第二話「魔王に拾われる」
目が覚めた時、私は天井を見ていた。
「……ああ、そうだ。私は追い出されて、行き倒れて……」
ゆっくりと記憶が戻ってくる。
最後に見たのは、街道の大きな木の木漏れ日だった。
そこからどうやって、この豪華すぎる部屋に運ばれたのだろう。
窓の外を見ると、空は紫がかった紺色で、見たこともないほど大きな月が二つ浮かんでいた。
ここは人間界ではない。あの黒髪の男性——魔王カイゼル様が言った通り、ここは『魔界』なのだ。
「掃除……掃除をしなくては」
私はベッドから滑り降りた。
足が床に触れると、ひんやりとした大理石の感触が伝わってくる。
昨夜少しだけ見えた通り、この部屋の隅々にはうっすらと埃が積もっている。
魔王城ともあろう場所がこれではいけない。
私は部屋の隅にあったクローゼットを開けてみた。
中には、黒を基調としたシンプルだが上質な布地の服が数着入っていた。
神殿の修道女服とは違うが、動きやすそうなデザインだ。
「お借りします」
誰にともなく断りを入れて着替えを済ませると、私は部屋を出た。
回廊はどこまでも続いていた。
壁には禍々しくも美しい彫刻が施された燭台が並び、そこには青白い炎が静かに揺れている。
「広い……。これは磨き甲斐があるわ」
私は、神殿から持ってきた数少ない荷物の中から、使い古された雑巾を取り出した。
これさえあれば、どこだって私の居場所になる。
まずは、あのシャンデリアからだ。
私は廊下にあった高い梯子を(なぜか都合よく置いてあった)拝借し、昨夜見た巨大なシャンデリアの下へと向かった。
キュッ、キュッ、と布がこすれる音が空っぽの広間に響く。
「よし、次はあっちの飾りを……」
夢中で磨いていると、背後から低い声が響いた。
「……貴様、何をしている」
驚いて梯子から落ちそうになった私を、大きな手が支えた。
見上げると、そこには不機嫌そうな顔をしたカイゼル様が立っていた。
「あ、カイゼル様。おはようございます! 少し埃が気になったので、磨かせていただいていました」
「……朝からそんな高いところに登って何をしている。言ったはずだ、昨日は休めと」
「もう朝ですので、昨日ではありません!」
私が元気に答えると、カイゼル様はこめかみを押さえて深いため息をついた。
「ふん……好きにしろ。だが、腹が減っては掃除もできまい。ついてこい」
「はい、ありがとうございます!」
私は雑巾を片付け、彼の背中を追いかけた。
彼の大きな背中を見つめながら、私は思った。
魔王様は、やっぱり少し、お節介で優しい人なのかもしれない。
---
第二話 完




