身長差はかなりあったが、カダルが屈めば事なきを得た。

カダルの耳元に街の人の唇が近づく。

それを見た呻いていた男が、カダルに近づく街の人間を見つけた途端に。

凄い剣幕で怒鳴りつける。


「貴様ーーーっっ!!俺の惚れた女に近づくんじゃない!処刑されたいのかっ!?」

「ひいっ?!滅相もございません!!」


 そう叫ばれて、カダルに色々教えてくれた街の人は脱兎のごとく逃げだした。

それを気にする素振りも見せず。

カダルは今度は、ディーヴァにこの無礼過ぎる男の話を耳打ちする。

正体というほど、大げさなものではないものを。


「へぇ〜……あれがこの国の王子様なのね。確かに、見た目“だけ”はいいけれど……中身は珍妙だし。面白いわ」

「名前はフォルス=アルベルド。第二王子だそうです」

「確かこの国は、王子が二人に王女が一人だったわよね。……そう、あれが第二王子なの」


 あれだけ尊大で横柄な王子は、珍しくはないが。

人を見る目がないことも重ねて、彼は『阿呆王子』の称号が相応しい。

一連の行動や言動に、王族としての威厳や立ち振舞いを感じさせないフォルスに、ディーヴァは笑いが堪えられない。


 しかし、どれだけの痛みを与えられようともまだカダルに向かおうとするその根性に対しては、賞賛の言葉を贈ってやってもいい。

フォルスの耳元に唇を寄せると、甘い睦事を囁くように質問を投げかけた。


「カダルのこと、口説きたいの?」


 カダルに知られぬように、ヒッソリと。

男の耳元で囁きかける姿は、別の角度から見ればまるでキスのワンシーン。

民衆がざわつく中、カダルの視線をやけに冷たく背中に感じながら。フォルスに再度尋ねる。


「カダルに、惚れたわね?」

「俺の理想の女だ!!」

「そこまでハッキリ言ってしまうの?まだまともに話してもいないくせに。……しかも相手の迷惑も考えないで抱きついて」

「だって、我慢出来なかったんだ!あんな風に、物静かでたおやかでしとやかで……風に揺らぐ柳のような、涼やかさがある女が好きなんだ!!それに、あの微笑み……たまらない!」

「……熱く語ってくれているところ悪いんだけど。あのね、カダルは……」

「お前はあのカダルという女の友人か何かか!?どう見ても、肉親には見えないしなー……」

「余計なお世話よ!」


 その真っ直ぐ過ぎるところ。

好感触に思う者もいるかもだが、自らの阿呆さを見せた愚か者とも言える。

よりにもよって、カダル(男)に目をつけるとは。


「どーしても、カダルとお近づきになりたい?」

「なりたい!!」


 間も空けずに宣言したあたり、相当のぼせ上がっているのだと断言出来る。

ここで下手に刺激してもマズイと考えたディーヴァは、ある策を高じることにした。


「――――ま、何事も経験だし。口説いてみれば?あたしは反対しない、なんだか気が抜けちゃったしね」

「いいのか?!」

「いいわよ。落とせる自信があるなら、口説きなさい。もっとも、カダルはかなり手強いわよ?」


 ディーヴァの許可を得て、フォルスはタガが外れたようにカダルの元へ一直線に走った。

喜びに溢れた表情で、猪のように突撃してくるので。

……カダルはあくまでも冷静に、冷静に。

涼しい顔のままでフォルスの腕を掴み、走ってきたその力を利用して華麗にその体を背負い投げた。


 綺麗に遠くまで飛んで行き、哀れフォルスは海沿いに作られていた手すりにぶつかり、また呻き声を上げそのまま海へと落ちる。

大きな水しぶきが上がった。


 一部始終を見ていた、通りすがりや地元民たちが唖然としている中。

さっきまで、海に落ちた男たちを救出していた小舟の主たちが。

まさか、王子様を救出する日が来ようとは夢にも思っておらず。

慌てて、どんどん海の底に沈んでいくフォルスを助けに向かった。


「ちょっと、いいの?あんなに熱烈な求愛者にあんなことしちゃって」

「ディーヴァこそ、足を踏みつけたり色々なさったではありませんか」

「あたしはいいのよ。あんなのは、子猫に踏まれたようなものでしょうし」


 猫は肉球がたまらなく気持ちが良いが、時折鋭い爪を出す。

そのようなものなのだと、ディーヴァは言うが。

やはり、ピンヒールで踏まれればかなり痛い。

どっちもどっちだとカダルは思うが、そこは口には出せなかった。

珍しくニコニコと、機嫌が良さそうに笑っているディーヴァを目の当たりにして。

背筋に寒いものが走ったからだ。


「あたしはせめて、開催された祭りを楽しみたいと思ってる」

「………………」

「ここであの王子様に邪魔されたら、楽しめるものも楽しめない」

「……っ……!!ディーヴァ、」

「第二王子様の心意気を買ってあげたら〜?一回だけでもデートしてあげて、贈り物をせしめ…………もとい。夢を見させてあげて、それから男だと教えてやりなさい。情けや優しさを兼ね備えた男こそ、いい男の条件よ!」

「……ですが、ディーヴァ!!」


 悲痛な表情を見せ、『それだけは勘弁してくれ』と顔に書いてあった。

それもそうだろう。

軽薄そうで馴れ馴れしい、それはカダルのもっとも不得手なタイプの男だった。


 しかも身分ある男だというのだから、面倒が起こることは明白。

ここはさっさと逃げて、これ以上関わりあいにならないようにするのが。

カダルとしては良策と言えた。


 ……だが、ディーヴァがそれを許さない。

カダルの頭を優しく撫でながら、低い声でこう言った。


「王子様とデートしてあげなさい。じゃないと、二・三十年くらい一人で旅をしちゃうわよ?」


 ――――――――心の底からお慕い申しあげ、尊敬し、仕えている身の上として。

最高の笑顔で、そんなことを言われてしまったら。

カダルが、血の涙を流そうが吐血しようが。

断腸の思いで、願いを聞き入れることしか出来ない。

たとえ、ディーヴァが満足する幾日かを第二王子と過ごさなければならないとしても……っ!!


「仰せのままに……っ!」


 泣く泣く、カダルは了承する他はなかった。

カダルがそう言うことを見越して言っているのだから、ディーヴァという女はまさに鬼である。


 ――――あれから、城から換えの衣服と宝飾品を持ってこさせ、早々に着替えたフォルスと話をつけ、この国にいる間は夕方までならカダルを貸し出すということで納得させた。


 それだけの時間があれば、充分口説けると踏んだのだろう。

フォルスは快く了承した。


「大切にする!幸せにするぞ!!」

「まぁ、気の早い阿呆だこと。それじゃあカダル、夕方に中央広場で待ち合わせね。……宝飾品でも服でも小物でも、好きな物ねだってせいぜいたかってやりなさいな」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ