第六話「魔界の庭に春が来た」
魔王城の中庭は、死んでいた。
人間界ならばそう形容するしかない荒涼たる光景だった。
石畳の隙間から生えた植物は、黒い泥に絡まって枯れている。
中央の噴水は干上がり、その縁には灰色の苔が張り付いていた。
「……寂しいですね」
私は中庭の入り口に立ち、その光景をしばらく眺めた。
ゾルク様は後ろで腕組みをし、難しい顔をしている。
「瘴気が濃いせいで、植物が育たんのだ。魔界の気候はそういうものだ」
「でも、かつてはここに花が咲いていたのでは?」
石畳の隙間に、枯れた茎の名残が見えた。
球根のような根元が、かろうじて土の下に残っている。
「……二百年前には、薔薇が咲いていたらしい。だが今は」
「今は、私が来ました」
私はエプロンを締め直して、中庭に踏み込んだ。
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三日かけて、中庭を丁寧に手入れした。
雑草を根元から抜き。
石畳の隙間を磨き。
噴水の汚れを落とし、詰まった排水を直した。
枯れた根元に土と、厨房でもらったかまどの灰を混ぜて施肥した。
正直なところ、花が咲くとは思っていなかった。
これほど長く放置された庭が、一人の人間の手で復活するとは。
——けれど、それは四日目の朝に起きた。
「……動いた」
夜明けの光の中で、枯れた茎の先端が、ぴくりと動いた。
そして、気が付けば——。
庭全体が、震えていた。
土が盛り上がり、石畳を押しのけるように、一斉に緑の芽が吹き出した。
蔓が噴水台を伝い登る。
葉が広がるたびに、空気が甘い香りを帯びてくる。
そして最後に——黒みがかった深紅の薔薇が、一輪、また一輪と、ほころんだ。
「…………」
後ろで、気配が止まった。
振り返ると、カイゼル様が中庭の入り口に立っていた。
いつもの無表情が、今日はわずかに——ほんの少しだけ——崩れている。
「……カイゼル様、おはようございます。昨日より掃除を拡げていたのですが、よかったでしょうか?」
「…………」
彼は答えなかった。
ただ、まっすぐに薔薇を見ていた。
視線の先——石畳に敷かれた薔薇の花びらの中に、砕けた石碑がある。
なんだろうと思っていたが、今は読めない文字が刻まれているようだった。
「あの石碑、磨いたほうがよいでしょうか?」
「…………触るな」
その声は、いつもより低かった。
私は何も聞かずに頷いた。
聞いてはいけないことがある。
磨く必要のないものがある。
カイゼル様はしばらくの間、薔薇の咲く庭に立ち尽くしていた。すると、突然うしろを向いた。
「……ゾルク」
「は」
「この部屋の窓からここが見えるように、俺の執務室を第三棟に移せ」
「……か、かしこまりました」
ゾルク様の声が、細かく震えていた。
私も、胸の奥で何かが、ほんの少しだけ、温かくなった。
第六話 完
お読みいただき、ありがとうございます!
カイゼル様の「執務室を移せ」という一言、さりげないようで……めちゃくちゃ意味深ですよね。
あの石碑が何なのかは、また後の話でゆっくり明かされていきます。
次回は温泉が爆誕します。ルナちゃん、もしかして何でもできるのでは…?
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