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「……ちょっと、燕青おじさん。店の外の騒ぎ、どうにかしてよ。これじゃ代筆屋じゃなくて、ただの行列のできる人気店じゃない」
景徳鎮の封印紙と印章が役所にお披露目されてからというもの、私の店には「あの書体の文字で印章を彫ってほしい」という依頼人が、運河の端まで列をなしています。
官僚、豪商、はてはただの成金まで。
みんな、私が書いたあの『麒麟の隠し紋様』にすっかり魅せられてしまったみたい。
でも、文字を書くのは私でも、それを寸分違わず硬い材に刻み込める人間がいなければ、印章は完成しません。
燕青おじさんは、押し寄せる客を軽くいなしながら、一人の青年を引っ張り出してきました。
鉄筆の再来と、版木の革命
その青年は、無愛想に彫刻刀を研いでいましたが、私の書いた文字案を一目見るなり、その瞳に鋭い光を宿しました。
「……良い線だ。盧家の令嬢。筆の返し、墨の溜まり、その奥に隠された仕掛け……俺の親父、**金大堅**なら、一晩中眺めて酒を飲んだだろうよ」
お嬢の独り言
「……彼が、かつての梁山泊で『玉臂匠』と謳われた名彫刻師、金大堅おじ様の息子、金小大。
お父様譲りの逞しい腕と、岩をも穿つような力強い指先。
おじさんがどこから見つけてきたのか知らないけれど、彼がいれば、私の『文字』は永遠の命を得ることになる。
『小大さん、依頼は山ほどあるわ。でも、ただのハンコを彫るだけじゃつまらないでしょう?』
『……ほう。お嬢、何を企んでいる』
私は、先日公孫勝おじ様と作った予想本の版木を指差しました。
『これから臨安は、空前の出版ブームになる。あなたの彫刻術と、私の文字、そしておじさんの情報網があれば、これまでにない精巧な“版木”が作れるわ。偽造できない紙幣、誰も真似できない美しすぎる経典……どう?』
金小大はニヤリと笑い、愛用の鉄筆を回しました。
『面白い。燕青の旦那が言った通りだ。この店に居れば、退屈だけはしなさそうだ』
燕青おじさんは、二人のやり取りを満足そうに眺めながら、新しい墨を差し出してきました。
『お嬢、小大。お前たちの協力があれば、36群星の影響力は臨安の隅々まで行き渡る。……文字と刻印。それは、刀よりも鋭い武器になるからな』
表の通りの喧騒。
店の中に満ちる、墨の香りと削りたての木の匂い。
私の筆先から生まれた文字が、小大さんの手で形になり、やがて万の人の手に渡っていく。
『さあ、おじさん。お茶を淹れ直して。……これから、臨安の“常識”を書き換える版木を一枚、仕上げるわよ。』
南宋の華やかな時代の裏側で、新しい『力』が静かに、けれど確実に産声を上げていました。




