14☆〜フィトラッカ国
積もりに積もった怨念は、やがて大きく広がる雲のように。
全てを覆ってしまう。
そうなる前に、誰かがやらねばならない。
この男に復讐を、民の報いを!!
「あらあら。初めて呼び出した子たちだったから、つい加減し損ねたわ。……王だけに留まらず、周りにいた女たちや――――死体まで、巻き込んでしまったわね」
王だった男は、皮膚や目玉、髪の毛から爪に至るまで。
体のどこもかしこも、骸骨の集団に剥ぎ取られ。
真っ白な骸骨と化してしまった。
皮肉なことに、王冠と毛皮で作られた豪勢なマントだけはそのままに。
……奪われた体の一部分たちは、それぞれ骸骨たちが。
自分の体に張りつけたり、押し込めたり。
……目玉を奪ったものは、ギョロギョロと動いていたり。
皮膚だけを奪ったものは、骨が透けて見えて。
視覚的暴力が伴った。
グロテスクだ。
それでも、骸骨たちは歓喜の声を上げ。
またケタケタと笑う。
男の側に侍っていた女たちも、白骨と化し床に寝ていた。
茨に殺された死体たちもだ。
……何も残らない、何も残さない。
全ては降り積もる雪のように、真っ白にして消してしまう。
そして、骸骨が奪った体の一部は時間と共に溶けて消えてしまう。
本当に、全ては消える。
新たに王の骸を仲間に引き入れ、再び地中へと潜っていく。
その途中で、皆が私に深く一礼して消えていった。
「意外と礼儀正しい奴らだったわね」
「礼節と忠義を心がけた者たちだったようです」
「そうね。……あーっ!スッキリした!!」
「薔薇も咲いたようです」
王たちに気を取られている間に、大きく開いた赤い大輪の薔薇が咲いた。
その途端に茨は動かなる。
血に濡れた茨に、雪が降り積もる。
緑の茨が白くなる。
――――とても、美しかった。
「後始末は、リガストラムの兵団に任せましょう。殿下も来ることだし……長居する必要はないわ」
「……会っていかれないので?」
呼び出しておいて、挨拶も無しに去るのはどうなのかと言いたいのだろう。
だが、引き留められて無駄な時間は過ごせない。
やることはたくさんある。
時間はいくらでもあるが、それでもさっさと済ませたい。
「どうせ、大量の贈り物を持ってここに駆け込んでくるだけなんだから。わざわざ相手をする必要はないわ」
「嫌っておいででしたか?殿下のことを」
「好きとか嫌いとかじゃないんだけどね。……ただ、多く時間を取られるのが嫌なだけで。それに、この国に長居したくない」
どんよりした雲に覆われた、暗い国。
心まで闇に覆われそうになる。
寒いし、人肌が恋しい。
―――――だから、拒み続けてきた人の温もりを受け入れてしまいそうで。
それが怖くて、早くこの場を去りたかった。
永く生きていても、こればかりはいつまで経っても慣れない。
寂しさや、孤独感は……きっと死んでも、慣れない。
慣れたくない。
「次は、暖かい国に行きたいわね。こんな寒い思いしたんだから、明るくて陽気で。祭りでも開催されてるところがいいわ!」
さっきまで、あれだけ無表情だったにも関わらず。
カダルに無邪気に笑いかける。
この城で起こったことが、まるで幻であったかのように。
何事も起こっていないかのように、楽しげに。
次の行き先を、進むべき道を聞いた。
そんなディーヴァに、カダルは応える。
「では、フィトラッカ国はいかがでしょう?あの国は一年を通して常夏ですし、ちょうど今の時期に祭りが開催されます」
「決まりね」
いつまでも、暗い気持ちではいられない。
太陽が照りつける南国で、心を晴れ晴れとさせる為に息抜きをしても、バチは当たらないだろう。
凍える体を一人抱きしめながら、ディーヴァはそう思った。
……そんなディーヴァの背後から、包み込むように。
カダルが優しく抱きしめる。
思わず、カダルの腕に手を添えてしまう程に。
その体は、暖かかった。
「暖かい……」
「……ディーヴァ」
急に名前を呼ばれ、長身のカダルに合わせて上を向けば。
……近づいてくる綺麗な顔を、はっしと掴んだ。
ディーヴァとカダルの身長差は、かなりあるが。
それでも、危険な気配を早々に察知し。
強い力で迫りくる顔――――もとい唇を、笑顔で拒んだ。
「カ〜ダ〜ル〜?」
「…………」
確かに国から国へ、脚が棒になってしまうほどの距離を歩いてもらった。
面倒な相手に、めんどうなお願いもお願いしてきてもらった。
お礼の一つや二つ、キスの一つや二つくらいさせてあげてもいいだろうが。
唐突なやり方は、好きな場合もあるが。
好きではない場合もある。
つまり、何を言いたいのかと言うと。
カダル相手に、ディーヴァはその気にはなれないということだ。
「少しくらい……」
「少しも何もないでしょう?減らないけど、何かが失われる気がするから嫌なの!……『あの子』を呼びましょうか」
「はい」
指で音を高らかに鳴らし、とある生き物を呼び寄せる。
城の真正面から出たのでは、リガストラムの兵団と鉢合わせてしまうので。
それではわざわざ、彼らに任せて出てきた意味がないので。
断崖絶壁に通じるバルコニーから、二人で飛び降りた。
――――そこへ、指笛で呼び寄せられた黒く大きなドラゴンが、タイミングよく姿を現し。
二人を背に乗せる。
大きな黒い羽根を羽ばたかせ、縦横無尽に風を切る。
大人を数十人乗せても、まだ余りあるその大きさに。
また大きくなったなと、ディーヴァは嬉しさに顔を綻ばせた。
嬉しさを滲ませて、背を優しく撫でると。
応えるように、ドラゴンは一際大きく鳴いた。
「ロアー!元気にしてた?相変わらず強そうで、逞しくて……綺麗で。立派だわ、さすがはあたしのロアーね!」
黒く艶々とした鱗は、固くて頑丈。
所々にトゲもあり、凶悪そうに見えなくもないドラゴンの『ロアー』。
だがディーヴァの前では、借りてきた猫のように甘えん坊で。
撫でられるたびに、うっとりとした表情を見せる。
このロアーは、カダルと一緒に拾ったドラゴンなのだ。
――――それは五十年ほど前のこと。
木漏れ日が優しく降り注ぐ、広大な森の奥深くに青い葉を茂らせた大木があった。
葉の表面に銀色の線が三本走っていて、木漏れ日が当たってはキラリと光る。
その大木の根元に、葉を布団代わりにしてカダルとロアーが眠っていたのだ。
まるで兄弟のように寄り添って。
周辺を探索し、親を捜してみたのだがどこにも見当たらなかった。
里親を見つけることも考えたのだが、子供を産んだ経験は無いにしろ。
育てた経験は、持ち合わせていたディーヴァは。
そのまま森の中で、二人を育てることを決意する。
その大木の側に小屋を建て、二人が互いに自立し生きていけると判断出来るまで、そこで暮らした。
長い時を共に過ごしながら、成長していくカダルとロアーを見て、ディーヴァは思う。
『人』と『竜』が、一緒にいたことが不可解だ、と。
カダルは竜の眷族だったのか、ロアーがカダルの家族同然の存在だったのか。
いくら世界育成に貢献し、たくさんの人々や歴史に携わり関わってきたディーヴァでも。
万能ではないのでわからないことはわからない。
知らないことは知らない。
いずれわかる時が来るかもしれないと。
二人が大きく育つ、二十年余りを森の中で共に暮らす。
そして独り立ちしたロアーは、竜の群れのリーダーに治まり。
『竜の渓谷』と呼ばれている場所で、暮らすようになった。
その渓谷で、たくさんのドラゴンたちは洞窟に住まい。
その一つ一つの洞窟全てに、ディーヴァが今まで貯めた財宝が眠っている。
いわゆる、ドラゴンバンクの役割を果たしているのだ。
それと、育ての親であるディーヴァが呼べば。
ロアーはどこからでも飛んでくる。
時には、仲間も引き連れて挨拶に訪れる。
その時には、精一杯のもてなしで彼らを労うのだ。
……ちなみに、カダルはというと。
本当なら、知己であるリガストラム国に連れて行き。
そこで暮らしてもらおうと、思っていたのだが。
王族の力を借りてまで、国に置いていったというのに……。
縛りつけても、監禁してもいつの間にか国から脱け出し。
ディーヴァの後をついて来て、離れなかった。
いくら撒いても脅しても、果ては記憶を消去しようとしても。
一緒に行くと言って聞かない。
ディーヴァと離れて生きていく。
これだけは、死んでも聞けないとカダルは言う。
しまいには、ディーヴァの方が折れて。
仕方なく、旅の供として連れ今に至る。
「ロアー!ここから南方面に飛んでちょうだい!!あたしが良いと言うまで、どこまでも飛んで行って!」
ディーヴァの言葉に応え、辺りに響かせるほど大きく鳴いた。
冷たい風と眩しい朝日をその身に浴びて、三人はどこまでも前へ進む。
遠く、遠くへどこまでも。
眩しくて目が開けられなくとも、身を切るような寒さの中でも。
それでもどこか清々しい気持ちを胸に秘め、この冬の国を後にした。
――――――肌を焼くほど照りつける太陽と、陽射しを反射させる白い壁の家が。
段々畑のように建てられているのが、特徴的なフィトラッカ国。
原色の大きな花々が咲き乱れ、海で採れる新鮮な魚介類が市場に並び。
芳しい香りのフルーツが、色鮮やかで見ていて楽しい。
それに貝を加工した特産品が目玉の、観光地として名高い国だ。
陽射しが強すぎることもあり、この国の人間である特徴が。
褐色の肌を持っていること。
海風と太陽のおかげで、肌がよく焼け国民が好んで着ている白い服が、大層映えている。
それに加え、祭りの際は女は花を身につけ。
男は貝の加工品を身につけるのが、昔からの風習だった。
……ちなみに、祭りの日に姉妹貝や兄弟貝で作った貝の加工品を、好きな相手に贈れば。
二人は、永遠に結ばれるという。
なんともロマンチックな、言い伝えもある。
悪く言えば、どこかで聞いたことがあるような話と言えなくはないが。
それでも、恋する者にとっては。
藁にもすがる言い伝えだった。
吊り橋効果を使わずとも、祭りという特別な日に特別な贈り物をもらえば。
大抵の人間なら、多少なりともドギマギするだろう。
結果、成功すれば幸せになる者が増えるのだから。
言い伝えも、捨てたものではない。
イベントは大事だ。
「見えてきたわ!……かすかに音楽が聞こえてくる」
音楽と躍りを愛し、祭りの時には男女が一緒になって、街中を歩き。
所々で集まって、踊っている輪の中に交ざる。
中でも、中央広場は目立つ場所で。
そこで踊る者は、よほど上手い者でなくては務まらない。
下手なら、地元民や他の観客が納得せず。
追い出してしまうからだ。