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「……内緒の話、ねえ。李応おじ様も、代筆屋にそんな手紙を書かせるなんて、洒落が効いているというか何というか」


手元に届いたのは、金箔が散らされた贅沢な文。

そこには、「燕青には内緒でお嬢一人で来ること」「輿こしを回すので心配は無用」という、いかにも怪しげな、けれど切実な誘いが綴られていました。


燕青おじさんは、たまたま弟子の稽古で出かけていて不在。

私は「少し調べ物に行ってくるわ」とだけ書き置きを残し、迎えに来た豪華な輿に乗り込みました。


伝説の傾城、李師師の残り香

連れて行かれたのは、臨安の喧騒から隔絶された、李応おじ様の遠い親戚が所有するという隠れ里のような屋敷。

奥の部屋で私を待っていたのは、李応おじ様と……そして、息を呑むほどに白く、この世のものとは思えないほど静かな気品を纏った一人の老婦人でした。


「よく来てくれました、蓮華。……本当に、華流かりゅうにそっくりだこと」


その女性の言葉に、私は心臓が跳ね上がるのを感じました。


李師師りしし

かつて北宋の皇帝・徽宗きそうに愛され、国を傾かせたと言われる伝説の芸妓。北宋崩壊の混乱で行方不明とされていた彼女が、なぜここに。


「……お祖母様から聞いていました。母様には、姉のように慕っていた『叔母様』がいたと」


「ええ。華流とは、血の繋がり以上に深い縁がありました。……これを、あなたに」


彼女が咳き込みながら、震える手で差し出したのは、鈍い光を放つ和田玉ホータンぎょく


最高級の羊脂玉。

しかも、北宋の中興の祖である仁宗皇帝から伝来したという、歴史の重みが凝縮された逸品です。


お嬢の独り言

「……視界が歪む。

代筆屋として、今まで数えきれないほどの財宝や書画を見てきたけれど、これほどまでに『思い』が詰まった石は初めて。


李師師様……。

この人は、北宋という時代の光と影をすべて背負って、南へ逃げてきた。


そして、私の母様――盧華流を、実の娘のように愛してくれた。

この玉は、かつて母様が肌身離さず持っていたけれど、私を産む時に燕青おじさんに預け、その後、混乱の中で師師様の手元へ戻っていたもの。


『蓮華、これはもともと、あなたの叔母の形見として華流に渡したもの。今度は、あなたが持ちなさい。36群星なんて物騒な男たちに囲まれているあなたに、せめてこの石が、穏やかな光を運んでくれるように』


『……師師様。おじさんには、何と言えば?』


『あの男には、何も言わなくていいわ。……ただ、“いつまでもお待たせしてごめんなさい”とだけ、心の中で伝えてあげて』


李応おじ様が、珍しく神妙な顔で横に座っている。


商売の鬼である彼が、一文の得にもならないこの再会をセッティングしたのは、彼なりの『義』だったのでしょう。


私は和田玉を握りしめました。

ひんやりとした感触の奥に、母様の体温が残っているような気がした。


燕青おじさん。

あんたがずっと隠していた『北宋の忘れ物』を、私は今日、受け取ってしまったわ。


これから店に帰って、どんな顔をしてあんたに会えばいいのか……代筆屋の私でも、その言葉だけは見つかりそうにありません」


その夜:店に戻ると

屋台の湯気が立ち込める店の前で、燕青おじさんが腕を組んで立っていました。


輿で帰ってきた私を見て、彼は目を細めます。


「お嬢、ずいぶんと遅かったな。……李応の旦那、お前に何を教えやがった?」


おじさんの視線が、私の胸元で微かに光る和田玉に止まりました。

彼の表情が、一瞬だけ、凍りついたように止まる。


「……おじさん。これ、叔母様から預かってきたわ。あんた、ずっとこれを探してたんでしょう?」


おじさんは何も言わず、ただ夜の風に吹かれていました。


その瞳には、私が一度も見たことのない、遠い北の都の残像が浮かんでいるようでした。

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