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「……そうだったわ! 灯台下暗しね。公孫勝おじ様のあのお弟子さんたちなら、生薬の調達なんてお手の物じゃない!」
私は思わず膝を打ちました。
公孫勝おじ様が連れている道士の方々は、野山を駆け巡り、天の理を読み解く修行の身。どこに最高級の龍脳が眠り、どの谷に最も香りの強い丁香が自生しているか、手に取るように知っているはず。
文さんが心配していた「生薬の在庫切れ」も、これで一気に解決です。
道士の秘薬、風を運ぶ紙
お嬢の独り言
「……公孫勝おじ様の使いとして現れたお弟子さんは、世俗の欲とは無縁そうな、けれど底知れない知識を湛えた瞳をしていました。
私が製作途中の『芳香紙』を見せると、彼はその端を少しだけ千切り、香りを確かめてから静かに微笑んだの。
『……盧家の星の子よ。この配合、悪くはない。だが、あと一分だけ、雪山の奥深くで採れる“石菖蒲”を加えなさい。そうすれば、邪気を祓うだけでなく、持つ者の邪念をも払い、筆を運ぶ手が天と繋がるようになるでしょう』
石菖蒲。それは深山の清流にしか育たず、普通の商人ではまず手に入らない代物。
けれど、彼は袖の中から、まだ露を含んだような瑞々しい生薬を差し出してくれました。
『材料は心配いりません。我ら道士が、修行の合間に集めてまいりましょう。……その代わり、この紙で、世の人々の迷いを晴らす言葉を届けてください』
『……約束するわ。公孫勝おじ様やあなたたちが運んでくれたこの香りを、私は一滴も無駄にせず、この国の希望に変えてみせる』
小大さんは、道士様から授かった未知の生薬を糊に練り込みながら、驚愕の声を上げていました。
『師匠、この石菖蒲……墨のノリが、信じられないくらい良くなります! 彫り込んだ細い線の一本一本まで、まるで命を吹き込まれたみたいだ』
文さんも、蕭譲譲りの几帳面さで新しい配合比率を記録しながら、恍惚とした表情を浮かべています。
『……香りが、より深く、清らかになりました。これはもはや、紙の域を超えて“経典”そのものの品格です』
燕青おじさんの弟子たちが、道士様たちから届く新鮮な生薬を次々と受け取り、工房は今や、臨安で最も聖なる香りに包まれた場所になりました。
お嬢の独り言
『……これで準備は完璧よ。
陸游様の詩集。それに、来月の邸報。
公孫勝おじ様の道術と、燕青おじさんの人脈、そして私の文字。
36群星の力が、この一枚の紙に結集したわ。
この香りが漂う場所には、役人も、悪しき噂も、病魔も近寄れない。
私たちは今、この閉塞した臨安の中に、誰も汚すことのできない“心の浄土”を刷り上げているのよ』
燕青おじさん。
海を渡るあんたの船にも、この石菖蒲の香りを届けたい。
きっと、荒れ狂う波を鎮め、あんたを迷わずここへ連れ戻してくれるはずだから』」
翊華印盤・究極の「道印紙」
新成分: 石菖蒲——集中力向上、精神浄化、墨ノリの劇的改善。
供給網: 公孫勝の弟子(道士)による、産地直送の最高級生薬。
副次効果: 湿気に強く、百年経っても香りが失われず、虫一匹寄せ付けない。




