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12☆




「あたしを、殺す気?」


 そう言って、顔をうつ向けた。

周りの者たちからは、ディーヴァの表情までは読みとれない。

しかし、かすかに見える口許の端がわずかに上がっていたのを。

賢者だけは、見逃さなかった。


 ――――――闇が、広がる。


「もう話はよかろう。余は、この女の力が見たい!……さぁ、見せてみろ。お前の力を――――!!」

「――――――あらあら……面白いことになっているじゃない」


『ねぇ?』


 側で聞こえた、清廉なる声。

耳の奥に、ハッキリと聞こえたその声は。

今まさに槍を向けられた女の声と、同じもので。

だが、ずっと近い場所から聞こえたその声は。

どこから聞こえた?


「こんばんは、王様?ご機嫌いかが……?」

「なっ、お……ま、え……?」


 驚愕きょうがくに満ちた顔を、声を発した女の方へと向ける。

見てみれば、玉座の手すりに座り。

王にあまりにも、近い場所にいたので。

声を発することも出来ず、動くことも出来なかった。


「姿を隠して、ずっと檻の上で機会を伺っていたのだけれど……あまりにも笑える展開になってきたから。出てきちゃった」


 クスクスと笑う、美しい女。

豊かな黒髪、しなやかな肢体。

およそ、自分が侍らせているどの女たちよりも美しく――――なおかつ。

誰よりも底知れぬ恐怖を感じさせる女が、すぐ側にいた。

なんとか声を振り絞り、目の前の女に声をかける。


「……お前が、本物なのか?」

「何が偽物で、何が本物なのかはあんたたちが求めるもので違ってくるでしょうけれど。首に見たことがない文字の刺青が彫られていて、不思議な力を使う女となれば。あたししかいないでしょうね」


 指を鳴らせば、鎖で繋がれている女の姿はカダルに変わり。

不機嫌そうに、周りの兵士たちに目配せしながら自力で手枷を外す。

そして槍を構えた兵士たちを、一撃で昏倒させると。

ディーヴァに声をかけた。


「……私共だけで、充分だったようですね」

「確かにこの場は収められるでしょうけれど、その後の後始末やら何やらまでは面倒見切れないわー。殿下はこの国の産物に興味を持っておられたようだし、ちょうどいい機会かなって」


 未だ動けずにいる王に、ニッコリ笑いかける。

すると、ようやく意識をハッキリさせたようで。

立ち上がり一気にまくし立てた。


「どちらでも構わん!!おい女、余の前でお前の力を使って見せろ!これは命令だ!!!」

「は?命令?」


 いきなり空気を読んでいないことをほざく王に、ディーヴァは吹き出しそうになった。

カダルも若干、痛い子を見るような目で王を見つめている。

だがそんな視線や空気に気づくこともなく、王は続けた。


「そうだ!この大勢の人間の前で、余の為に力を奮い、見せつけてみせよ!!」

「えー……あんたの為にぃ?」


 言葉を飾ることなく、ディーヴァは嫌そうな顔を見せた。

心底嫌そうな表情に、王の額に青筋が浮かぶ。


「っ……貴様、余の為に力は使えぬと申すのか……!?」

「えぇ。誰があんたのような、醜悪で愚鈍で最悪最低な男の為に力を使うか!!」

「き、さまぁ……っ!!」

「……だけど、そうねぇ……特別に、見せてあげてもいいわよ?ただし!それはあくまであんたの為じゃない」


 今も苦しむ国民の為に、この力を奮おう。

ディーヴァは玉座の手すりから降り、カダルの元へと向かう。

そして王に向けてニヤリと笑うと、準備を開始した。


 辺りは不気味なほど静まり返り、今か今かと『何かが起こる』ことを期待した。

皆、暇に飽きているのだ。

鬼であろうと蛇だろうと、驚かせてくれるものを見てみたい。

貪欲で、常に何かを求める罪深き者たち。

そんな奴らに、面白いものを見せてやろう!!


「さぁて、本日お集まりの皆々様!今からご覧にいれますものは、世にも珍しい奇跡の花でございます!!」

「ほぅ?」


 ディーヴァは右手の親指を噛みちぎる。

首に刻まれている文字の一つに、滴る血をなすりつけた。


 流れる血。

紅い血、ディーヴァの血。


 その血が滑らかな白い肌の上を流れ、一筋の流れを作る。

ひどく、扇情的だ。


 それを間近で見た王は、喉をこれみよがしにわざとらしく喉を鳴らし。

興奮した様を見せる。

ただ、血が流れただけだ。

女が血を流し、笑っているだけだ。


 裸になったわけでも、色っぽい仕草を見せつけたわけでもない。

誘惑してもいない。

ディーヴァが赤い舌を出し、血を舐めとる仕草を見ただけで。

興奮が抑えられないようなのだ。


 『色』に忠実で、『欲』には逆らわない。


 そんな王を面白おかしく眺めながら、血を付けた文字を詠唱した。


『『ソーン』いばらは非常に鋭く、それに触れるもの、いかなる戦士なれど傷みを覚ゆ。そのなかに横たわりし者、凄まじき苦しみなり』


 その言葉は、ディーヴァから発せられたことは間違いない。

だが、人の声ではないような錯覚に陥ってしまった。


 聞いたことのない『音』の響き。

それを聞いた人々は軽く混乱し、先ほどまた騒いでいた口も今は閉じている。

静まり返ったその中で、賢者が一人口を開いた。


「女、何をした?」

「今にわかるわよ」


 賢者に言われたセリフを、そっくりそのまま返してやりほくそ笑む。

それで腹が立ってしまえばそれまでだが、怒ったところで何が起こるのか。

わかる訳でもない。


 賢者は知りたいのだ。

力のこと、ディーヴァという女のこと、……これから起こりうることを。


 誰も動けず、声も出せないでいると―――――――城中に地響きが轟いた。

それは大きな揺れだ。

並べられたテーブルは倒れ、その上に置かれていた食器も。

全て床に落ちて大きな音が聞こえる。


 人々も、自力で立っていられないほどの大きな揺れが襲い。

たくさんの悲鳴が飛び交う。

地響きが大きくなればなっていくほど、周りに木霊する、高らかな笑い声をディーヴァは上げた。


「っ……なんだこれは!!?」

「……心ゆくまで、」

「何を、した!?」

「お楽しみください」


 哀れな人間たちよ。


 大理石で作られた床を割れ砕き、地面からおよそ人間四人分の太さの茨の蔓が。

まるで踊るように、勢いよく飛び出してきた。


 そして、分厚い石の壁も高価な調度品も、全てが茨に貫かれる。

着飾った女も、たくましい兵士も、シワだらけの老人も。

……平等に、別け隔てなく茨に襲われた。


 太い蔓に巻きつかれたり、凶器のトゲが体に刺さったりと大惨事だ。

大広間が、恐怖に包まれる。

そんな光景が広がっている中、王は何も出来ず。

ただ茫然と、見ているだけしか出来なかった。


 助けを呼ぼうにも、肝心の兵士が太刀打ち出来ていないのだから呼べるはずもなく。

逃げ道を探そうにも、至るところから茨が突き出てきている。

どこにも、逃げられない。


 その事実を受け入れる他なかった王は、目を覆い隠し現実を覆い隠し……静かに目を閉じた。


「王!王よ!!気絶している時ではありません!私たちをお助け下さいませ!!王よ!!!」

「肌が傷つくのも貫かれて死ぬのも嫌です!!なんの為にっ……なんの為にお側でお仕えしてきたのか、これではなんの為に……っ!!」


 王の周りに侍っていた女たちが、狂ったように泣き叫び助けを乞うているのだが。

煩わしい騒音としか、王には聞こえないようだ。


 王が持っていた豪勢な短剣で、耳元で奇声を上げた女の胸を一瞬の内に刺して。

刃が体を貫き、女はやがて静かになった。

刺された女は、目を剥き体の力が抜け……静かに床に沈む。

間近で起こってしまった、恐ろしい出来事に。

他の女たちは、思わず息を飲み黙ってしまう。

血に濡れた短剣を持つ王は、歯を食いしばりながら。

女たちに、腹の底から絞り出したような声で言った。


「黙っておれ……っ!!」

「ひっ……!!」

「あらあら、せっかくの美女をもったいない。……震えているようだけど、大丈夫ぅ?王サマ?」


 からからと笑うディーヴァに、王は血が滲むほど歯を食いしばり。

恐ろしい顔で睨みつける。

暴れている茨がかすることもなく、平然としているディーヴァに。

王は憤慨ふんがいした。


 強く握りしめる短剣が、ワナワナと震えるが。

それでも、何か出来るということはない。

ディーヴァに暴言を吐き捨てる、そんなことしか出来なかった。


「化け物め……っ!!!」

「身の程知らずが、尊き力を欲しようとするからだ」

「……あら」


 血まみれの短剣を振りかざし、ディーヴァに向かって突き刺そうと迫っていた王を目撃した。

その形相は醜く歪み、怒りなどの感情で塗りたくられている。


 そんな、おぞましい気配に気づかないはずがなく。

カダルは瞬時にディーヴァを抱きかかえ、なんなく王の攻撃というには弱々しい動きを避けた。

高く飛び退き、王の力は及ばない。


「貴様ら〜〜っっ!!!」

「あらやだ、気持ち悪い。元々あまり見れた顔じゃなかったけれど、さらに醜悪さが増したわね」

「これがお前の力だというのか!?余の臣下を殺し!城を壊して!余の全てを奪う、これが!!」

「そうよ」


 着地したところで、感情が込もっていないような瞳で。

王だった男を見ながら、ディーヴァは話を続けた。


「お前が欲していた力というのは、こういうことなのよ?身に余る力というものは、内には留まらず外に出たがるものだし、出た拍子に入っていた器を壊すこともあるわ。……あたしの場合、そんなヘマはやらかさないけれど、お前の場合は壊すだけでは済まされない」


 その堂々とした態度に多少おののくも、王はディーヴァと対峙した。

逃げようとしない。

すでに、この状況から逃げられないと悟っているのか。

目の中に諦めの文字が見える。

まるで死人のように目に光がない。

そんな王を哀れと思うではなく、あえてディーヴァはハッキリと告げた。


「そもそも、城の中“だけ”はこんなに栄えているんだから。あたしを捕まえて、連れてくる必要なんてなかったじゃない?わざわざ、藪をつついて蛇を出すなんて……。お前は本当に、愚かな男ね。王ですらないわ」

「なにを……っ?!」


 見下す価値もない男。

それでもあえて、ディーヴァは王であった男を見下した。

この国の状態を思えば、今の酷い惨状など可愛らしいと言えるだろう。


 わざわざ、遠い道のりを経て訪れてみれば。

民衆は、税の取り立てが厳し過ぎて、死人も出ているわ。

貴族たちは、たとえ子供でも外道な真似を、平気で平民にやらかしているわ……。


 本来なら、それらをまとめなければならない国王が。

率先して税金を湯水の如く使い込み。

強大な力を持つ“かも”しれない、ディーヴァの噂を人伝に聞いて。

税金をさらに使い込んで、情報を集め人を集め。

兵士を差し向け捕らえさせ、今に至るというわけだった。










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