第十五話「お前のことが……」
夕食の後片付けを終えた私は、温かいお茶を持って中庭に出た。
薔薇はもう夜の顔をしている。
深紅の花びらが月光に濡れて、静かに揺れている。
石畳に腰を下ろして、空を仰ぐ。二つの月。いつ見ても不思議な光景だ。
「……また外か」
背後から声がして、草木の揺れる音がした。
カイゼル様が、黒い外套を羽織って立っていた。
「おいでになりますか? お茶があります」
「……もらう」
彼は隣に腰を下ろした。
二人でお茶を飲みながら、しばらく同じ空を見た。
「……カイゼル様」
「なんだ」
「この城に来て良かったです」
言ってから、少し驚いた。
自分でも思っていなかった言葉が、自然に出てきた。
「……そうか」
「はい。来る前は、これからどうしようかと、少し途方に暮れていました。でも今は……ここで生きていきたいと思っています」
「……」
「なので、できればこれからも、ここに居させてください」
カイゼル様は長い間、黙っていた。
やがて、彼はゆっくりと口を開いた。
「……お前のことが」
ぴたりと、止まった。
「……嫌いでは、ない」
第十二話と同じ言葉。
でも今日は——重さが違った気がした。
「……俺は」
少し、声が変わった。
「目が離せん。お前から」
夜風がそっと吹いた。
私の髪が揺れる。
「……居てくれ。ずっと」
その言葉は、とても小さかった。
でも私には、はっきりと聞こえた。
私は手の中のカップを両手で包んで、そっと頷いた。
「……はい」
それだけ答えた。
それだけで十分だった。
第十五話 完
お読みいただき、ありがとうございます!
「居てくれ。ずっと」……カイゼル様がここまで言えるようになりました……!!
不器用な彼が精一杯の言葉を絞り出す姿、書いていて胸がいっぱいになりました。
ルナちゃんの「はい」のシンプルさも、また最高ですよね。
次回からは少し物語が動き出します。お楽しみに!
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