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「……素晴らしいわ! それ、すぐに採用しましょう!」
私は思わず身を乗り出しました。燕青おじさんの弟子たちの知識、恐るべしね。
ただ美しいだけの紙なら、臨安の街にはいくらでもある。けれど、文字を読むたびに清涼な香りが立ち上り、しかもそれが「邪気を祓う(防疫)」という実用的な意味を持っているとなれば、話は別。
今の臨安は人が密集し、常に疫病の不安がつきまとっています。
政府御用達の『邸報』が、ただの情報源ではなく「持っているだけで身を守るお守り」のような価値を持てば、私たちの地位は不動のものになるわ。
香る言霊と、防疫の紙
お嬢の独り言
「……丁香のピリッとした鋭さ、白芷の清潔感、そして龍脳の突き抜けるような涼やかさ。
紙を漉く段階、あるいは製本の糊にこれらの生薬を練り込めば、本を開くたびに深山の空気が広がるような感覚になるはず。
『小大さん、この香りに負けないくらい、版木の押し加減を調整して。熱を加えすぎると香りが飛んでしまうわ。文さん、この記事の隅に、使われている生薬の効能をさりげなく、学術的に書き添えなさい』
『師匠……もはや印刷所というより、薬師の工房ですね。安道全の爺さんが見たら、目を丸くして喜ぶでしょうな』
文さんは感心しながら、蕭譲譲りの端正な筆致で、疫病から身を守るための心得を、邸報の「付録」としてまとめ始めました。
燕青おじさんの弟子が、慎重に調合された生薬の粉末を持ってきました。
彼らが選んだのは、最高級の宣紙。そこに香りを封じ込め、さらに私たちの『翊華印盤』の特製墨を乗せる。
『おじさん、見てなさい。
今回の邸報は、官僚たちの机の上で、一番“清らかな場所”を独占することになるわよ。
嫌な臭いのする古い公文書の山の中で、私たちの邸報だけが、凛として香っている。……これこそが、情報の“格”というものよ』
お嬢の独り言
『……そして、この技術は裏で刷っている“陸游様の詩集”にも応用できる。
厳しい冬の北の地を想う詩に、この清冽な香りを添えれば、読んだ人の心は文字通り、邪気を払って浄化されるはず』
弟子たちは、私の意図を汲み取り、手際よく紙の選定と香料の練り込みを進めていきます。
彼らの動きには、かつて盧家を支えた誇りと、燕青おじさんから叩き込まれた実戦的な知恵が同居している。
『よし、準備は整ったわ。
今月の邸報は、臨安の空気を書き換える“芳香の旋風”になるわよ!』
工房に満ちる、墨の匂いと、高貴な生薬の香り。
私たちは今、文字を通じて、人々の『心』だけでなく『身体』の安寧までも司ろうとしていました。




