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「……ちょっと待って、柴翊様。今、なんておっしゃいました?」
私は、書き上げたばかりの歌本を片付ける手をとめ、耳を疑いました。
柴翊様が穏やかな笑みを浮かべながら、けれど逃げ場のない真剣な眼差しで提示したのは、あまりに重すぎる、けれど抗いがたい「誘い」でした。
言霊の盾、臨安の「邸報」
「朝廷の公式情報を伝える『邸報』……それを、私たちが? 月に一度、公式に発行しろと?」
「そうだ、蓮華。今の朝廷の情報は、欲深い役人たちが自分たちの都合の良いように書き換え、市井に流している。真実を知るべき人々が、歪んだ噂に踊らされているんだ」
柴翊様は、文さんや小大さん、そして背後で腕を組んで聞いている燕青おじさんを順に見つめました。
「盧家の信頼、金大堅の技術、蕭譲の正確さ。そして燕青の持つ“生きた”情報網。……これらが揃った製作所なら、誰にも改竄できない、真実の邸報が作れるはずだ。……ただし、製作所の立ち上げ費用は、君たちに出してもらう。これは、“独立した声”を守るための覚悟の証だ」
お嬢の独り言
「……邸報。それは本来、官僚たちだけが目にする情報紙。
それを、私たちの手で、私たちの技術で刷り上げる。
これがどれほど危険で、どれほど誇り高いことか、おじい様の血を引く私には分かってしまう。
製作所の費用を自分たちで出せ……つまり、朝廷の金に頼らないことで、誰の指図も受けない『自由』を買え、ということね。」
『……燕青おじさん。あんた、さっきから黙ってるけど、どう思うの? 兀突さんの手紙や、薬の台帳を書いていた時とは、わけが違うわよ』
おじさんは、窓の外の月を見つめたまま、低く笑いました。
『お嬢、お前がいつか、ただの代筆屋に収まらなくなることは分かってたさ。……費用なら心配するな。李応の旦那や、各地に散った36群星の連中が、こういう時のために“眠らせている金”がある。……小大、文。お前たちの腕、国を相手に試してみる気はあるか?』
小大さんは鉄筆をぎゅっと握りしめ、文さんは私の師匠としての顔を盗み見ながら、力強く頷きました。
『……いいわ。やりましょう。
代筆屋・盧蓮華、今日から“臨安の目”になってあげる。
偽造できない版木に、逃げも隠れもしない私の文字を刻んで、この都の空気を震わせてやるわよ』
柴翊様は満足そうに深く頷き、私に一通の「許可証」を渡しました。
『期待しているよ。……最初の邸報の第一面、何を載せるかは任せる。お前の筆で、この腐った霧を晴らしておくれ』
私は、文さんに命じて、今までで一番質の良い紙を発注させました。
これから私たちが刷り上げるのは、単なる情報じゃない。
南宋という時代の『鼓動』そのものなんだから。
『小大さん、版木の材は最高級の梨の木を用意して。文さん、あんたは公式用語のチェック。……おじさんは、裏で嗅ぎ回ってる役人たちを、美味い酒で煙に巻いてきなさい!』




