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「……二週間!? 小大さん、文さん、寝る時間は返上よ! 燕青おじさんも、弟子の若手たちを全員集めて。石材運びから版木の乾燥まで、人手が足りないわ!」
臨安の代筆屋の裏手、かつては静かな庭だった場所が、突如として巨大な建築現場に変わりました。燕青おじさんが呼び集めた36群星ゆかりの職人たちと、李応おじ様が手配した迅速な資材調達。信じられない速さで、巨大な印刷機と乾燥場、そして膨大な紙を蓄える「翊華印盤」の拠点が組み上がっていきます。
翊華印盤、始動。毒と蜜の創刊号
お嬢の独り言
「……柴翊様の『翊』と、私の名から一字取った『華』。
この名前を掲げた以上、中途半端なものは出せない。
でも、最初から朝廷と真っ向勝負をするほど、私はお人好しじゃないわよ。
まずは“蜜”をたっぷり塗って、連中の警戒を解くことから始める。
政治の表向きな情報、無難な人事異動の公示……そして、一番の目玉は『偉いさんへの提灯持ちインタビュー』。
『おじさん、趙高官のところへ行って、彼の“高尚な趣味”について聞いてきて。大喜びで自慢話を始めるはずよ。それを私が、臨安一の雅な美文に仕立て上げてあげるから』
『へっ、お嬢も悪よのう。あの脂ぎった親父を、まるで陶淵明か何かのように書き換えるってわけか』
さらに、紙面の半分は『貴族の間で今最も熱い流行食』。
顧大嫂の孫の店で出しているような、一般には手に入らない秘伝の食材や、西域から届いたばかりの珍しい香辛料。
“付け届け”を期待する貴族たちの物欲を刺激して、この邸報を『読まなければ流行に取り残される』というステータスにしてやるのよ。
『小大さん、このインタビューの横に、趙高官の肖像を彫って。……実物の三割増しくらいに気品を込めてね。文さん、あんたは役人たちが喜ぶ、堅苦しいけど耳に心地いい敬語の選定!』
『師匠……これはもはや、情報の偽造というより、情報の“魔改造”ですね』
文さんは呆れながらも、蕭譲譲りの几帳面さで、官僚たちが「おっ、自分のことが分かっているな」と頷くような見事な公文体を作成していきます。
そして迎えた創刊当日。
『翊華印盤』の焼印が押された、墨の香りが立ち上る邸報が、臨安の街に解き放たれました。
『燕青おじさん、見てなさい。
今は、これでいいの。
連中が、私たちの邸報を“自分たちの御用達”だと思い込んだ時……。
その紙面に、一滴の“真実の毒”を混ぜる。
それができるのは、自分たちの用意で製作所を建てた私たちだけなんだから』
おじさんは、刷り上がったばかりの邸報を広げ、趙高官のあまりに美化された肖像を見て、吹き出しました。
『……お嬢、こりゃひどいな。趙の親父、明日からこれを持って街を練り歩くぜ。
さあ、祝杯だ。今夜は顧の店で、最高の蒸し鶏を用意させてる。翊華印盤、まずは大成功だな!』
夕暮れの臨安。
真新しい木材の匂いと、動き始めた巨大な版木が刻むリズム。
私たちの『翊華印盤』は、まだ誰にも悟られない牙を隠し、まずは贅沢な蜜を滴らせながら動き出しました」




