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「……五百枚? 燕青おじさん、簡単に言ってくれるわね。私の指を炭にする気?」


私は机に積み上げられた白紙の束と、ずっしりと重い薬台帳を交互に見つめました。


依頼主は、あの伝説の神医・**安道全あんどうぜん**の技を受け継いだ一番弟子が営む医院。


南宋の都・臨安でも指折りの名医ですが、あまりの繁盛ぶりに医院を拡大することになったのだとか。


燕青おじさんは、私の不機嫌そうな視線をひらりとかわしながら、店の隅で新しい墨を摺り始めました。


「そう言うなよ。安道全の爺さんには、梁山泊の頃から俺たち全員、命を預けてきたんだ。その跡継ぎからの頼みだぜ? それに、お前の筆跡で書かれた『ご贔屓筋への案内状』がありゃ、臨安中の金持ちがこぞって祝いの品を持ってくるはずだ」


「……おべっかはいいから、墨をもっと細かく摺って。あと、お茶も淹れてちょうだい」


私は、安道全ゆかりの古い薬台帳を開きました。


そこには、今の時代では手に入らないような珍貴な薬草の名前や、安道全直筆と思われる、命を救うための切実なメモが書き込まれています。


五百の言の葉と、命の系譜


お嬢の独り言

「……代筆屋の腕の見せ所ね。

単なる事務的な案内状じゃ、安道全の名前が泣くわ。

受け取った人が、『ああ、このお医者様なら、また私の命を託せる』と思えるような、温かみのある書体。それでいて、新装開店の格式を感じさせる凛とした筆運び。

燕青おじさんが摺る墨の音が、静かな夜に響く。

おじさんは時折、私が書く薬草の名前を見て、『これはあの戦いの時に使ったな』なんて、独り言を漏らしている。

五百枚。

一枚書くたびに、安道全おじ様が救ってきた誰かの命の重みが、私の筆先に伝わってくるような気がします。


『おじさん、安道全おじ様……あの人は、今どこで何をしているのかしら』


『さあな。今頃は、天国の門番の腰痛でも治してるんじゃないか? あるいは、どこか遠い山奥で、まだ見ぬ薬草を探しているか。……お嬢、手が止まってるぜ』


『うるさいわね。分かってるわよ』


夜が更けるにつれ、書き上げた案内状が部屋中に並べられていきます。

和田玉のひんやりとした光が、私の胸元で揺れている。

母様が生きた、そしておじさんたちが駆け抜けたあの時代の残り香が、この薬の香りとともに私の周りを取り囲んでいるみたい。


『よし、これで四百九十九……最後の一枚!』


夜明けの紫の光が差し込む頃、私は最後の一枚を書き終えました。

指はもう感覚がなくて、肩は鉄のように重い。けれど、机に並んだ五百の言葉たちは、朝露に濡れた花のように、誇らしげに輝いて見えました」


翌朝:医院への納品

燕青おじさんが、大切そうに包まれた案内状を抱え、満足そうに頷きました。


「お見事。これで安道全の弟子も、安心して看板を掛け替えられる。……お嬢、よくやったな。帰りに何か美味いもんでも買ってきてやるよ」


「……寝かせて。それと、代筆料は割り増しだからね」


私は燕青おじさんの背中を見送ることもせず、そのまま机に突っ伏しました。


夢の中で、私は見たこともない北の地を走っていました。

そこには、大笑いする安道全おじ様と、若かりし頃の燕青おじさん、そして……まだ見ぬ親戚たちが、星のように輝いて笑っていたのです。

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