8☆
「ネジくれ曲がったとは人聞きの悪い」
葵は即座に否定する。
「私は、美しいものが好き。人であれ物であれ、私が見るに値するものを愛でるだけ」
美術品や恋する乙女、自然の美しさにも心惹かれたものだ。
「……だからこそ、私自身がこんな姿になったことが心底許せない〜!」
「わたくしも、美しいものは好きですわ。ですが、別に死んだとかならまだしも。綺麗な姿に変えただけなのですから……そう怒らないで下さいな」
「そうそう。死んだわけじゃない、生きているし……その方がすごくいいよ?」
「うむ。美しいもの、綺麗なものを愛するならば。己もそうであって何が悪い」
「前は……美しい、とハッキリ言えなかったしね」
「そうですわね。鼻ぺちゃが、可愛らしいと言えなくもありませんでしたが。やはりわたくしたちの世界の始祖は、美しい人がよろしいわ。ねぇ、あなたもそう思うでしょう?」
歯に衣着せない、ずけずけとした言いかたに。
葵の眉間に青筋が走る。
彼らの言い分は、わからないでもない。
美しいものが好きなら、自分も美しくあるべきだというその考えは。
だがしかし、あそこまで育てた自分の体を勝手に変えられ。
怒らない方がどうかしている。
それに、ここに来た当初から今の今まで。
一度も丁寧に『お願い』されてなどいない、この事実!
子供なら子供らしく、可愛くお願いすればいい。
それが子供の特権なのだから。
葵は、子供たちの願いを聞き入れる選択肢を投げ捨てて。
自分の要求を告げた。
「私を元の姿に戻して。家に帰して!!」
「ならば、わたくしたちの世界を育んで下さいな。わたくしたちが納得する結果が出せたら、すぐにでも帰してさしあげます。ついでに漬け物石?とやらも、おまけでプレゼントしてさしあげますわ」
名案だと言わんばかりに、両手を合わせ嬉しそうに微笑む美少女。
絵になるわー……なんて。
どこか他人事のように、ぼけっとしていると。
ずっと眠気眼だったネズミが、いきなり立ち上がり。
葵の前にぬうっと立った。
すごく至近距離な上、ネズミの身長が葵の胸より下しかなくて。
大きな胸が邪魔で、その姿はよく見えない。
少し後ろに下がれば、ネズミの姿が見えるようになるのだが。
……その前に、なぜか思いきり抱きしめられてしまった。
ミシッ、って音が聞こえた気がする。
「ぐぇっ?!!」
「あら、まあ」
「これはこれは……その手があったか」
「ネズミにしては、行動したね」
他のメンバーは、今回の突然のネズミの突飛な行動がなんなのか、分かっているらしい。
しかし、いつの間にか携帯も腕時計も無くなっていたので。
どれだけ時間が経っているかはわからないが。
少なくとも、短時間しか一緒に時間を過ごしていないのだから。
ネズミのことを、全てわかるはずもなく。
なぜ抱きしめられているのか、訳が分からなかった。
すると――――――
「お姉ちゃん……お願い」
………………効果音で例えるなら、キラッキラッ、ウルウルだろうか。
長い髪の間から覗く、ネズミの大きな緑の瞳が涙を目一杯溢れさせ。
葵を上目遣いで見つめてくる。
優には到底敵わないが、ネズミの精一杯甘えた声で。
今まで見せたことのない雰囲気で、葵を攻める方法に切り替えたというわけだ。
いわゆる、ギャップ萌え。
葵も心の中で考えたやり方ではあるが、これは些か卑怯ではないだろうか?
勝てる気がしない。
「あのー……?」
「僕たちの世界を救ってよ!じゃないと僕たち、大人になれないままここで一生を終えちゃうんだ!」
葵のお腹に顔を埋めて、グリグリと強く擦り寄ってくる。
姿を変えられてからは、お腹に余分な脂肪がなくなった為に。
ネズミがグリグリする振動が、モロに伝わってきた。
つまり、痛い。
こんな子供の力なのに、引き剥がそうにも力じゃ全然敵わなかった。
「お、大人になれないって……?」
このままではマズイと、質問を投げかけて。
ネズミの気を逸らそうと試みる。
その間に、巻きついた腕を離そうとするとネズミが自分から離れてくれた。
どうやら、質問したことに答えてくれるようだ。
ネズミは再び自分の席へ戻り、また眠そうにアクビする。
……なんとなくわかっていたことだったが。
さっきの泣き真似は演技か!と。
半分くらい騙されてしまった事実に、葵は腹を立てた。
あんなに可愛らしい顔をしておいて、油断ならない子供だ。
とりあえず、葵はもう一度席に着いて。
頭を冷やそうと、お茶をもらうことにした。
すると、帽子が快く新しいティーカップにお茶を注いでくれて。
湯気が立つ香りの良いお茶を、美味しそうに一口飲んだ。
……こうなれば、お茶に毒が入っていようと構わないと考えたのだ。
もし、体が使い物にならなくなってしまったら。
彼らがわざわざ、利用することもないだろうと考えたからだ。
だが、葵のそんな考えに反してお茶はとても美味しい。
思わず堪能していると、真面目な顔を並べた四人が目に入り。
慌てて身構えた。
「そう警戒するでない」
「ここまでされて、警戒心を抱くなって言うの?」
「根に持つタイプなんだね」
「あたしはしつこいわよ?」
ギロッと子供たちを睨み付ける。
しかしどこ吹く風の如く、話の軌道修正に乗り出した。
「……さっきの、話の〜続き〜……」
「そうよ!あなたたちって、元々は大人だったの?」
確かに、どこか大人びた子たちとは思っていたが。
大人っぽい子供は、いないことはないだろうし。
そこまでおかしくはないと考えていた矢先に、衝撃の事実を告げられ。
葵は呆然となる。
しかし驚く暇も与えまいと、ハートたちは時間を置かずに話を続けた。
「あなたにとっては、特に気に留める話ではないのでしょうけれど……」
ハートは悩ましげなため息を洩らす。
「わたくしたち、世界を作ってしまったおかげで。子供の姿になってしまいましたのよ」
「この世界をってことよね?」
もう映ってはいないが、鏡を指差し葵は言った。
「力を注ぎきったおかげで、大人の姿を保てなくてのぅ。先程も言ったが、この空間を出れば儂らは簡単に死ぬ。儂らを支える力自体がほとんど残っておらぬからだ」
ひどく落ちついた様子で、淡々と話してはいるが。
事実が衝撃的すぎるので、葵は呆然となった。
「ここまでしたにも関わらず、世界は成長してくれない。生き物も生まれない……だから私たちも、成長出来ない」
「…………生き物さえ生まれて、それから文化や文明が発展してくれれば……。今度は僕たちに、力が送られてくるんだよ。そうすれば……僕たちは元の姿に戻れる」
元の姿に戻りたい。
だって僕らは元々大人。
桃源郷を夢に見て、世界を作ってこのザマさ。
また歌うように、自嘲する子供たち。
なぜこうなってしまうことを、あらかじめ予測出来なかったのだろうか?
帽子辺りは賢そうだから、気づきそうなものなのに。
そんな葵の考えに気づいたのか。
帽子はどこか、遠いところを見つめながら。
小さく呟やいた。
「正直な話、儂らが想像していた以上に。力が反映されんでのぅ。こうなってしまうまで注がねば、今の世界すら創れなんだ」
「悔しいですわ!赤ん坊にまで退化しなくて良かったですけれど、せめて緑豊かな世界にはしたかったですのに!!」
「人間、とまではいかなくても……せめて動物は生み出したかったよね」
悔しい、悔しいとお互いがお互いに言い合って。
あれもしたかったし、これもしたかったと言って。
世界を育成出来た暁には、してみたかったことがたくさんあると。
期待に目を輝かせ葵を見た。
「……ねぇ、お願い。僕たちの為に、世界を育成して?」
「わたくしたちのこの悔しさを消化させる為にも、お願いしますわ!!」
「――――――ていうか、そもそも世界そのものを創らなかったらよかったじゃない。そうなってしまうぐらいなら」
葵のもっともな意見に、四人共が渇いた笑いを見せた。
「いろいろありましたのよ」
「もう創ってしまったものは仕方ない」
「消してしまう力もない」
「……なら、育成していく方が、合理的だと思わない……?」
……そう言われて、葵は考えた。
こんな姿にされてしまっては、今すぐ元の世界に帰っても。
誰も私だと気づかないだろう。
よしんば、気づいてもらったとしても。
元の世界でこの容姿は、災いの元にしかならない気がして仕方がない。
かといって、このまま“はい、わかりました。やりましょう!”……って言うのも。
なんか悔しい、腹が立つ。
どうしたものか……。
ウンウン唸っていると。
ハートが他に、条件を付けたいものがあるのかを聞いてきた。
そういう問題じゃないのだと、良識的な人誰か突っ込んでほしい。
「漬け物石だけでは、不満ですか?」
「そういう問題じゃなくてね……」
「では、少し長い旅行に出ると考えたらどうじゃろう?」
「は?」
「自分の姿が変わったのは、服でも新調したものと思えばよい」
「世界の育成を旅行感覚……っ?!しかも勝手に人の姿を変えておいて、服を新調した程度のことのように……!!」
葵がどれだけ、怒りを募らせているか。
頭や心に、直接伝えられる便利な道具があればいいのに。
反論しようと、噛みつくように四人に食ってかかろうとするも。
誰も言葉を話さなくなる。
……やけに時計の針が動く音が、耳の奥に届いた。
それに合わせて、ウサギが人差し指を左右に振り出し。
それに視線が向いてしまう。
今度はウサギが帽子のように、懐から懐中時計を取り出して。
さらに激しく指を振りはじめた。
――――――葵の鼓動が、速くなる。
息苦しく、忙しない。
嫌な予感が、当たってしまった。
あぁ……いるかどうかもわからない神様、あんまりです!!!
「おーやおやおや、マズイよマズイ。時間がないよ」
「最初、時間は無限大って言ってたじゃない!」
「わたくしたちの時間は無限大」
「……だけど、君の時間は限られる」
「ここでモタモタしておれば、お主の故郷の時間がどんどん過ぎてゆくぞ?儂らの世界を育成していけば、時間は戻りお主がこちらへ来た時と同じ時間に帰れる」
「聞いてない!!!」
考える時間すら与えないなんて、お願いする意味なんてないじゃないか!
せめて何か言ってやりたかったが、それすらも時間がない。
ウサギの時計が時進む。
葵の周りの景色が、ボロボロと崩れていく。
(あぁ、終わったな)
「言ってないからね。……と、いうわけで〜行ってらっしゃーい!」
チクタク、チクタク。
ウサギの時計が早回し。
いきなり出来た大きな穴に、葵はまっ逆さまに落ちていった。
暗く、深い穴だ。
底は見えない。