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「……ったく、どいつもこいつも父親ぶるのがお上手なこと」
兀突が置いていった、手垢と血の匂いが染み付いた重たい銭袋を横目に、お嬢は筆を洗った。
燕青おじさんは、その広い背中で窓の外の夜気を受けながら、いつまでも工作員の消えた路地を見送っています。
「お嬢、今の言葉……あの男、泣いてたぜ」
「……知らないわよ。私は代筆屋。言葉を売っただけ。おじさんも、さっさとそのツケを払いなさいよね」
私はそっけなく言い放ちましたが、心のどこかでは分かっていました。
今の言葉は、兀突に向けて言ったのと同時に、目の前の「たまにしか帰ってこない父親」への皮肉でもあったのだと。
枯れない黄金、小旋風の屋敷へ
翌日。
燕青おじさんに引きずられるようにして向かったのは、臨安のなかでもひときわ静謐な高級住宅地。
そこには、かつての後周皇帝の末裔であり、梁山泊では「小旋風」と称えられた**柴進**様の屋敷がありました。
南宋となった今、柴家はその血筋ゆえに準貴族として遇され、優雅な隠居生活を送っています。
おじさんにとっては、かつての「大旦那(盧俊義)」の親友であり、恩人でもある場所。
「お嬢、今日は少しだけ言葉を慎めよ? 相手はあの柴進大人の息子、**柴翊**様だ」
「……分かってるわよ。翊兄様でしょう? おじさんがいない間、私に読み書きや礼儀を教えてくれたのは、おじさんじゃなくて、あの人なんだから」
私にとって、柴翊様こそが「あるべき父親」の形に近い存在でした。
燕青おじさんが風のように消えるたび、幼い私を膝に乗せ、盧家の誇りを忘れぬよう諭してくれた、穏やかで気品に満ちた人。
門を潜ると、そこにはかつての梁山泊の荒々しさは微塵もありません。
しかし、奥の書斎で私たちを待っていた柴翊様の顔は、いつになく曇っていました。
柴翊の困り事
「よく来てくれた、燕青。そして……蓮華、大きくなったな」
柴翊様は力なく微笑みましたが、その手元にある一通の「招待状」が震えています。
「……実は、困ったことになった。我が家に伝わる家宝……かつての皇帝から授かった『丹書鉄券』を、ある男が狙っている。
しかも、表向きは『正当な鑑定』という名目で、臨安の権力者たちが動いているんだ」
お嬢の独り言
「……出た。平和ボケした貴族たちの、品のない略奪。」
「丹書鉄券といえば、柴家が代々守り抜いてきた、皇帝直筆の免罪符。
それが他人の手に渡るなんて、柴家の、ひいては梁山泊の誇りを泥に塗るのと同じ。
翊兄様、安心なさい。
おじさんはただの用心棒だけど、私は代筆屋。
文字の真贋も、家系の偽造も、私の筆一本でどうにでもしてあげる。」
燕青おじさんは、柴翊様の肩を叩きながらニヤリと笑いました。
「聞いたか、翊。俺たちの『お嬢』は、今や臨安一の毒舌代筆屋だ。……さて、その不届きな『鑑定人』とやらの名前を聞かせてもらおうか」
【柴翊と「お嬢」の関係】
兄のような父: 燕青が不在の間、教育を施した人物。お嬢にとっては燕青よりも「信頼できる大人」。
柴家の立場: 準貴族として裕福だが、それゆえに南宋の腐敗した役人や権力者から目を付けられやすい。




