第九話「ぬいぐるみの夜」
それは、何の気なしに始めた趣味だった。
仕事の合間に、厨房の隅で布切れを縫う。
神殿では夜に灯りをつけることも許されなかったので、日のあるうちに少しずつ。
手元にある布で、小さな熊のぬいぐるみを作った。
きっかけは、カイゼル様の執務室を掃除した時のことだ。
机の上に、一冊の本があった。
分厚い革表紙。開きかけていて、挟まったしおりが魔界語で「弟へ」と書かれているのが見えた。
何も聞かなかった。
ただ、大きな机の上に、他には何も——飾り一つ、置かれていないことだけが、妙に胸に残った。
「寂しそう」だと、私は思ったのだ。
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完成したのは、どこか不格好な熊だった。
縫い目がちょっと歪で、片耳が少し大きい。
私は翌日、カイゼル様の執務室をノックした。
「入れ」
「失礼します。これ、よければどうぞ」
私はぬいぐるみを差し出した。
カイゼル様の動きが、止まった。
「……何だ、これは」
「ぬいぐるみです。お部屋に何もなくて、少し寂しそうだなと思ったので」
「……」
「机の上に置けば、少し賑やかになるかと。気に入らなければ捨ててください」
彼は長い間、私の手の中のぬいぐるみを見ていた。
やがて、静かにそれを受け取った。
「……燃やしておく」
「それは困ります」
「……捨てておく」
「それも困ります」
「……わかった」
何がわかったのかは言わなかった。
私は礼をして部屋を出た。
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三日後、ゾルク様に廊下で呼び止められた。
彼は声を潜め、深刻な顔をしている。
「ルナ嬢。一つ聞いていいか」
「はい、何でしょう」
「…………お前が先日、カイゼル様に何か渡していたな」
「はい。ぬいぐるみを」
「……やはり」
「何かありましたか?」
ゾルク様は額を押さえ、遠い目をした。
「昨夜の深夜巡回の時に……カイゼル様の私室の前を通りかかって……」
「はい」
「扉の隙間から……カイゼル様が……あのぬいぐるみを……抱きながら眠っているのを……」
長い沈黙。
「……頼むから、誰にも言うな。俺の口からは言えん。俺が口を滑らせたら、城の全員を殺しかねない迫力で「見てない」と言われた」
「了解です。誰にも言いません」
私は真顔で頷いた。
そして一人になってから、少しだけ、笑った。
次は、もう少し縫い目の綺麗なものを作ってあげよう。
第九話 完
お読みいただき、ありがとうございます!
カイゼル様がぬいぐるみを抱いて眠る姿……許してください、私が一番「尊い」と思いながら書いていました笑
ゾルク様の「俺が口を滑らせたら城の全員を……」というフォローも好きです。
次回は第10話、城の人々とルナの距離がさらに縮まります。
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