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15☆




 祭りは三日間続き、見事に三日連続で中央広場で踊りきった者が現れれば。

フィトラッカ国の国王から、祝福を受けられる……のだが。

フィトラッカの長い歴史上、祭りの間踊りきった者は未だかつていない。


 我こそはと、それこそ躍り出る者が後を絶たなかったので。

踊り子が入れ代わりで踊るというのが、大半だった。


「ロアー、あの小島に降りてちょうだい。さすがにこの格好じゃ、浮いて仕方ないから。着替えるわ」


 フィトラッカの本土から、少し離れた小島にロアーを着地させると。

一人だけ素早く降りて、準備をする為に二人には少し待っていてもらう。


 最初は、普通に観光客として楽しみたかったディーヴァは。

なるべく、普通の格好に着替えることに決めた。


 降りた場所から、少し歩いたところに。

小さな泉が湧いている場所があったのを、上空から確認していたので。

その場所に、素早く向かう。


 藪をかき分け、どこからか聞こえてくる鳥の声を聞きながら。

透き通る水が湧き出る小さな泉にたどり着いた。

泉の前で適当に腰を降ろすと、持ってきた荷物の中から小さな皮袋を取り出す。


「さぁて、変わりましょうか」


 小袋の中に入れていた、たくさんの種類の小粒の宝石たち。

その中から、血のように紅いルビーを取りだし。

持ってきていた桶に、泉の水を汲みその中にルビーを入れ。

ディーヴァの力で、赤い水へと変化させる。


 ディーヴァの外見は、この世界の始まりを作った子供たちに、変えられたものだから。

勝手に変えられるはずがなかった。

それを、宝石を媒介に使うことで。

髪の色や瞳の色、肌の色まで変えることに成功したのだ。

ディーヴァは中々の努力家だった。


 紅い水に髪を浸し、吸い上げるようにして。

髪の色が段々と、燃えるような赤髪に変わっていく。

髪の色を変えると、ストレートの髪型は飽きたので、緩くウェーブをかける。


 後ろの髪を一束だけ、宝石の付いた髪飾りで留めて。

身に付けていた宝飾品を、跡形もなく消し去り。

代わりに、軽くて薄い金で作られた飾り細工の、腕輪と足輪を身につけた。


 そして、現地に習い白のワンピースを着る。

左脚の方に、深い切り込みが入っていて。

脚が見える度に、蝶と花のボディーペイントが大胆にも見え隠れした。


 ……最後の仕上げに、小粒の黒いオニキスをそのまま口に放り入れ、呑み込んだ。

すると、ディーヴァの白い肌が段々と褐色に染まっていく。

一定の時間が過ぎた頃には、全身の肌がこんがり焼けた小麦色の肌になっていた。

せっかくの観光地なのだ、めいっぱいオシャレして楽しまなければ損になる。

意気揚々と、カダルたちの元へ帰った。


「お待たせ」

「――――とてもよくお似合いです」


先ほどまでの出で立ちとはまるで違う、赤髪の美女が姿を現した。

少しずつにじり寄…………迫りくるカダルを通り過ぎ。

ディーヴァは無情にも、ロアーの元に笑顔で駆け寄る。


「ロアーとは、本土に送ってもらった後でお別れだけれど。またすぐに会えるわ。寂しいけれど、楽しんでくるわね」


 ロアーは寂しそうに鳴く。

同じように、悲しそうに目を伏せるディーヴァ。


 ……静かに燃え盛る炎を、瞳に宿して。

端から二人を見ていることを……本人以外、誰も気づいていなかった。

ツッコミ役がいないことが、どれだけ話の展開を滞らせるのか。

……この場にいる三人の誰でもない人が、密かに嘆いていたことを。

誰も知らない。


 活気溢れる海沿いの港から、少し外れた人通りの無い広い場所で。

ロアーに着地してもらう。

顔を撫でてやりながら、お礼のキスを贈った。

とても嬉しそうに、ディーヴァに頬擦りし。

ベロンと顔を舐め挨拶代わりに、大きく鳴き声を上げ飛びさって行く。

何の心配もないだろうが、帰りの無事を願いながらロアーの帰宅を見守った。


「気をつけて帰るのよー?」

「……ロアーなら大丈夫ですよ、むしろ襲う方が心配です」


 ロアーは並のドラゴンより、遥かに大きく逞しく。

鱗が頑丈で力も強い。

それゆえハンターが、幾度となく狙っているのだが。

その度に、容赦なく返り討ちにしている。

史上最悪のドラゴンとして、ハンターの中で知らぬ者はいない。


「途中でお腹を空かせて、人間を食べないといいけれど。……あれほどお腹を壊すから、悪食は止めなさいって言ってあるのに」


 普段は獣や、魚などが主食のロアーではあるのだが。

無闇やたらと、生き物を傷つけたり。

金儲けの為に、希少な生き物を狩る奴らを、たまに捕食したりする。

それと、群のドラゴンに手を出す人間もだ。


 身勝手な人間に腹を立て、制裁を与える。

育てた自分が言うのもなんだが。

男気溢れる、いいドラゴンに育ったものだと。

ディーヴァは誇らしく思う。

……そんなロアーの姿が、完全に見えなくなったのを確認し。

ようやく行動を開始する。


「さてカダル、街に向かうわよ!」

「はい、ディーヴァ」


 歩みも素早く快活に。

かすかに聞こえてくる音楽を頼りに、二人はフィトラッカ国の城下町へと向かった。


 ――――――海辺の街で聞こえる波の音は、人によっては音そのものが音楽だ。

砂浜に寄せては、また帰るを繰り返し激しく緩やかにと。

多彩な面を見せる。

その波の音と一緒に、太鼓の音や笛。

ヴァイオリンの音色が、風に乗って聞こえてきた。


 間近で音楽を耳にすれば、心踊るのが人の心というものだ。

むしろ本能というべきか。

音楽に五感の全てを支配された時、人々は抑制していたものを解放する。


「賑わってるわね!」


 海岸沿いに歩いていけば、多くの観光客を乗せた船が。

海の上で、軒を連ねているのが見えた。


 船着き場では音楽隊が、歓迎の曲を奏で訪れた人々に美女が花とキスを贈る。

賑わった様子を端から見ながら――――ふと、周囲から自分たちに視線が集まっていることに気づいた。


 わざとらしく口笛を吹く者、二人に見惚れて頬を赤らめる者。

その上で、隣で腕を組んだ恋人に怒られる者など。

実に分かりやすい反応を見せた。

周りに視線を返しつつ、ディーヴァは微笑んで見せる。

あまつさえ、手まで振って。


 ……すると、過剰に反応した何人かの男たちが道を誤って手すりにぶつかり、まっ逆さまに海へと落ちる。

それを助けてやる小舟の持ち主たちが群がり、港はちょっとした騒ぎになっていた。


「……大変ね、気の毒だわ」

「ディーヴァ……むやみやたらと男に笑いかけないで下さい!」

「表情に規制をかけろって言うの?」

「そうしてくだされば、私は心の中を醜い感情で支配されなくて済みます」

「修行が足りないようね。……今からでも遅くないから、精神修行の為に人が寄りつかない山の中にでも引きこもったらどう?」

「……これでも、抑えている方です」

「女が魅力的であることを否定するなんて……男の風上にも置けないわね。あなたがあなたらしくあることは、良いことだとは思うけれど。あたしがあたしらしくあることを否定するのだけはやめて。カダルに否定されたら、悲しくなるわ」

「……申し訳ありません」


 悲しそうに目を伏せる。

さながら叱られた犬のように。


 ――――決して、垂れ下がった耳や尻尾が見える訳ではない。

だが……こう目に見えて落ち込んだ様を見せるカダルに、ディーヴァはとても弱かった。


 散々甘やかして、優しくして、可愛がって育ててきた。

それでも生きていく上でやって良いことと、本当にやってはいけないことは教えたつもりだ。

そのことを守って、カダルは生きてくれている。

だから……本当に良い子だと思うから、ほんの少しだけ、譲歩してあげようという気持ちになってしまうのだ。

やり込められた感は否定しきれないが、それでもカダルなら良いと思ってしまうのだ。


「仕方ないわね……」


 せめてもの対策として、顔が隠れるほどの大きな帽子を被ることにした。

ワンピースと同じ、白い大きな帽子だ。

これなら周囲にあまり顔を見られることはないし、陽射し避けにもなる。


 カダルも安心したようで、穏やかな微笑みを見せた。

なかなか見られないその笑みに反応したのは、至近距離で見ていたディーヴァではなかった。


「…………っ……!!」


 フラフラと、二人に歩み寄ってくる一人の男がいると思えば……その男は『全身フェロモン出ています、アバンチュール上等!』の文字を掲げる勢いのディーヴァに目もくれず。

いきなりカダルに抱きついた。


「………………はぁっ?!」

「どなたですか?」


 抱きついてきた男は、全体重をかけて。

カダルに寄りかかり、抱きしめた。

そのままの体勢から動こうとしないので、ディーヴァからの横やりが入る。


「ちょっとカダル、そこは冷静であるべき場面じゃなくて、慌てるなり引き剥がすなり攻撃するなりしていい場面よ!?」

「攻撃はさすがに、……この距離では拳も体には入りませんし」

「なら股間に一発ぶちこみなさい!あたしが許すわ、さっさとその男を……」

「……恐ろしいことを平気で口にするな!これだから気の強そうな女は嫌いなんだ」


 カダルの肩から顔を離し、ディーヴァの方へ振り向く男。

その一瞬の出来事で、ディーヴァは瞬時に悟る。

この男は、カダルとは正反対。

真逆に位置し、きっと生理的に受け付けないものを秘めている。

カダルにとって、存在そのものが眩しすぎるのだ、と。

瞳を見て、わかった。

何をどう思い、カダルにこんなことをしているのかは知らないが……。

相容れない者同士を、いつまでもくっつけている訳にもいかない。

早々に引き離そうと、あえてディーヴァは抱きついている男の方に声をかけた。


「離れなさい。あなたが何者かなんて、知りたくもないけれど。こんなところでそんなことをしていたら、醜聞どころの騒ぎじゃないんじゃない?」

「俺の勝手だろう!女、お前はこいつのなんなんだ?!」

「……言い方を間違えたようね。カダルの名誉に関わる問題だから、離れなさい。あなたがどんな噂を立てられようが、こちらには関係ないことよ。だけどね、あたしやカダルがあなたのせいで不名誉な噂に巻き込まれることは……とても、不愉快だわ」


 冷めた瞳で、冷めた言葉で、相手を捉えて――――そう言った。

一人だけで泥沼に浸かったり嵌まったり、堕ちたりすることは許される。

誰にも迷惑をかけていないし、巻き込んでもいない。

それなら許されるし、理解もする。

だけど――――……


「もう一度だけ言うわ、カダルから……『離れなさい』」


 男に触れることもせず、ただ見つめただけで……大人しく、カダルから離れさせた。


「いい子ね」

「なんなんだ……この蛇のような女は!見られただけで、魂を鷲掴みされた心地だったぞ!」


 それらは全て、ディーヴァにとっては誉め言葉でしかなかった。








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