第五話「『返さない』宣言」
一週間が過ぎた頃、神殿の使者がやってきた。
城門の前に現れたのは、白銀の神殿騎士が四名。
そして先頭に立つ、見覚えのある顔。
グリフィス長官の副官——テオドール・グラメン。
私は城内の窓から、その一行を遠目に眺めていた。
ゾルク様が私の隣に立ち、低い声で言う。
「……お前の知り合いか」
「元婚約者です」
「……追い払うか」
「いいえ。私が対応します」
ゾルク様が目を細めた。
私は前掛けで手を拭きながら、正門へと向かった。
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「ルナ・アーシェル」
テオは、私の顔を見た瞬間、露骨に表情をゆがめた。
「なぜお前がこんなところにいる。早急に神殿へ戻れ。長官が……」
「申し訳ありませんが、私は今この城にお世話になっています」
「魔王城に!? 正気か!! 魔族に取り込まれたのか!?」
「取り込まれてはいません。私は自分の意志でここにいます」
「馬鹿を言うな!」
テオが一歩前に踏み出した。
その瞬間。
「……用が済んだなら、帰れ」
背後に、大きな影が落ちた。
カイゼル様だった。
長身の体を黒衣に包み、冷たい赤い瞳で使者たちを見下ろしている。
それだけで、騎士たちが一斉に後退した。
「魔。魔王……!? なぜ直々に……」
「余の城に来た客に、余が対応するのは当然だ」
カイゼル様は、静かにそう言った。
その目が、テオを真っ直ぐに捉えている。
「その者はここに居る。今後、神殿が接触を望むのであれば、まず余に話を通せ」
「そ、そんな。神殿の聖女が魔王の元に……!」
「聖女ではなく、余の賄い方だ」
カイゼル様の声に、一切の感情がない。
ただ、その言葉には有無を言わさぬ重みがあった。
テオが口を開いたまま固まっている。
「……聞こえなかったか? 帰れ、と言った」
ただそれだけで、騎士たちは雪崩を打つように後退し始めた。
テオだけが最後まで私を睨みつけていたが、やがて踵を返した。
砂埃が収まった後、私はカイゼル様の横顔を見上げた。
「……ありがとうございました」
「礼はいらん」
「でも、助けていただきました」
「……賄い方がいなくなると、城の食事が困る。それだけだ」
カイゼル様は、私の目を見ないまま、そう言った。
耳が、また少し赤かった。
「……そうですね。では今夜は少し手の込んだものを作ります。何かお好みはありますか?」
「……余計なことをするな」
「はい」
でも、絶対作る。
私は小さく笑いながら、厨房へと引き返した。
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その夜、カイゼル様は何も言わずに、いつもより多くの量を平らげた。
食後、椅子から立ち上がりながら、一言だけ言った。
「……まあまあだった」
私が知る限り、それは最大限の褒め言葉だと思う。
第五話 完
お読みいただき、ありがとうございます!
テオとの再会シーン、ルナはまだまだ感情的な揺れを表に出しませんが……彼女の中で何かが変わり始めている気がしませんか?
そして何より、カイゼル様の「余の賄い方だ」という一言!
あれ、もう「返さない」宣言ですよね…!(ルナはまだ気づいていないのですが)
次回は第6話、「魔界の庭に春が来た」です。お楽しみに!
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