表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第四話

コインパーキングを出ると、路地は昼の匂いに満ちていた。揚げ油や煮物の甘い香りが、鼻腔を撫でる。

ふたりは、スマートフォンの画面を交互に覗き込む。

曲がり角が来る度に、不安げに立ち止まる。

「こっち……かな」と、美桜の指先が示す方へ、歩を進めた。並んで歩くふたつの肩が、かすかに触れ、離れた。


大通りに出ると、視界の奥に色が立ち上がった。

銀朱――


穂乃果は足を止め、カメラのストラップに手をかける。

ファインダーを構えて――止まる。

瞬きを一つ、カメラを下ろした。


朱色の境界をくぐる。

背後のざわめきが、薄い膜の向こう側へ、遠のいた。

音の層が一枚、剥がれたようだった。


参道の両脇からは、焦げたソースの匂い。

子供の歓声が弾け、人波に溶ける。


穂乃果は歩幅を緩める。

「美桜さん――お参り、行きませんか?」

黒髪が、小さく揺れた。


手水舎の水は、指先の感覚を冷たく奪う。

ふたりは、見よう見まねで、清めを済ませる。


社殿の前で、穂乃果は賽銭を投げ入れ、目を閉じた。

硬貨の跳ねる音が、静謐な空気に一滴の澱を生んだ。


瞼の裏の暗闇に意識を沈め、

手を合わせると周囲の音が、遠のいていく。


後ろを通る人の気配が、背中に残る。

ゆっくりと目を開けると、隣には――美桜がいた。


社殿を離れ、心字池の縁に立つ。

池の表面には、風にほどけた濃紫の影が、ゆっくりと歪んでいる。水面がわずかに揺れるたび、色の残像が千切れては混ざる。

穂乃果は立ち止まり、色のあわいを視線で追っていた。


太鼓橋の前で、人の波が細く密度を増す。

人波に押され、穂乃果が一歩、先に踏み出した。

朱塗りの木肌に足をかけるが、踏み板が浅く重心が前へと落ちる。

「わっ……」

次の一歩が遠く、手すりに指をかけた。

それでも、流れは止まらなかった。

頂に差し掛かる、目の前の急な足場に集中し、一歩ずつ足を運ぶ。

背に当たるはずの圧が来ないまま、進んでいた。


橋の頂上を越え、視界が開ける。

下り坂の先に広がる景色の、その片隅。

紫が、視線の端で揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ