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「……ちょっと、今度は景徳鎮けいとくちん? 燕青おじさん、この店を朝廷の御用達か何かだと思ってるの?」


私は机に広げられた、最高級の薄紙と、印章の印影を写し取るための朱肉の香りに鼻を詰めました。


依頼は、天下に名を馳せる磁器の聖地・景徳鎮から。皇帝へ献上する「官窯かんよう」の磁器を包むための、特別な封印紙と、その真贋を証明する印章の文字見本です。


燕青おじさんは、棚から古い焼き物の欠片を取り出して、日の光に透かしながら言いました。


「そう怒るな。景徳鎮の役人が、近頃偽物が出回って困り果てているらしくてね。盧家の令嬢が書く気品ある筆跡と、梁山泊ゆかりの『細工』を施した印章がありゃ、どんな贋作作りも手も足も出ない。……お嬢、これは南宋の誇りを守る仕事だぜ」


白磁の静寂と、消えない刻印

お嬢の独り言

「……景徳鎮の磁器。

あの透き通るような白と、吸い込まれるような青。

おじい様の屋敷にも、あったけれど、今やそれも北の地に置いてきた過去の遺物。

そんな至宝を守るための『封印』。

ただ綺麗に書けばいいわけじゃない。

筆の入り、抜きの鋭さ、そして墨の濃淡。

代筆屋として培ったすべての技術を注ぎ込んで、誰も真似できない一線を引かなければ。

私は、燕青おじさんが用意した特注の極細筆を手に取りました。


『おじさん、印章の文字……この“景徳”の二文字の中に、少しだけ仕掛けをさせてもらうわよ』


『仕掛け?』


『ええ。普通に見れば端正な楷書かいしょだけど、ある角度から光を当てた時だけ、盧家伝来の“麒麟”の紋様が浮き出るように。……燕青おじさん、あんたから教わった、あの特殊な油を墨に混ぜるわよ』


おじさんはニヤリと笑いました。


『流石はお嬢だ。盗賊の技を、芸術を守るために使うなんて、母様が聞いたら泣いて喜ぶぜ』


墨を摺る音が、いつもより厳かに響く。


私は一息に、封印紙のための見本文字を書き上げました。


それは、まるで白磁の上に咲いた一輪の蓮のような、清冽な筆致。

印章の文字は、あえて古色蒼然とした篆書てんしょで。

刻まれた文字の隙間に、私たちが生きるこの南宋の、光と影を封じ込める。


『……できたわ。これでおじさん、景徳鎮の役人も文句は言えないはずよ』


『ああ、完璧だ。これで南宋の至宝は、偽物の汚名から守られる。……さて、お嬢。ご褒美に、景徳鎮から届いたばかりの、とびきり薄くて白い茶碗で、とっておきの茶を淹れてやろう』


夜の臨安。

運河を渡る風が、店の看板を静かに揺らす。

私の書いた文字が、これから何千、何万という磁器に寄り添って、海を越え、異国へと旅立っていく。

36群星。

私たちは闇に隠れて生きているけれど、私たちの残した足跡は、こうして歴史の断片に刻まれていく。


『おじさん、お茶、冷めないうちにちょうだいね。……それと、お団子も。おじさんの奢りでね』

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