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「……生地屋の旦那、目ざといわね。でも、ただの『匂い袋』で終わらせないのが、私の代筆屋としてのこだわりよ」
私は、生地屋さんの熱心な申し出を聞きながら、新しいアイディアに胸を躍らせました。小物を扱うそのお店なら、宋錦や美しい端切れを使って、素敵な袋に仕立ててくれるはず。
「旦那、袋に入れるなら生薬を粉々にしすぎちゃダメ。香りが一気に飛んでしまうわ。……そうだわ! ひとつ、私からの提案があるんだけど、聞いてくれる?」
錦の守り、香る文香
お嬢の独り言
「……袋に直接生薬を入れるだけじゃ、香りはすぐに薄れてしまう。
だから、まずは私が書いた『祈りの言葉』や『季節の詩』を記した特製の芳香紙で、生薬をふわりと包むの。
紙に香りを閉じ込め、さらにその紙から香りが滲み出す……二重の仕組みにすれば、驚くほど長持ちするはず。
これを錦の袋に入れれば、それはもう単なる匂い袋じゃない。
身を守る『守り袋』であり、持ち歩ける『文香』になるわ。
『小大さん、この袋の中に忍ばせるための、小さな小さな“極小の版木”を作って。文さん、あんたは袋ごとに違う、縁起の良い言葉を数百通り考えてちょうだい』
『師匠……ついに印刷が、掌の上の小宇宙にまで凝縮されましたね』
文さんは感心しながらも、最高に縁起の良い熟語を並べ立て、小大さんは米粒に文字を刻むような勢いで、精密な文様の版木を削り始めました。
燕青おじさんの弟子たちが、生地屋さんと私の間を忙しく往復し、最高の宋錦の端切れと、公孫勝おじ様の弟子が持ってきた新鮮な生薬を運びます。
お嬢の独り言
『……そして、一番出来の良いのは、柴翊おじ様に差し上げなきゃ。
おじ様はいつもこの国の行く末を案じて、心をお疲れにしているから。
石菖蒲と龍脳を多めに入れた、精神を鎮める特製の守り袋。
燕青おじさんの弟子の一人に、こう伝えてちょうだい。
“柴翊様に、お嬢からの贈り物です。出来上がったら真っ先に、とびきり香りの良いものを分けて差し上げますから、楽しみにしていてください”って』
弟子は「心得ました!」と力強く頷き、風のように柴翊様の邸宅へ向かいました。
数日後。
翊華印盤と生地屋の共同製作による『香守』が完成しました。
袋を開けずとも、手に持つだけでふんわりと高貴な香りが漂い、中の紙には私の流麗な文字が躍っている。
『おじさん、見てなさい。
これで臨安の人々は、懐にいつも私たちの“言葉”と“香り”を忍ばせることになるわ。
それはいつか、彼らが困難に直面したとき、ふっと正気に戻るための道標になるはずよ』
燕青おじさんが不在の間、私たちの絆は、この小さな錦の袋の中にまで、深く、固く結ばれていきました」




