第四話「ルナの料理デビュー」
魔王城の厨房は、大聖堂と見紛うほど広かった。
天井まで届く石造りのかまど。
人の背丈ほどある寸胴鍋。
壁一面に並ぶ吊り棚には、用途不明の器具が所狭しと並んでいる。
そして——食材。
「……すごい」
私は息を呑んだ。
棚に並ぶ根菜は、なるほど確かに禍々しい黒と深紅の色をしていた。
けれど手に取れば、どれも重量感があって、みずみずしい。
丁寧に育てられた、いい素材だ。
「これは……形からして玉ねぎに近いですね。こちらは……芋? いやもっと複雑な甘みがありそう……」
夢中で食材を触っていると、背後から咳払いが聞こえた。
「……人間よ。厨房の許可は取ったか」
振り返ると、黒い調理服を着た魔族の料理番——ダンクルという名の初老の男性——が腕を組んで立っていた。
「申し訳ありません! 勝手に入ってしまいました。もしよろしければ、昼食を作らせていただけませんか? 食材の扱いには、一通り心得があります」
「……カイゼル様のお食事を人間に任せられるか」
当然の反応だと思う。
私は頭を下げた。
「では、私個人の分だけ……は、さすがにご迷惑ですよね」
「……まあ。少しなら、見ていてやる」
ダンクル氏は不承不承、厨房の端を貸してくれた。
私はまず、野菜を丁寧に洗い、皮を剥いた。
切り方は、素材の繊維に逆らわないよう、慎重に。
神殿時代に台所仕事の合間に覚えた、下ごしらえの基本だ。
魔力火の調整には少し手こずったが、弱火でゆっくり炒める感覚は同じだった。
根菜が透き通ってきたら、骨のスープを注いで、ふたをして待つ。
そのうちに厨房全体に、なんとも言えない、やさしい香りが漂い始めた。
「……何だ、これは」
ダンクル氏が鼻を動かしている。
「野菜のシチューです。煮込む前に塩を一振りしておくと、甘みが引き出されますよ」
「百年以上料理をしているが……そんな甘みは見たことがない」
首を傾げるダンクル氏の隣で、私はスープをひと口すくって味を確かめた。
完璧ではないけれど、ちゃんとおいしい。
【 祝福の施しが発動しました 】
【 対象のスープに祝福の効果が付与されました 】
「……また出た」
今日も今日とて謎の文字列。
私は気にせず、シチューを大きな椀によそった。
---
「……いただきます」
魔王城の大食堂。
長い黒テーブルの端に、カイゼル様とゾルク様が並んで座っている。
正面に置かれた椀を、カイゼル様が軽く一瞥した。
「貴様が作ったのか」
「はい。食材をお借りしました。お口に合わなければ——」
「……毒は入っていないな」
「もちろんです。私が先に試食しました」
長い沈黙の後、カイゼル様はスプーンを手に取った。
黄金色のスープを、ひとすくい。口に含む。
次の瞬間——彼の動きが、止まった。
横でゾルク様が一口飲み、そのままぐらりと椅子から崩れ落ちた。
「ゾルク様!?」
「に、人間よ……これは……何をした……」
「シチューです。普通のシチューですよ?」
「普通では……ないッ……! 体中から魔力が……あふれ……っ」
【 最大魔力値:一時的に 20% 上昇 】
【 疲労・蓄積ダメージ:完全回復 】
床に膝をつくゾルク様を横目に、カイゼル様はスプーンを持ったまま静止していた。
その赤みがかった瞳が、微妙に揺れている。
「……カイゼル様、お口に合いませんでしたか?」
「…………」
答えの代わりに、カイゼル様は椀を引き寄せ、二杯目を自分でよそった。
「カイゼル様。今のは何かを確認するためにおかわりされたのですか?」
「……黙れ」
三杯目を静かによそいながら、カイゼル様は顔を背けた。
「……普通だ」
耳が赤い。
間違いなく、耳が赤い。
私は余ったシチューを大きなお椀に移しながら、こっそり笑った。
——翌朝。
ダンクル氏が厨房の扉の前に立っていて、私を見るなり腕を組んだ。
「……もう一度、あれを作れるか」
目が、若干キラキラしている気がした。
「もちろんです。今日は魔界のハーブも使ってみましょうか」
「……好きにしろ」
でも、ぜんぜんその気がなさそうじゃない。
私は一工夫加えた献立を脳内で組み立てながら、エプロンを結び直した。
第四話 完
お読みいただき、ありがとうございます!
カイゼル様の「普通だ(三杯目)」、あの耳の赤さ……本当に可愛い方ですよね。
ゾルク様も毎度ご苦労様です(笑)
ルナちゃん本人は全く気づいていないのですが、彼女の料理には「祝福」が宿るようで……?
次回は、神殿からある人物がやってくる第5話です。お楽しみに!
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