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13☆




「国がこんな状況下にある中で、普通信憑性のない噂を信じて。税金を無駄に使い、あたしを捕らえさせるなんて……そんな愚かな真似をする?」

「だ、だからこそ!お前の力を手に入れ、隣国を攻め落としこの国を救おうと――――――」

「……愚かですね」

「国の頂点がお前である以上、どのみちこの国は終わりよ。民衆も、お前が王であり続けることを望まない。隣国に救いを求めてる」

「なんだと!?」

「僭越ながら、すでに私の方からこの国の現状をリガストラム国の皇太子殿下に直接お伝えして、軍を差し向けていただくようお願いいたしました」


 リガストラム国とは、四季が巡る豊かで美しい大国だ。

独特の文化が発展し、国全体が豊かで情勢も安定していて、治安も良い。


 資源を多く保有している国を、占領下に置いてあることもあり。

財源も豊富だ。

災害も少ない為、国政は安定している。

……それに引き替え。


 この冬の国は、一年の大半が灰色の雲で覆われていて。

山の上に作られた国なので、極寒の地ゆえに作物などはマトモに育たない。


 しかし、山には金属や鉱物が豊富に眠っていて。

それらを加工して、他国に産出し国の財源を賄っていた。

この国で作られている宝飾品は、世界的に中々の知名度を誇っている。


 ……だが、今の王に代替わりしてからは。

出来上がった商品を、全て城に引き渡し。

城から報酬を貰うという、方法に変わってしまった。

結果、商品は安く買い叩かれ。

しかも税金は高い。


 その状況で、この国で生きていけというのも無理な話だった。

この国は、すでに死んでいるのだ。


「周りにもてはやされて、担ぎ上げられて。それでいい気になった矮小な男が、国政を取り仕切ろうってのがそもそもの間違いなのよ」

「…………黙れ……っ」

「ただ、生きたい。大切な人と、生きていきたい。……場所は関係ない。この国が無くなるとかそんなこと、民衆にとってもはやどうでもいい」


 一刻も早く、頬がこけて骨と皮だけになってしまった子供に。

まともなご飯を、食べさせてやりたい。

病気になってしまった母親に、まともな薬と手当てを受けさせてやりたい。

寒すぎて凍傷になってしまった祖母に、暖かくなれる服を着せてあげたい。

――――ただ、それだけ。

たったそれだけのことなのだ。


 この世界に来る前の世界でなら、当たり前だったこと。

当たり前に出来ていたこと、そうでなかったら許されなかった。

それが、この世界では当たり前ではない。

当たり前だが世界が違う。

 ……だから、変えられる者が変える。

傲慢さを前に押し出すことは、したくないけれど。

それでも、変えられる力があるのなら。

――――変えてみせる。


「あんたには、わからないんでしょうね。……哀れな男」

「余を侮辱する気か!?」

「や〜だ〜!侮辱出来るほど高潔な人間のつもり〜?ふざけないでよ〜!」

「ふざけた態度を取っておるのは貴様の方ではないかっ!!」

「―――――ふざけているように見える?」


 口元は笑っているのに、目は笑っていない。

その薄ら笑いに、王はゾッとした。


「ディーヴァ、笑っては可哀想ですよ」

「だって、おかしい〜!この男、まだ全然自分の状況をわかっていないんだもの!」


 すでに、全てのものから見離された王。

滑稽で、まるで喜劇だ。

もうすぐ幕が降りる。

この男に、終わりを告げよう。


「カダルが事前に、この国の噂を聞きつけていたからリガストラム国に知らせておいたのよ。皇子殿下の指揮の下、兵団がここからそう離れていない場所に陣を構えて待機している。……あたしの合図に気づいて、すぐにやってくるわ」


 合図とは、未だ暴れ続けている無数の茨。

それらはやがて一つにまとまり、天高くそびえ――――


「色鮮やかな、美しい大輪の薔薇が咲くわ。そうなったら、ここに大軍が押し寄せてくる。……もっとも、すでに戦えないでしょうけどね」


 すでに灯りは消え廃墟と化し、血まみれの死体がゴロゴロ床に転がっている惨状だ。

中には“まだ”生きている者もいたが、それも時間の問題だ。

なにせ、未だ茨はウネウネと活動を続けている。


 茨に触れないように必死に逃げても、その茨が大きすぎて太すぎて、逃げられない。


 ……大きすぎて太すぎてだなんて、なんだか卑猥な表現になってしまったが。

標的になっている、等の本人たちにとっては。

生きるか死ぬかの瀬戸際なので、茶化すことは止めておいてあげよう。

悲鳴が聞こえ、血が飛び散り物が崩れる音がする。


 その中で王は、必死にこの状況から助かる方法を考え出そうとしていた。

この数年間、頭を悩ませることもなく快楽と愉悦にまみれて日々を過ごしてきたのだ。


 こんな状況を体験したことがなく、かといって打破する為の考える脳もあるはずがなく……。


 人を、何かを、……さしあたってこの酷い惨状になってしまった原因であるディーヴァを、罵倒することしか王は思いつかなかった。


「お前には慈悲の心がないのか?!今すぐにあの茨を止めよ!!!」

「慈悲の心というものが、お前の考えているようなものなのかはあたしの知ったことではないけれど、これだけは言える」


 抑揚のない、感情の込もっていない声でディーヴァは言った。


「嫌よ。冗談じゃないわ、あたしは断固拒否をする。……自分でも都合が良すぎるとは思わない?」


 あれだけのことをしておいて――――あんなことをしておいて。

今さら自分だけ助かろうだなんて。

虫が良すぎる話だ。


「それは……っ」

「王を名乗っていたのなら、せめてこの国が滅びる最後の瞬間まで共にあるべきだわ。この国と国民に何もしてあげなかったんだから、それくらいはしてあげてもいいんじゃない?」

「殉じろというのかっ!?この国の為に余に死ねと申すか!」

「あら、ハッキリ言ったらそれこそ取り返しがつかない事態に陥るわよ?……ハッキリ言ったのは『お前』、あたしじゃないからね?」


 ひんやりとした冷たい風が通り抜ける。

城中が穴だらけになってしまっているのだから、それも仕方がない。

雪がシンシン降り注ぐ。

部屋の中を、横たわる人々の上に、……生きている者たちの上に。


 王は荒く白い息を吐きながら、寒さに震えることもなくディーヴァに吠える。

まるで自分が正しいことを証明するかのように、正当性を認めさせたいかのように。


 だがそんなことは今さらだ、今さらそんなことを言っても何も始まらないし、何も終わらない。

終われないのだ。


「強き力、尊き力を手に入れさらに高みを目指すことの何が悪い!?余だけではない、隣国や遠国の者たちとてお前の力を欲しているのだ!!」

「知っているわ。そんなこと、わざわざお前に言われなくても知っているのよ」

「ならば……!!」

「だからこそ、お前ごときが手に入れられるはずがないって。なぜ気づかなかったの?身の程を知れとか、愚か者って。進言したり、怒ったりしてくれる人はいなかったの?」

「いるわけがないだろう!余は王だ、欲しいと思ったものを。どんな手を使ってでも手にいれてくるのが、臣下の務めというものだ!!」

「あぁ……なるほど」


 ディーヴァは鼻で笑った。


「進言することすら馬鹿らしかったのね、よくわかったわ」

「わかっておらぬ!!余が、王になる為にどれだけ苦汁を舐めてきたか……っ!」

「あたしはお前の過去に、興味なんて一切持たない。“どうでもいい”のよ、お前なんて。……この国であった場所でまだ生き残っている人たちの為に、他のやつらには裁かせない。あたしがお前をこの手で裁いてやる」

「何もあなた自らが動かずとも……リガストラムの皇子殿下に任せれば……」


 言い切ったディーヴァに、カダルは止めようとするが……。


「彼に借りは作れない」

「すでに作っている気が……」

「あたしたちが、この国であった場所の現状を教えてあげたことによって、これからあの国は莫大な利益を得ることになるのよ?これでさらにあの男の始末まで頼んだら、適当に理由を付けてあたしを側に置こうと画策するに決まってる」


 ガリッ、とまた親指を噛みちぎる。

すでに破れていた皮膚は、再生していたので。

また強く噛まないと、血など出てこない。

これが面倒と思わないでもないが、ジュクジュクと痛み続けることを考えれば。

綺麗に治った方がいいと思い直す。

また血が滴り、それを新たな文字になすり付ける。


 ――――――汚れた者、真っ黒なモノ、綺麗でないもの。

そんなモノを、無くしてしまわなければいけない。


 消してしまわなければいけない。

なぜなら、そうしてしまわないと。

この淀み漂っている“悪いモノ”が、消えないからだ。

ディーヴァは無情にも、詠唱を開始した。


「『イア―』。墓は忌まわしきところ。肉体は凍え、青白い身体は土の仲間となり。繁栄は終わり、歓喜は過ぎ去り、約束は終焉を迎えり」


 ……音が聞こえる。

乾いた音を響かせて、まだ生きている者たちの前に現れる異形の者たち。

醜悪な姿をさらし、力を奮い全てを奪い尽くす。

人々から悲鳴が上がった。


「……恐れながらディーヴァ。毎度のこととは申せ、これは些か悪趣味が過ぎるのではないかと」

「こんなのは余興にもならないわ。芸にしてはつまらない出し物だし、かといって。人の欲目から見ても、これは悪趣味とは思わない。だって、これは『復讐』なんだから」


 大理石の床が割れ砕き、そこから白いモノが這い出てきた。

白く長細い何か、としかわからなかったが。

それは徐々に全身を露にし始め、恐怖の姿を見せる。


 武器を手に、武装した醜悪な骸骨の集団が。

ディーヴァの命により、暗く冷たい地中より這い出てきたのだ。

それはあまりにもおぞましく、恐怖のあまり腰が抜けた王は。

近づいてくる骸骨を前に、叫び声を上げた。


 端に逃げていた女たちも、それに同調し。

一緒になって叫び声を上げる。

その、なんとも情けない光景を見た骸骨たちは。

文字どおり、ケタケタと笑いだした。


「そうね、可笑しいわね。さっきまであんなに強気に吠えていた男が、涙ぐんで腰を抜かして威厳も尊厳も見られない。……哀れなものね」

「たすっ、助け、」

「嫌よ。……お前のせいでどれだけの人が苦しみ、死んでいったか。その身を持って、思い知りなさい」

「あああぁぁぁ!!!」


 生を持たない、白い骸骨がゆっくりと手を伸ばす。

酷い叫び声を上げる王を無視して、次々と身体の一部を剥ぎ取っていく。


 流れる血、裂かれる音。


 確かにカダルの言う通り、あまり趣味が良いとは言えない。

だが、民が流した血の量よりは少ない。

比べられることではないが、それでも。

罰は、受けなければいけない。


 でなければ、誰が怨みを晴らすのだ。

……誰が、無念を晴らすのだ。









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