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「……少し、風が冷たくなってきましたね」


私は手桶を置き、墓石に刻まれた**「盧華流ろかりゅう」**という名を見つめました。


臨安の喧騒から少し離れた、静かな寺の裏手。ここには、私の母様が眠っています。


母様は、あの「玉麒麟」盧俊義が、北の地の名高い妓楼の女将との間に授かった娘。


おじい様の堂々たる体躯と、お祖母様の艶やかさを引き継いだ母様は、燕青おじさんにとっては、一生をかけて守り抜くべき「主君の至宝」であり、同時に「ただ一人の愛する女性」だった。


私の後ろでは、燕青おじさんが、普段の締まりのない笑みを消して、いつになく真面目な顔で手を合わせています。


墓前での独り言

「母様。

……見ての通り、おじさんは相変わらずですよ。

たまに帰ってきたかと思えば、血生臭い依頼を持ち込んできて、私に代筆だの鑑定だの、物騒なことばかりさせるんです。

母様は、おじさんが家の外で『浪子』なんて呼ばれて、36群星なんて連中と夜の闇を駆けているのを、どんな気持ちで待っていたのかしら。

私が今、こうしておじさんを『おじさん』と呼んで、一歩引いたところで付き合っているのは、たぶん母様の悲しみを知っているからかもしれません。


『……お嬢。華流は、お前の代筆屋としての仕事ぶりを見たら、なんて言うだろうな』


おじさんが、絞り出すような声で言いました。


『決まってるじゃない。……“燕青、あなた、娘に何を教えてるのよ”って、おじさんの頬を引っぱたいているわよ』


私の言葉に、おじさんは力なく笑いました。

その笑い顔が、母様の遺した数少ない肖像画の面影に重なって、胸の奥が少しだけチクりと痛む。


『おじさん。母様はね、おじさんが英雄であることなんて、きっと一度も望んでいなかった。ただ、生きて帰ってきて、たまには筆の一本でも握って、下手な恋文でも書いてほしかったはずよ』


『……手厳しいね。さすが、華流の娘だ』


おじさんは、母様が好きだった沈香の煙を、慈しむように見つめていました。

墓石の向こう、臨安の空には一番星が輝き始めています。


北斗星。

天を駆ける星々は、地上で足掻く私たちをどう見ているのかしら。


墓参りの帰路、不穏な足音

墓参りを終え、薄暗くなった石畳の道を下っていると、燕青おじさんの足取りがふと止まりました。

彼の耳が、微かな衣擦れの音を捉えたのです。


「お嬢、俺の背中に隠れろ」


「……おじさん?」


「しっ。……墓参りの邪魔をされたくはなかったんだが、どうやら『地煞星ちさつせい』の連中、思っていたより気が早いらしい」


暗闇の中から現れたのは、南宋の役人の制服を着た男たち。


しかし、その目は役人のそれではなく、飢えた狼のような暗殺者の光を宿していました。


「……燕青。そして盧俊義の孫娘。丹書鉄券の件、趙高官が黙っておられると思うたか」


お嬢の独り言

「……やれやれ。お母様、ごめんなさい。

せっかくの静かな時間が、またこのおじさんのせいで台無しです。

燕青おじさん。

あいつらの首、私の代筆屋の看板を汚さない程度に、鮮やかに片付けてちょうだい。

その代わり、帰りに寄る屋台の麺代は、あんたの奢りよ」


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