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「……ちょっと、燕青おじさん。今度は潮の香りがする依頼ね。代筆屋に『海の道』まで書き換えろって言うの?」


店に持ち込まれたのは、使い込まれて端がボロボロになった海図。

依頼主は、臨安の港を拠点にする老練な漁師たちの組合です。


燕青おじさんは、羅針盤の蓋を指先で弾きながら、真剣な眼差しで海図を見つめました。


「お嬢、笑い事じゃねぇ。近頃、海の流れが変わった。潮目が変わり、かつての漁場には魚がいなくなり、代わりに見たこともない深みに大群が潜んでいる。

……この羅針盤と海図のズレを直さなきゃ、潮に流されて命を落とす奴が出る」


星の針と、深淵の地図

お嬢の独り言

「……なるほど。単なる書き写しじゃない、これは『生きた海』を写し取る仕事。

漁場が変われば、街に並ぶ魚の種類が変わり、人々の暮らしも、そしてあの美味しい蒸し鶏の店の仕入れだって変わる。


私は、金小大さんが新しく作ってくれた、極細の真鍮製の針を手に取りました。


『小大さん、羅針盤の文字盤を新しく刻み直して。……北極星だけじゃなく、二十八宿の星々を、より細かく、より正確に。私が書く最新の天体観測データに合わせてね』


『ああ、任せろ。僅かな狂いも許さねぇ。……お嬢、海図の“墨”は、耐水性の高い例の煤を混ぜたやつを使うんだな?』


私は、公孫勝おじ様から教わった『天体の運行』と、燕青おじさんが港の荒くれ者たちから集めてきた『最新の潮目』の情報を、一枚の皮紙に集約していきます。


筆を走らせるたびに、海図の上に新しい航路が浮かび上がる。


ここには暗礁がある。ここには季節によって変わる急流がある。

そして、かつては誰も知らなかった、新しい黄金の漁場。


『……おじさん、できたわ。この羅針盤と海図があれば、霧の中でも迷うことはない。魚の群れを追いかけるのも、嵐を避けるのも、指先一つで決まるはずよ』


燕青おじさんは、完成した羅針盤を掲げ、月明かりに透かしました。


『お見事。これで臨安の食卓は安泰だ。……お嬢、知ってるか? 羅針盤が導くのは魚だけじゃねぇ。この海の向こうにあるもっと遠い国との“道”も、この針一本で変わるんだぜ』


夜の港の喧騒が、遠くから聞こえてくる。

私の書き換えた一本の線が、多くの家族の胃袋を満たし、過酷な海で働く男たちの命を繋ぐ。

代筆屋の仕事は、もはや紙の上だけには収まらない。

星を読み、地を刻み、海を導く。


『さあ、小大さん。完成祝いに、またあの蒸し鶏の店に行きましょう。新しい漁場で獲れた、とびきり威勢のいい魚の差し入れが届いてるはずよ!』


『……お嬢、あんたは本当に食い意地が張ってるな』


『うるさいわね! 良い仕事には、良い食事が不可欠なのよ!』」

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