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「……ちょっと、おじさん。この自信満々な若様をどうにかしてよ。私の机を占領して、墨の匂いまで嗅ぎ分けてるんだけど」


燕青おじさんは、苦笑いしながら新しい墨を差し出してきました。


目の前にいるのは、かつての梁山泊で「聖手書生せいしゅしょせい」と謳われた**蕭譲しょうじょう**の孫……つまり蕭譲の娘の息子にあたる、蕭文しょうぶん


彼は柴翊様の邸宅で書生をしていましたが、臨安で評判の代書屋が「燕青の娘」だと聞き、どうしても我慢できなくなったようで。


「盧家の令嬢、巷ではあなたの文字がもてはやされているようだが……。聖手書生の血を引く私が、真の書体というものを見せてあげよう。負けた方は相手を『師匠』と呼び、生涯その教えを乞う。……どうかな?」


聖手せいしゅの孫と、臨安の代筆屋

お嬢の独り言

「……やれやれ。柴翊様のところで大人しくお勉強していればいいものを。

でも、その真っ直ぐな瞳は、かつての蕭譲おじ様が公文書を偽造(!)していた時のあの真剣な眼差しにそっくり。


判定人は、柴翊様と、屋敷の使用人たち数名。

お題は、今臨安で大流行している最新の歌本を、五つの有名書家の書体で書き分けること。


王羲之、顔真卿、柳公権……それらをただ模倣するんじゃなく、歌の『心』に合わせて筆を走らせなさいっていう、柴翊様らしい粋なルール。


『いいわ。受けて立つわよ、文さん。その代わり、負けたら私の店の墨摺りと、小大さんの版木の片付けを一年間手伝ってもらうからね』


勝負が始まると、室内は静寂に包まれました。

文さんの筆運びは、まさに流麗。蕭譲譲りの正確さと、若さゆえの鋭さがある。


対する私は、代筆屋として毎日何百枚と書いてきた『生きるための文字』。

一作目、二作目……。

五作目の最後の一筆を書き終えたとき、柴翊様は二人の書を交互に眺め、静かに口を開きました。


『……文。お前の文字は完璧だ。手本としてはこれ以上ない。だが、蓮華の文字を見てごらん。この歌にある“恋しい人を待つ夜の風”が、文字の掠れの中にまで宿っている。……これは、技術だけでは届かない、人の心に寄り添ってきた代筆屋の深みだ』


文さんは、自分の書と私の書をじっと見比べ、やがて筆を置いて深く頭を下げました。


『……負けました、師匠。私の文字には、まだ“呼吸”が足りなかったようです』


『えっ、ちょっと待って! 本当に師匠って呼ぶの!?』


その夜:居酒屋「顧」にて

結局、文さんは約束通り、私の店の手伝いをすることになりました。

燕青おじさんは、蕭譲の孫をこき使ってお茶を淹れさせながら、上機嫌で蒸し鶏を頬張っています。


「ははは! お嬢、いい弟子ができたじゃないか。蕭譲の孫が墨を摺り、金大堅の息子が版を彫り、燕青の娘が文字を書く……。これじゃ、臨安の出版業界は俺たちの天下だな」


「おじさん、勝手に話を進めないでよ。……でも文さん、今の文字の入り方、もう一度見せて。そこはもう少し力を抜いたほうが……」


お嬢の独り言

「……文さんは、悔しそうな顔をしながらも、一生懸命に私の筆先を盗もうとしている。

代筆屋の店に、また一人、賑やかな『星』が増えてしまったみたい。

文さん、そんなに固くならないで。

仕事が終わったら、この蒸し鶏を奢ってあげるから。

師匠からの、最初のご褒美よ」


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