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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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とある冬の日の

作者: 秋雨前線
掲載日:2026/10/31

とある動画を見た。犬に関する動画だった。そのとき、昔飼っていた愛犬を思い出した。だから、少し思い出を綴ってみたくなった。

皆さんは大事な「物」がいるだろうか。


ここでの「物」は家で飼っているペットとする。こう言うと大体の人は怒る。もちろん私だっていい顔はしない。


ではなぜ。なぜペットは物として扱われるのだろうか。逆に、ペットを「物」として扱ってみよう。


私がここで語りたいのはとある14年間だ。




私は昔「物」を飼っていた。超小型犬であるチワワだ。私がとても小さい頃……確か四歳の頃だっただろうか。小さなペットショップに行ってまだ子犬だったこのチワワを抱いていた記憶がある。餌入れももらって、犬に関する説明も聞いて。

かなり小さい頃の出来事だが意外と鮮明に覚えているものだ。


名前は毛の色がきなこのような茶色だったため、きなこと名付けた。この名前は私が決めたものだろうか。それとも親が決めたのだろうか。そうして、「物」は家族となったのだ。




「きなこ」はとても愛想が良かった。名前を呼んだら尻尾を振りながら口を開け、舌を出しながらこちらへと走ってくる。

散歩はあまりしなかった。外へ行っても歩かないのだ。小さい頃は少しでも、と外に出してみていたがあまりにも歩かないためいつの間にか散歩はしないようになっていた。


小さい頃犬の散歩というものに憧れていたのだが、個人の性格というものもあるのだろう。これに関してはしょうがない。


だが、少し外に出したときにはたまに通るご近所さんに尻尾を振りながら行っていたものだ。

私とは違って、色んな人の方へ行っていた。そのたびに家族全員で笑いあったものだ。




そういえば私と「きなこ」は誕生月が同じで毎年祝っていた。私の誕生日は8月9日なのだが、「きなこ」の誕生日は8月4日でとても近く運命を感じていたのを鮮明に覚えている。


誕生日をはっきり言われる前はすっかり8月6日が誕生日だと思っていたものだ。まさか違った誕生日を祝ってしまっていたなんて。


あぁそうだ。8月になると「きなちゃんのおやつを買ってあげないと!」なんて言って小さいパンのようなおやつを買っていた。そのおやつがとても好きだったのだ。


亡くなる直前までは棒のようなおやつが好きだったような…。棒に肉が巻いてあるような、そんなおやつだった。




ドッグランには……ほんと少し、1,2回だけ行ったことがあるような。

いや、そもそも「きなこ」は外があまり好きじゃなかったのだ。外が好きではないと言うよりは車が苦手だったのだろう。


外ではよく遊んでいた。土日の休みの晴れている日には外に出して走って遊んだものだ。


お水飲ませてあげるーなんて言って水道水を生で飲ませたり、この葉っぱかわいーなんて言って頭の上落ち葉を乗せて遊んでいたものだ。

まぁ、どれがやってよくてどれがやっちゃだめかなんて区別もつかなかったが。


庭で遊んでいるときにはたまにそこら辺に糞をしてしまうこともあった。そのときは妹とジャン負けでトイレットペーパーを家に取りに行って取ってあげるのだ。


そういえば、最近庭で遊んでいない。歳のせいだろうか。晴れたら久しぶりに庭でゆっくりしてみるのも悪くないだろう。



車に乗るときと言ったら、父方の祖父母に会いに行く時くらいだった。


父方の祖父母の家に一緒に行くときは必ずヴァイオリンも持って。じぃじとばぁばに自慢しに行ってたのだ。実際、二人とも私のヴァイオリンをとても褒めてくれていたし、「きなこ」のことだってかわいがってくれた。

いとこの二人も「きなこ」をよくかわいがってくれたものだ。





チワワという犬種はメキシコで生まれた品種である。このことは「きなこ」のことについて学ぼうとしたときに読んだ本で知ったことである。

メキシコという国は暑い。そのためチワワは暑さに慣れていても、寒さにはめっぽう弱い。そう聞いたような気がする。

これも小学生の頃の記憶だから、本当にあっているのかどうかはわからない。


だから、これを知った私は冬にはよく毛布などを持っていって温めに行ってたような気がする。私も冬の寒さは本当に苦手だ。

私も夏の暑さには強いが冬の寒さには弱い…なんて言ったらキモがられてしまうだろうか。





犬といえば、「お手」や「伏せ」などの訓練にも憧れたものだ。だからよく妹と二人で特訓していた。

「きなちゃん、お手!」

「よーし、きなちゃん、伏せ!」

等と言ってよく子どもの遊びに付き合わせてしまったものだ。お手、伏せ、おかわり、そしてゴロンは覚えてくれたが、それ以外は特に覚えていない。


ゴロンとしたあとに撫でてあげるとお願いをするようなポーズをしてくれるのがとても可愛かった。妹と二人で

「かわいー!!」

なんてはしゃいだものだ。





きなちゃんは小さい頃に腕を骨折してしまった。正確には私がさせてしまったのだ。あれは事故だったのだが……。私が悪いことには変わりないだろう。


小さいながらも悪いことをしてしまったという自覚はあり、病院に連れて行く時とても罪悪感に襲われたものだ。病院で超小型犬であり、まだ子犬だから固定するのは難しいかもしれない。みたいなことを言っていただろうか。

何回か病院に行きすっかり処置できた頃、私はしばらく申し訳なさで顔向けできなかった。

だけど、そのときはまだ小さかったから、2日も経たずにすぐまた遊びに行った。まぁきなちゃんがその時どう思っていたのか私には知る由もないが、きっと……恨んではいないはず……だ。



動物病院に行ったのはこれが最初で最後のような気もする。親は飽き性できなちゃんには無関心だったのだ。

私は新しいペットが増えてもだいたいきなちゃんと共にいた。



あの子は決して吠えなくて。噛みつくこともなくて。きっとあんな子に会えることなんてもう二度とないだろう。


鳴くことはたまにあったのだが、いつもはほとんど鳴かなかった。鳴くときといえば爪切りをされているときだろうか。


噛みつくことは決してなかった。トリミングは家で行っていたのだが、その時でも暴れなかったと思う。長毛種だったからトリミングのときは毎回大変そうだった。



私が小学生後半になってからは本当に記憶がない。私は中学受験をしたのだが、小学二年生の頃から午前一時までずっと勉強をしていてなんでそんなことをやらされているのかもわからずに、ずっと泣きながらやっていた。


2年生の頃はまだ少しでも遊べるときに遊んであげていた。

だが、3年生になってからは、習い事も毎日入っている状態で本当に忙しかったのだ。塾はなかったが学校から帰ってきたら習い事、習い事から帰ってきたらまた勉強と。

土日も暇さえあれば勉強、ヴァイオリンも厳しくされていた。


毎日泣きながら生活していただろう。むしろ泣かない日がなかったくらいだ。


そんな日々を送るうちにいつしかきなちゃんとも遊ばなくなっていった。気づいたときに気にかける。その程度だったのだ。



小さい頃に送っていたあの日々は。良くしてあげたい!なんて言って本を読んでいたあの頃は。ケージの前の冷たい床に寝転んで可愛いねなんて言っていたあの日々は。


全部勉強と習い事でなくなってしまったのだ。


その頃私は受験勉強によるストレスから人間関係もうまく行っていなかった。今ならはっきり言えるが、付き合う友達を間違えたのだ。


ハブられたストレスを嫌いなクラスメイトをいじめることによって恨みを晴らしていた。

今の友達がこんなものを見たらどう思うだろうか。


3年間も。小学生にしては酷な日々を過ごしていた。


それでもたまにきなちゃんは寄り添ってくれたのだ。悩みを話せる人もいなくて泣いていたあの日も、楽しいことがあったあの日でさえ。

こんなずーっと昔からゴミみたいな、人間としては到底生きていけないようなゴミに。

尻尾を振ってこっちに来てくれていたのだ。



あぁ大事なことを忘れていたんだな。でも、大事なものがなくなるまでそんなことには気づけなかった。


本当に大事なものには気付けない。そう言うだろう。



名前を呼んだらこっちに来てくれる。尻尾を振りながら。口を開けて、舌を出しながら。



今はもう名前を呼んでも来てくれないし、庭で一緒に走り回ることだってない。



亡くなる直前まで姿をしっかり見ることはもうなかった。中学生に上がってからは。


ペットだってきなちゃん以外にたくさんいた。鳥だって猫だって。猫は3匹もいる。


みんな猫に釘付けだった。きなちゃんのことを気にかける人なんていなかった。「犬」。

ただそれだけなのだ。



なんだか本当に。馬鹿だと思う。友達の言うとおりだ。




中学1年生の頃。一緒に遊んだ。その頃の写真が今も残っている。

「きなちゃん、ハウス!」

これが一番最後の遊びだと思う。



3月の午後に。これが最後になるなんてその時は全く思っていなかった。




私が中学二年生の頃の冬。きなちゃんは息を引き取った。

ちょうど、年末が近かった。



私はずっと泣いていたのを覚えている。あんな悲しい年明けは初めてだった。

でも、私以外の家族は普通に年明けを迎えた。毎年のように初日の出を見て、年賀状を受け取って。



私は違和感しかなかった。なんで普通に暮らせるのだろうか。今まで過ごした日々は何だったのだろうか。もっと一緒に遊んでやれたら。そんな後悔なんてちっともないの?






現在の日本ではペットは「物」として扱われている。命は比べるものではない、そんなことを言われても言っている人たちの態度を見れば一目瞭然なのではないだろうか。


どうせ、ずっと飼っていたペットの葬式よりも自分の子供の葬式のほうが豪華にやるだろう。別に自明の理だ、文句を言うつもりはない。


ただ……私はきなちゃんのおかげで犬が大好きだ。家族はみんな猫のほうが好きというが私は犬が好きだ。


私を創ってくれた家族を「物」扱いするのは流石に難しい。私は毎年冬が来るときなちゃんのことを思い出す。


家族がみんなきなちゃんのことを思い出さなくても私は思い出そうと思う。





そしてあの頃の日々を。色褪せないようにもう一度。

本当にただポッと思いついただけのお話です。冬はほんとに嫌いです寒すぎて。

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― 新着の感想 ―
国語の説明文…いや論説文?と物語を組み合わせたようなものを感じた。 よくこんなに長いの書けたわね。 私には書けないわ。
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