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プロローグ
空は、思っていたより低かった――。
濃紺のベルベットが、視界の全てを奪ったように覆っている。高原の冷たい夜気が肌を撫でるたびに、草の青さと湿った土の匂いが鼻を突く。
穂乃果は手を伸ばし、飛び上がる。伸ばした指先のすぐ先に、それはあった。
――天の川。
幼稚園の頃、頁をなぞった指の感触だけが、やけに鮮やかで、夜空をふたつに割るように、流れていた。
おりひめとひこぼしが、余白の両岸で微笑んでいた。
青と白のお星様を、穂乃果は何度も指でなぞって、いつか本物を見ると決めていた。
ベガ、アルタイル。
指先のすぐ先で、淡く滲んでいる。
眼前に貼り付けられた現物は、驚くほどに淡かった。
誰かのため息が滲んで溶けたように、夜の中へ境界線も曖昧なまま広がっていた。
穂乃果はしばらく、指をのばしたまま動かなかった。
掴めそうで掴めない淡い光の輪郭をなぞっていた。
どこか、満たされないまま、指を下ろす。
熱を帯びた白い息が、夜の闇に吸い込まれて消えた。
傍らで鳴る、誰かの笑い声が、草を揺らした。




